第7章 PP(政治警察)の地下牢
キア星へと戻る円盤の中で、アミはPPに潜入している仲間と、ずいぶん長いことやりとりしていた。
今回、彼らの中で僕達に協力出来る人は誰もいなかった。一連の事件のせいで、政府側はかなり神経をとがらせており、いつにもまして厳重な警戒態勢に入っている。そのため、仲間たちはそれぞれ、とてもいそがしくなっているのに加えて、その動きまで制限されてしまっていた。
「ペドゥリート、今度は我々だけで解決しなければならないよ」
「うわ・・・二人の子供vsキアで最悪の公安機関か・・・」
「でも成功させよう!・・・そうだろう、ペドゥリート」
「う、うん、絶対にね・・・でも、なにかいい計画でもあるの?」
「僕はこれからPPの総司令部の地下に降りていって、ビンカたち三人を助けだす。ペドゥリート、君はここにいて。ここで円盤を操作するんだ」
僕は、アミがどうかしちゃったんじゃないかと思った。
「アミ、なにを言ってるのか自分でわかってる?あんなところに行ったら、君は生きて帰ってはこられないよ。しかもビンカたちまでつれてくるなんて、ムチャもいいところだ」
それにはなにも答えず、アミは僕に、円盤の操作方法を教えはじめた。円盤を視覚可能/不可能にする、円盤を前進/後退/上昇/下降させる、黄色い光を出す、モニターでアミの様子を見る、指向性マイクを使う・・・といったことだ。
ちょっと自慢たらしく聞こえるかもしれないけど、たとえNASA(アメリカ航空宇宙局)の宇宙飛行士だって、宇宙船の操縦じゃ、僕にはかなわないと思うな。ほにゅうビンをくわえた赤んぼうみたいなものだよ・・・。
教えたことをあっというまにマスターしていく僕を、アミは満足げにながめていた。
「これで準備ばんたんだ。僕がいないあいだ、安心して君にこの円盤をまかせておけるよ。願わくは、君の仕事が、せいぜい黄色い光を出すくらいのものであってほしいけどね。順調にいけば、一時間はかからないはずだから」
ふと、僕の頭の中を、コワーイ考えがかすめた。
「アミ、もし、もしもだよ。もしもこれっきり君が戻ってこなかったら?・・・僕、いったいどうやって地球に帰ったらいいの?」
「それは取り越し苦労というものだよ、ハッハッハッ。大丈夫、こんなことにはならないから」
アミは自信たっぷりに言いきったけれど、僕はちっとも安心できなかった。だって、”100パーセントの保証”なんてどこにあるっていうの?・・・でも、僕は、気を強く持って、もっと楽観的になって、悪い方向に考えるのはやめようと考えなおした。
僕達はPPの総司令部についた。
円盤はビンカたちが収容されている建物の上空に、視覚不可能な状態で停止した。ビンカたちは、この建物の地下深く、四方の壁をがっちりと装甲された部屋の中に、監禁されていた。
「鉛で装甲されているんだよ。あの壁には、我々の振動ゾンデ(訳注:地中の状況を調べる装置)も役に立たない。だから、モニターで様子をさぐることもできないし、遠隔輸送も不可能だ」
「つまり、僕も君が見えないというわけだよね?」
「そのとおり、でも、僕のことは心配いらないよ。これで身を守りながら行くから」
そう言って、アミがひょいと計器盤のキーボードをもちあげると、引き出しがあらわれた。その引き出しを開けると、中からは、いっけんエンピツのような、金属でできた細長い棒が出てきた。アミはそれを取り出して手の平にのせ、親指でチョンと押した。
すると、棒はたちまち、光をおびてかがやきはじめた。まるでちっちゃな太陽みたいに。
「うわあ、なんてきれいなんだ!それなんなの?アミ」
「武器だよ、ペドゥリート」
「武器?・・・君たちでも、武器を使うの?」
アミはいたずらっぽくほほえんで、
「勿論。ときには自衛が必要になるからね。そういつも、催眠術をかけるだけの余裕があるわけじゃない。とくに、興奮状態の未開人の群れがワーッ!と押し寄せてくるような場合にはね」
「アミが武器を出したってことは、つまり、これからまさにそういうことが起こるってわけだね。この下で、テリのPPたちが・・・」
アミは、ただだまってその棒を僕に向けた。棒の先っぽから金色の光線が飛び出して、僕の胸に当たった。とたんに全身があまくしびれ、僕は幸せな気分になった。・・・人生ってほんとは、ひたすら美しいものなんじゃないのかなあ。
不安や危険があるなんて、きっとなにかのま違いだよ・・・。ふとアミを見やると、今度は急に、彼が素晴らしい存在だってことが意識されてきた・・・アミみたいに、大きく内的進化を果たした人が、今、こうして僕の目の前にいるんだ。
僕はなんてラッキーなんだろう!・・・僕はなんだか、自分の中のいつもよりもずっと高いところから、アミのすばらしさが理解できているような気がした。
アミはそんな僕を見て笑っていた。その微笑みには、なにものをもひきこんでしまいそうな魅力があった。しかも感染力まであったらしい。僕も知らず知らず、ほほえんでいた。なんだか、とっても楽しかったんだもの!
やがてアミが、ふたたび僕に棒を向けた。今度は明るい緑色の光線がとび出して、僕の身体に当たった。すると僕は、いつもの僕の現実へ、日常の考えに戻った。
なるほど。あの棒は、人の心の働きをこわしてしまう器具なんだ・・・。
「そうじゃない、その正反対だよ、ペドゥリート。僕は今、君の中の俗っぽくて野蛮な部分に麻酔をかけて、ずっと高い意識に切りかえたんだよ。
でも、切りかわったのは意識だけだから、進化レベルの低い現実社会とは、どうしてもズレが生じてしまう。だからいつもどおりの生活ができなくなるんだ。
そのままにしておけば、地球時間にして十時間くらいは効果が続くんだけど、緑の光線を浴びれば、ね? 直ぐにもとに戻るんだ」
「すごーい!アミ、それは素晴らしいよ!でも、大勢の敵がいっぺんにおそってきたときには、どうするの?まさか一人ひとりに光線を当ててくわけにもいかないでしょ?」
「そういうときには、こっちを使うさ」
アミが、さっきのとは別の棒を手にとって、その先っぽを円盤の壁に向けた。今度はガスライターの炎のような濃い青い光が飛び出した。
それが壁に当たるや、ピシッと高い音がひびいて、そこから何千ものちっちゃな金色の星々が、目にもとまらぬはやさで円盤のそこかしこに飛び散った。
そのいくつかが僕の身体に当たって、とたんに僕はまた、人生の美しさをかみしめはじめたのだった・・・。
「ハッハッハッ、こっちは”散弾発射”だよ。まるで花火みたいだろ?この光に当たっても、なんら実害はないんだ。
それどころか、光が当たったひとは、”悟りを開いた”ような気分になれる。いわば、努力のいらない解脱だ・・・。勿論、こうして棒をもっている人には、なんの影響もないんだよ」
そう言ってアミは、僕にむけて緑色の”弾”を発射した。たちまちに、僕はまたいつもの自分に戻った。
「アミ、これもすごいよ!」
「これはそんなに時代遅れでもないはずだよ。君たちの惑星の”天才たち”がつくりだした武器の数々ときたら、全くもって、破壊的だからね。
我々の武器は破壊とは無縁だ。それに勿論、自分の発射した”弾(つまり原因)”が、自分にはねかえってきたりするような、恐ろしい”結果”をまねくこともない。さあ、僕はこれから、PPのボス・トンクに変身しなくっちゃ」
「あのくさい怪物の?でも、ヤツはあんなにでっかいんだよ。ちっちゃな君がいったいどうやって?」
「ペドゥリート、君は忘れているみたいだね。我々は自分たちの姿を変えることが出来るんだよ」
「ああ、そうだった。それでクラトも変身できたんだものね。でも、いくらなんでも身長は変えられないんでしょ?それとも、そこまで出来るの?」
「勿論」
「手術するとか、義足をつけるとかして?」
またアミは笑った。
「違うよ、ペドゥリート。たんに再構造振動変化させればいいんだ」
「ああ、なるほど?・・・僕にはなんのことやら・・・でも、それでどうして体重をふやしたり出来るの?」
「肉体的ボリュームをふやすこと?その必要はないんだ。ただ僕をもっと大きく見せればいいんだから。このコンピューターには、セニョール・トンクのエネルギーの特徴についてのデータが入っているんだけど、これだけあれば、変身には十分なんだ。
我々の機械なら、望みどおりの人物になるのに、ものの2秒もかからない。それはすでに、クラトで証明ずみだね。同じように、もとに戻るのも簡単さ」
アミはコンピューターに、いくつかの命令を出した。今にも臭ってきそうなテリが、3D映像(立体映像)になって現れた。
「あとは君が、このキーを”プロップ!”と押すだけでいいんだ。それで僕はPPのボスのコピーになる。でも、僕の体重は全く変わらないし、彼みたいに臭ったりもしないよ、ハッハッハッ!」
「すごい!」
「あとちょうど二分したら、三十分の予定で幹部会議がはじまる。トンクがそれに出席しているあいだに、僕が彼になりすまして、ビンカたちのところまで行く。そして、黄色い光が届くところまで彼らをつれだして、この円盤に戻ってくるというすんぽうだ」
「ハッ!簡単じゃない!・・・」
「見ててごらん。うまくやってのけるから。そろそろキーを押してくれるかな、ペドゥリート。変身すると、一緒に声まで変わっちゃうんだけど、中身は僕のままだから、おどろかないでね。それじゃ、よろしくたのむよ」
言われたとおりキーを押すと、アミは僕の目の前で、あの、おぞましいテリになった。まなざしからして、いつものアミとは別人だ。突然、太くこもった、われるような大声がふってきた。
「ペドゥリート、怖いかい?」
「ウヘl!き、君、ほ、本当に、アミなの?・・・」
「勿論だよ。だからこわがらないで。さ、今度は黄色い光を出して」
僕は、さっき教わったとおりにやった。アミ・テリは光のほうへむかいながら言った。
「僕は今からこの光の中をとおって、出来るだけ深いところまでおりていく。ビンカたちがいるところより二階上のフロアだ。そのあとどうするかは、そこからまた考えるよ」
とんで火に入る夏の虫とは、このことだ・・・僕はブルッと身体をふるわせた。
「君が突然姿をあらわしたところに、テリのヤツがいないともかぎらない。アミ、大丈夫なの?」
「僕が姿をあらわすのは、誰もいない部屋だよ。そのへんはぬかりなく手を打ってるさ。僕が下についたら、ちゃんと黄色い光を消すんだよ。幸運を祈っててね。じゃ、行ってきます」
アミ・テリが姿を消すと同時に、僕はモニターをのぞきこんだ。よかった、無事についてる。アミ・テリは、誰もいない小さな医務室の中にいた。僕は黄色い光を消して、マイク越しの、太くこもった声に耳をすませた。
“これより地下に下りていったら、僕の姿は見えなくなる。そうしたら、忍耐と、それから信念。このふたつを忘れちゃダメだよ・・・”
あれは、僕の人生最大の危機だった。アミがちょっとミスしたり、はたまたハプニングのひとつでも起きようものなら、ハイ、サヨウナラ・・・。
僕はひとり、操作もおぼつかない円盤の中で、地球にも帰れず、だだっぴろい宇宙を永遠にさまよい続ける。運がよくても、クラトの山小屋で、トゥラスクの世話をするだけのさみしい一生を終えることになるんだ・・・それだって運がよければの話で、だいたい僕は、どうやってあそこに行くのかもわからない・・・どっちにしたって、僕の人生が最悪になるのは決定だった。だって、もう二度と、ビンカにあえなくなっちゃうんだから・・・。
僕は、そのときには、男らしくすっぱりと死んでしまったほうがいい、とまで考えた。
アミ・テリの笑い声が聞こえてきた。アミは、姿が変わっても、いつものユーモアのセンスは失ってなかったし、そばにいなくても、いつもどおり僕の考えをキャッチしていた。
“全く君はいつもいつも、あきれるほど楽観的なんだから・・・”
そしてちょっぴり皮肉まじりに言った。
小さな宇宙人アミは、今や、PPの偽ボスとなって医務室を出た。ちょうどそのとき、二人のテリが近くをとおりかかった。ボスの姿をみとめた二人の顔に、ボスがこんなところでなにをしているんだとばかり、不審の色が浮かんだ。最初のピンチだった・・・。
僕の胃がぐっと重くなるのがわかった。出だしからつまずいちゃうなんて・・・。
彼らが口を開く前に、アミが言った。
「君たち、どこへ行く?」
「青の地区です。ボス」
「それはあとにして、ちょっと君たち、こっちを手伝ってくれたまえ」
二人はボスの命令に一瞬したがいかけて、直ぐに顔を見合わせた。やっぱりなにかおかしいと思ったらしく、ひとりが言った。
「戦争の旗!」
「戦争の旗がどうしたんだ?」
なにも知らないアミが訪ねた。それを聞いた二人のテリは、直ぐさま銃を抜いて、僕の大切な友達にその銃口を向けた。どうしよう!?僕は、自分のひざがガクガク震えているのがわかった。
“戦争の旗”というのは、ヤツらの合言葉だったんだ・・・。
「手をあげろ!ちょっとでも動いたら、ハチの巣にしてやるぞ!」
アミには、ポケットの中の〝武器”(あの幸せの光線を発射する棒)を取り出す時間さえなかった。テリのひとりが、片手でアミの首もとを押さえこんで、みけんに銃口を当てた。そのすきに、もうひとりがアミの背後にまわりこんで、うしろ手に手錠をかけた。
「気をつけろよ。こいつの目を見るんじゃないぞ。こいつはきっと、あの一味だぜ。目を合わせただけで、催眠術をかけられるっていうからな」
「おい、大人しく壁のほうを見てるんだ!こっちをむいたら、ぶっぱなすぞ!(相棒にあごをしゃくって)お前は廊下の奥まで行って警報器を鳴らしてこい。ああ、その前に粘着テープだ、医務室から粘着テープをもってこい。こいつの目と口をふさいでやるんだ。とにかくこの宇宙人が、おれたちのほうを見ないようにしないとな。好きにしゃべらせるのもまずい」
粘着テープくらいで、アミの強力なメンタルパワーをどうこう出来るわけがなかった・・・。テリのひとりが離れていくと、アミが目を閉じた・・・意識を集中させているんだ。
すると、銃をつきつけていたテリが、やにわに腕をおろして銃をしまい、かわりにアミのポケットに手を入れて、あの棒を取り出した。視線の先には、半開きになった医務室のドア。テリは、ロボットのような動きのまま、医務室めがけて青い光をはなった。
ものすごいスピードで、金色の星々が廊下にまでとび出してくる・・・やがて、医務室の中から、粘着テープを探していたもうひとりのテリが、まるで別人のようになって出てきた。くちびるには微笑みを浮かべ、瞳には愛さえあふれている!
「お・・・お・・・この素晴らしいひとを自由にしてあげよう・・・」
そう言って、そのテリはニコニコしながら、アミの手錠をはずしにかかった。
もうかたほうのテリはといえば、はたして金縛りにあったように、身じろぎひとつできないままでいた。アミが言ったとおり、あの棒を手にしていると、せっかくの光の影響を受けないらしい。アミがゆっくりと近づいて、その手から棒をはずすと、今度は彼にむけて光を発射した。
とたんにそのテリの顔までかがやきだす。
「おお・・・すばらしき存在よ・・・」
アミを見つめる目は、うっとりと幸せそうだ。先に光を浴びたほうのテリも、すでにしっかりとアミをあがめていた。僕には、彼らが自分の心の動きをとめてしまっているように見えた。
「聖人だ・・・天使だ・・・こんなに近くで見られるなんて、なんて幸運なんだろう・・・」
僕はそのとき、こんなことを考えていた・・・僕達の世界では、とかく精神的なことは弱さを生みだすと誤解されがちだ。だから人々はそうしたものから出来るだけ距離をおくし、自分を守ったり誰かを支配しようとするときには、もっぱらお金や暴力にたよる。
それなのに、目の前のこの光景ときたら、どうだろう!二人がキアの中でもかなり凶暴なのは間違いない(なんてったってテリでPPなんだから)。日々、武器の扱いや格闘技の練習にはげんでもいるはずだ。今やアミのなすがままになっている。
勿論暴力なんかでじゃない。アミは内面の進化の道を選んできたんだ・・・。
「合言葉は今、どうなっているんだ?」
アミが訪ねた。
「あーッ、はい。数分前に変更がありまして、”戦争の旗”と言われたら、”ほこり高きはためき”と答えなくてはなりません、はい」
テリのひとりは、アミの質問に答えられるのがうれしくてならないのが、ありありだった。
「どうしてわしに合言葉を言わせた?わしのどこがあやしい?」
「あーッ、声が優しくて言葉づかいがていねいだからであります・・・ここで、ちょっと君たち、などと言う者は、ひとりもおりません」
「ああ、なるほど。全く、下品になるのはラクじゃないよ」
「それに、トンクはとてもいやなにおいをさせてますし・・・」
「わかった。じゃ、カルドゥメン事件で逮捕された、わしの友達を助けるのを手伝いたまえ」
「あの、その事件の名前は変更されています。今は、”カルドゥメン”ではなく、”エンブレマス”です。それから合言葉も変更されました」
「ああ、ありがとう。じゃ、彼らのところへつれていきたまえ。それからくれぐれも、軍人らしい態度を忘れないように」
「はい、よろこんで。神よ、われらを助けたまえ。かくも高貴なるもののために・・・かくも進化した存在を、どうか助けることができますように・・・ところで俺はいったい、なにを言ってんだ?・・・完璧な無神論者だったはずだぞ・・・」
「今はそんなことをグズグズ言っとる場合ではない」
「ああ・・・そうでした」
「ああ・・・そうでした。じゃなくて、”はい、ボス!”だ」
「はい、ボス!」
「それから、ニタニタ笑うのはよせ!ここでは誰も笑わない」
「ああ・・・そうでした」
「はい、ボス!だ」
「はい、ボス!」
三人は移動をはじめた。ニワトリ小屋の中のゴキブリ以上に、僕は神経をピリピリさ。せていた。
「もっとはやく、怒ったように歩くんだ。このへんのことは、監視員がモニターで見張っとるからな」
「ああ・・・そうでした・・・いや、はい、ボス!」
扉の前で、二人の監視員に合言葉を求められた。
「戦争の旗!」
「ほこり高きはためき!」
今度のアミの声は、トンク本人より荒々しかった。さっき学んだことを、さっそく実践に移したわけだ。
「どちらへ」
「エンブレマス事件の容疑者のところだ!」
「前進!」
僕は思わずほっとため息をもらした。でも、ピンチを逆手にとって有利な展開にみちびいたアミはたいしたものだけど、それもいったいいつまで続くものやら・・・。
「どうやらボスは、生まれてはじめてふろに入ったようだぜ」
監視員のかたほうが、意地悪く言うと、もう一方もそれに答えて、
「そうらしいな。いつもの香水のにおいがしなかったぜ・・・」
と、二人顔を見合わせて、しのび笑いをもらしていた。
他には気にとめたことはないようだった。僕はほっとして、ふたたびため息をもらした。
さらに移動を続けて、エレベーターの前にきた。三人がそのままエレベーターの箱の中に入ると、扉が閉まった。この時点までは、僕にもまだ、アミたちの姿が見えていた。
「戦争の旗!」
エレベーターの中でさえ、スピーカーごしに合言葉を求められている。
「ほこり高きはためき!」
とアミ・テリの声。
「許可!」
さっきはピンチだったけど、正しい合言葉がわかったからよかった!まさしくケガの功名ってやつだ。もしもここでまちがえたら、そくざに武装調査員のところへ連行されてたはずだったから・・・。
二人のテリは、あいかわらずアミをあがめ、幸せにひたりきっている。そんな二人にアミは、ボタンのならぶパネルを指さして、どこを押すのかたずねた。
かたほうがボタンを押すと、エレベーターはするすると、PP本部のいちばん奥深く、いちばん厳重に装甲された地下室へとおりていった。同時にそこからは、彼らの姿がモニターにうつらなくなった。
僕はモニターを見ながら、全てうまくいってくれるように祈った。でも、そこにあるのは沈黙ばかり。ただ時間ばかりがいたずらにすぎていった。ときおり何人かのテリがエレベーターを乗りおりするだけで、あとはなんの変化もない・・・。
と、そこに突然、警報音がけたたましく鳴りひびいた。なにか起こったんだ。アミ、ビンカ・・・!
直ぐに荒々しい足音が聞こえて、武装した一部隊がエレベーターの扉の前にかけつけてきた。ほんもののトンクまでやってきて、さかんにどなりちらしながら、エレベーターの扉が開くのを今やおそしと待ちかまえた。
決して起こるはずのないことが起こってしまったんだ・・・。
「ヤツら、エレベーターを動かないようにした!・・・一個分隊は階段にまわれ!」
少しして、彼らのひとりが戻ってきた。
「敵は階段の扉も封鎖しています!」
「だったら、吹きとばせ!」
「はい、ボス!」
爆発音が響いてきたときには、さすがのアミもダメなんじゃないかと、僕はあきらめかけた・・・。
でも、信じられないようなことが起こったんだ!モニターの中のエレベーターの扉が音もなく開くと、そこから青い閃光が走りでて、金色の星々が星雲のように廊下一杯にひろがった。
とたんに、そこにいた50人ほどのテリたちの様子がガラリと変わった。愛の悟りを開いたんだ!あのトンクまでうっとりと幸せそうな面もちで、あろうことか、エレベーターからおりてきた自分のニセものの手を取り、キッスしようとした。
アミ・テリのうしろから現れたのは・・・ゴロ、クローカ、そしてビンカ!3人とも幸福に酔ったように、微笑みを浮かべている。僕はただちに黄色い光を出して、4人を円盤にひろいあげることにした。
50人あまりの毛むくじゃらのテリたちは、(トンクも含めて)みな小羊のような大人しさで、感動に目をかがやかせながら、祝福の気持ちさえ込めて、去っていく4人に手をふっていた・・・
。
「ペドゥリート、元に戻すキーを押して」
とアミ・テリが円盤の入口の小部屋から言った。よかった。ひとりのケガ人もなく、こうして4人無事に、円盤に戻ってくることができて。キーを押すとアミはいつもの姿に戻った。
ビンカは、まるで神を見るように、うっとりと僕を見つめていた。僕はそんなビンカにかけよって、思いきり抱きしめた。ゴロとクローカも、これまた幸せそうな表情でアミを見つめていた。すっかり彼をあがめているようだ。
僕はビンカを抱きしめながら、ただもう、感謝の気持ちで一杯だった。こんなにうまくいくなんて!アミが緑色の光線を3回発射すると、直ぐにいつもの彼らに戻った。僕とビンカは、つよくつよくだき合った。彼女は感きわまって、泣きじゃくりはじめた。
「あの警官め!ウム・・・悪党め!けだものめ!」
ゴロは彼らにずいぶん手ひどい扱いを受けたらしかった。
「忘れたほうがいい、こうして無事に帰ってこられたんだから」
ゴロの肩にそっと手を置いて、アミが言った。
「電流を流しおった、わしの身体に・・・どんなにヤツらを殺してやりたかったか!」
「遅すぎないうちに助けられてよかったよ。最初のうちはおだやかでも、だんだんエスカレートさせていくのが、ヤツらの尋問のやりかただからね・・・」
「せめてものすくいは、ビンカとクローカがまだ、あんなひどい尋問を受けずにすんだことだ・・・わしはちっとも知らなかった。あいつらはほんもののけだものだ・・・」
クローカは泣いていた。
「あたしも知らなかったわ、ゴロ。これからどうするの?もう家には帰れないし・・・」
アミは二人にはっきりと言った。
「もう忘れたほうがいい。過去のことときっぱり割りきるんだ。ちょっと頭を切りかえてみよう。たとえば、大きな台風が通過して、自分の家はメチャメチャになったけれど、幸い命だけは助かったとか・・・」
「もう、わしらはなにももっていない」
「そんなことはないよ、ゴロ。あなたたちは、愛という大きな価値あるものをもっている。宇宙でいちばん美しいものだよ」
ゴロはしばらく考えこんだあとで、クローカとビンカを抱きよせた。
「そのとおりだ。たしかに愛には大きな価値がある。でも、わしらはもう、自由に外を歩くことさえできんだろう。よその国に政治亡命しなけりゃならんかもしれん・・・」
「そんなことしてもダメだよ、ゴロ。普通の政治犯ならいざ知らず、あなたたちはVEP(惑星外生命)がらみの事件の容疑者なんだ。この問題になると、とたんに目の色を変える人間が大勢いるってことは、よくわかっただろう?どこに逃げても安全の保証はないよ」
「じゃ、あたしたち、いったいどうしたらいいの?」
クローカが絶望の叫びをあげた。
「心配しないで。ウトナの山の中にあるクラトの山小屋へつれていってあげる。あそこなら安全だ。これからどうするか決まるまで、あそこで休んでいたらいい」
アミは円盤を操作して、そくざにウトナにヘ位置した。ちょうど夜が明けかかっていた。僕達がクラトの畑におり立つと、トゥラスクがさっそく、うれしそうに長い首をふりながら近よってきた(ゴロにはちょっぴり警戒しているふうだったけれど)・・・。
「なんて素晴らしいところなの!」
感にたえないといったふうに、クローカがつぶやいた。紫、赤、オレンジ・・・地平線の空を少しずつ染めかえながら、太陽が徐々に姿をあらわす。
ロも興味をそそられた様子で、あたりをながめやりながら、新鮮な山の空気をお腹一杯に吸いこみ、小鳥たちの夜明けのコンサートに耳を肩むけていた。
逮捕、PPの地下牢、拷問・・・彼らにとって、まさに地獄の夜だった。それがたった数分後には一転して、この素晴らしい夜明け!ゴロたちにしてみればきっと、天国の朝をむかえたような気分だったことだろう。
「なんて美しい畑だこと!見てよ、ゴロ。そこにムフロスがあるわ。あっちにはアンブロカスやフリンダスやメレニアス、それにブリサス・・・うわ!見て、トパやブロ・ブロやホホの木まで・・・」
「キキスもグアホスもスバリャスもあるぞ、クローカ。わしは今まで、スーパーでしか見たことがなかったよ」
「あたしも畑で見るのはこれがはじめてよ。ああ、ここには香草もある。ロングチャス・テンカスにスンベラス・・・まあ、ゴロ、見てちょうだい。ここには花まで咲いてるわ!あのペピリャスやルリンダスときたら、なんて大きいの。それになんてきれいな色をしてるのかしら・・・」
山小屋に近づいていくにつれて、二人はますます目をまわした。
「ここにはムフロスのリキュールもある!」
二人の驚きは、隠者クラトの酒蔵を見たときに、最高潮に達した。
「一杯ごちそうになりたいもんだな。それから、できれば少し横にならせてもらえんかな」
「あたしもおねがいしたいわ」
二人ともすっかりつかれきっている。
「どうぞ、中に入って」
アミにうながされて、みんなで小屋の中に入った。ビンカが直ぐに、おじさんたちのために窓を開けてやる。
「なんてのどかなところなんでしょう!テレビ・シリーズの『小さな山小屋』と同じだわ・・・」
「クローカ、ここは素晴らしいところだ。ひと眠りしたら、のんびり散策といこう。今はもう、ねむくて、ねむくて・・・」
「ここにベッドがあるから、ゆっくり休むといい」
「まあ、いなか風の素敵なベッドね・・・でも、ラストゥレラ(害虫)はいないかしら?」
クローカがいささか不安げなのに、
「大丈夫さ。ここの標高では、たちの悪いのはいないから」
とアミが笑った。
「でも、パタパタスは?・・・」
「それもいないよ、クローカ」
「でも、天井のすみにパタパタスの巣があるわ・・・」
「ああ、でもあれは人を刺さない。うるさいチュペティネや外から飛んでくるスンポサスを食べるんだよ。ここには有害な虫は一匹もいない」
なみはずれて身体の大きいゴロには、クラトのベッドでさえ窮屈みたいだった。そこにむりやりよこになろうとしているゴロに、アミが声をかけた。
「今からビンカを借りてもいいかな?ペドロのおばあちゃんが、ビンカのために食事を用意して待っているんだ。
こんな時間になっちゃったから、たぶん夕食ってわけにはいかないけど、向こうには数分でつくし、ついたらついたで、また盛りあがると思う。ビンカがくれば、席は完璧になるんだ。ゴロ、いいよね?きのうは許可してくれたんだから・・・」
テリはもう目を閉じていた。
「・・・エッ?ああ、でもケジメはつけてもらわないと・・・グアーアー・・・」
「明日の朝には、またここに戻ってくるよ。もしおなかがすいてたら、台所に、クラトお手製の、むかつくようなガラボロのからい煮こみがあるはずだよ・・・」
それを聞いたゴロが、ガバッと起きあがった。
「ガラボロの煮こみ?・・・どこに?…」
ビンカがクローカに台所を教えた。クローカは、こういったいなか風の暮らしがひたすらうれしいらしく、鍋をあたためながらも、しきりとため息をもらしていた。
「素敵だわ!・・・薪の釜土の台所だなんて・・・」
ゴロはといえば、もうすっかりガラボロの煮こみに夢中だった。
「ガラボロ!ウーム・・・最高だ。わしの大好物だ!飼育できないから、なかなかお目にかかれない。クラトはいったいどこでガラボロを手に入れるんだい?」
「このあたりでよ、ゴロおじさん。このへんには野生のガラボロが沢山いるの。もう少し日が高くなったら出てくるわ。クラトはわなをしかけて捕まえるのよ」
「おお、ここはまさしく天国だ!みんなもわしらと一緒にどうだね?」
ゴロときたら、なみなみならない喜びようで、僕達にまですすめようとしていた。こんなフレンドリーなゴロは、はじめてだ!
「せっかくだけど、遠慮させてもらうよ、ゴロ。さっきは地球の夕食の席で、動物の解体作業を見るはめになったんだ。今度はキアで、ガラボロの切断死体の煮こみなんて、とんでもないよ。お誘いには感謝するけど、僕はけっこうです。野菜とか果物とか、どうしてもっと健康的なものを食べないの?」
アミの意見も、ゴロはとんとおかまいなしだった。
「やかましいこと言ってないで、いっぺん、この栄養たっぷりのガラボロ料理を味わってみたらどうだい?」
「いやいや、低質な振動のエキスで、僕の身体を汚染されるのはいやだからね。ご親切かつ気前のよいお誘いだけど、遠慮させてもらうよ」
釜土の上の煮こみが温まったころ、僕達は二人に別れをつげた。豊かな自然にすっかり感激し、大好物のガラボロをたらふく食べ、ムフロスの発酵ジュースを飲みすぎたゴロは、今やすっかり、山積する問題(PPのこと、ビンカの地球行きのこと)を忘れてしまったようだった。
それも当然だと思った。どこまでも美しい風景、畑には豊な恵み、丸々と肥えたガラボロがやすやすと手に入り、蔵には飲みきれないほどの発酵ジュースとなれば、ゆうべまでの暮らしとは、まるで別世界だ。そりゃもう、くらべようもなく、やすらかなんだもの。
僕達は直ぐに、ふたたび地球にむけて出発した。僕は窓の外を指さして言った。
「あっちはもう、ずいぶん遅い時間だよ。おばあちゃんもクラトも、もう寝ているかもしれない」
「いや、さっきちょっと様子を見たけれど、食後の会話を楽しんでいるところだったよ。いろいろ話すことがあるからね・・・」
「じゃ、まだ間に合うの?」
「勿論だとも。君のおばあちゃんの言うとおりだ。ときには彼女の忠告を聞くのも悪いことじゃないよ」
僕達の会話がよくわからないでいるビンカに、僕達は、おばあちゃんのことを話してあげた。
「ペドゥリートのおばあちゃんて、とても直感的なのね・・・」
「いやいや、そうじゃないよビンカ。そうじゃなくて、ペドゥリートのおばあちゃんはとても強い信仰をもっているんだ」
アミが説明する。
「あたしのこと、気に入ってくれるかしら?」
「勿論だよ、ビンカ。君もおばあちゃんのこと、きっと気に入るよ」
僕はふと思いだして、アミに訪ねた。
「あの装甲された地下室から、どうやってビンカたちをつれだしたの?」
「なーに、なんてことはないんだ。僕はただ、青の光線をまきちらしながら、廊下を進んでいっただけだ。そしたら、テリというテリが、みんなうっとりした表情になって、よろこんで僕に協力してくれたんだよ。
ビンカたちのいるところまで案内してくれて、三人を自由にしてくれた。ゴロを拷問にかけてたテリすら、とっても親切だったんだから。
でも、モニターでそれを見ていた監視員が、あわてて警報器を鳴らしたんだ。自分の目の前には正真正銘、ほんもののトンクがいるのに、モニターの中ではその同じトンクが、容疑者をにがそうとしているんだから、そりゃ驚いただろう。
だから僕は、まわりのテリたちに言って、階段の扉を封鎖させて、エレベーターも停止させた。それからのことは君も知ってのとおりだよ。そうして僕達は、黄色い光の届くところまでたどりついて、円盤に戻ってきたというわけだ。簡単なことだよ」
そう、たしかに簡単なはずだよ、アミにはね・・・。ビンカがゴロの話をもちだした。今の僕達の最重要テーマだ。なんてったって、苦労という苦労は、全てゴロの許可を得るためなんだから。
「ああ、どうかゴロおじさんが、私が地球で暮らすことを許してくれますように・・・おじさん自身、きのう、おとといと大変な目にあったから、ちょっとは心がやわらいでるかもしれないわ・・・」
「ビンカ、君をしらけさせてしまうかもしれないけれど、あんまり期待しないほうがいいよ。僕も最初は君と同じように考えていた。
でも今では、ゴロという人間が、いつも他人の幸せを邪魔するために、いろんなことをたくらんでるという気がしてならない。彼は、他人の幸せに水をさすように生まれついてしまっているんだ」
「違うのよ、アミ。ただ、ゴロおじさんは自分があまりにもきびしいしつけを受けてきたから、私にも同じようにしてるだけなのよ。考えてみればかわいそうなひとだわ。おじさんは、喜びっていうものを、なにかいけないもののように感じているのよ」
「それなら、このひどい体験をとおして、おじさんもひょっとしたら変わってくれるかもしれないね・・・」
と僕が言うと、
「たしかに、苦悩は師である」
小さな宇宙人は話しはじめた。
「でも、その教えと引きかえに失うものはあまりに多いし、心にはみにくい傷あとが残ってしまう。おまけに、苦悩には中毒性があるんだ。苦悩中毒患者は、苦悩するのがあたり前になってしまって、もはやそれなしの人生は考えられない。
もしも苦悩が足りなかったら、まるで空気が不足しているような気持ちにおそわれるんだ。さらにひどい中毒症状になると、神は自分の子が苦悩するのを見るのが好きだなんて勝手なことを考えはじめて、わざわざひどい人生を選ぶようにさえなる・・・。
だからやっぱり、「愛」こそが、最良の師なんだよ。本当の愛というのは、善と知性との絶妙なバランスの上に生まれるものなんだけど、悲しいかな、今のゴロにはまだ、そのへんのところが不足している。愛を師とするには、彼自身のレベルがまだまだ低いんだよ」