アミ 小さな宇宙人

「アミ 3度めの約束」第8章 エクシスの世界

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第8章 エクシスの世界

「もう直ぐ家に着くよ、ペドゥリート。モニターでちょっと家の様子をのぞいてみよう」

クラトとおばあちゃんが、テーブルでおなかをかかえて笑っているところがモニターに現れた。

「・・・だからそのあと、こっちの手でテリの首ねっこをつかみ、もう一方の手でもうひとりテリをつかんで、頭と頭をぶつけ合わせたんだよ。カボチャみたいにつぶれたけれど、中はなにもなかった。だってテリの頭はからっぽだからね、ホッホッホッ!」

「ハッハッハッ!」とおばあちゃんはクラトと一緒にゆかいそうに笑った。

クラトは僕のおばあちゃんに嘘を(いや、正しくは笑い話というべきかな。だって、クラト自身、誰かが自分のホラ話をまに受けるとは思ってないんだから)話していた。

ビンカはちょっぴりとまどっていた。
「どういうことなのかしら?あの人、よく似てはいるけど、クラトじゃない・・・」

少々クラトの外見を変えたことをビンカに説明すると、彼女は直ぐさま、自分の脚を少し太くしてくれるようにアミに頼んだ。でもアミは、ビンカはまだそのままでいなくてはならないと言った。

「僕はそのままが大好きだよ」

僕がお世辞を言っても、ビンカは自分の脚を見おろして、ちっとも納得していなかった。
モニターの中では、おばあちゃんがクラトに話の続きをうながしていた。

「で、クラト、三人めのテリはどうしたの?」

「ああ・・・エーと・・・うん、思いだした。そいつは昨日テレビで見た闘牛みたいに、身体が大きくて、ガッチリしておった・・・」

「まあ・・・」

「テリのヤツめ、口から泡をふき、目からは火花をちらしておった。今にもわしにとびかかろうとして、全身から憎悪がほとばしっていたよ。そして土をうしろにけりあげながら、わしにおどりかかってきたんだ。そのとき、わしはがけっぷちに立っていて、この身を守るものは、ただ自分のこぶしだけだった」

「それで、どうしたの?」

「相手が指一本の距離まで近づいてきたときに、わしがすばやく身をかわしたんだ・・・」

「それで?…」

「わしが”オレッ!”とひと声発すると、テリはそのままがけ下に落ちていったよ。ホッホッホッ!」

「ハッハッハッ!」

「見たところ、このカップルはすごく気が合うようだ」
アミが僕達をふりかえって、ほほえんだ。

はじめて僕のおばあちゃんを見たビンカは、感激の面もちで、
「ペドゥリートのおばあちゃんは、とても明るくて感じがいいわ。きっと私達仲よくやっていけるわ」

「うん、おばあちゃんも絶対に、君を大好きになるよ」

アミは円盤を海岸の家の上にとめた。

「さあ、着いたよ。下におりて、お祝いの食卓にくわわろう」

黄色い光の中をおりて、僕達は、おばあちゃんたちの前に現れた。全てがこんなにあっさりと解決してしまうなんて、全く信じられない思いだった。

お祝いの宴は再開された。今度はビンカもいるし、欠席者はなしだ。おばあちゃんはすっかり、僕の永遠の恋人を気に入ってしまったようだ。うっとりとビンカを見つめながら、こう言った。

「ペドゥリート、ビンカってとっても素敵な子だよ!見た目はここらへんの人とは少しばかり違うけど、性格はとってもいい子だって、あたしにはよくわかる。聖シリロは、決してあたしたちをがっかりさせないんだよ。どう、みんなもわかっただろ?」

「アミはまさに、チャンピオンだよ。でも、いったいどうやって、あのPP(政治警察)の地下牢から三人をすくい出したんだい?」

とクラト。アミが救出劇のあらましを話すと、みんなが彼に向かって拍手をした。直ぐにアミが、ペドゥリートもそれを手伝ったんだから、拍手にあたいすると言うと、みんなは僕にも拍手をしてくれた。

おばあちゃんはとても幸せそうだった。

「この家は今、喜びで一杯だよ。もう遅いけど、今はバカンスだし、明日は誰も仕事をしないでいいんだし・・・。じゃ、ビンカの夕食を持ってくるよ。直ぐもどるから、そのへんでくつろいでいて。それにしても、なんてうれしいんだこと!」

「おばあちゃん、僕にも二番めのお皿をもってきて」

と頼んだ。だって、さっきは半分しか食べられなかったからだ。少しすると、食事が運ばれてきた。

「うわー!おいしそうなにおい!ム・・・でも、私食べられるかしら?」

ビンカはちょっぴり心配そうだ。

「きっと口に合うよ、ビンカ。想像してごらん、これがガラボロだって・・・」

「エー・・・と、どれどれ、ちょっと食べてみるわ。このお肉、とってもやわらかそう・・・ウーン・・・おいしい!」

「ブフーッ!僕は円盤に行って、健康な食事をしてくるよ。丸一日、ほとんどなにも食べてなかったからね。直ぐ戻るよ」

「アミ、ここにもってきて、みんなと一緒に食べたら」
とおばあちゃんが言った。

「それは無理だよ、リリー。みんなが食べてるところを見たり、においをかいだだけで、僕はもう、食欲がなくなっちゃうんだ。直ぐ戻るから」

ビンカは赤ワインに見とれていた。

「その飲みもの、とってもきれいな色だわ」

「とってもおいしいよ、ビンカ」
とクラト。

「ちょっとだけ飲んでみる?」
おばあちゃんがビンカに聞いた。

「はい、じゃ、少しだけ」

「子供たちはこの小さなコップで、はい。クラト、ワインをもう少しいかが?」

「今はけっこう。どうもありがとう、リリー」

僕はてっきり、クラトって人がものすごい飲んべえだとばかり思っていたから、彼の返事にはびっくりさせられた。

「クラトがワインを遠慮するなんて・・・」

「なにが言いたいのかね?ベドゥリート。わしはいそいで酒を飲んだりしない。沢山飲みたいからね」

「エッ?どういうことなの?クラト」

「わしは、酒を飲むときはゆっくり飲むんだよ、ベドゥリート。一口ひと口味わうようにしてさ。あんまりはやいペースで飲むと、直ぐにねむくなってきて、高いびきで寝てしまうんだ。今はとくに気をつけんといかん。

この素晴らしいひとときを失うなんて、持ったいなさすぎる。そうはいっても、このワインとかいう、地球のうまい飲みものを楽しまない手はないよ。

これに比べたら、ムフロスの発酵ジュースなんて、まるでいなかの酒だ。味わいもなにもあったもんじゃない。いったい、この神のジュースは、どんな果物からつくるんだね?」

僕は冷蔵庫へ行って、ぶどうをひと房もってきた。

「これだよ。ぶどうっていうんだよ」

「なんとりっぱな果物なんだ」

「なんて、きれいなの。ひとつ食べていい?」

ビンカまで目をかがやかせた。

「勿論だよ」

「うん、おいしい!」

「ここに聖クラト酒造の支店をつくれそうだな。ホッホッホッ!ああ、そうだ、だいじなことを思いだした・・・トゥラスクにえさをやってくれたかね?」

「うん、ちゃんとあげておいたわ、クラト。今、あの小屋には、私のおじさんたちがいるの。だからトゥラスクの世話は二人がやってるのよ。もう、かなりなついてるわ・・・」

「わしの小屋で、あのテリがなにをしてるんだ?」

そこにアミが戻ってきた。

「ゴロたちはしばらく隠れてなきゃいけなくなったんだよ。それにはあの小屋がいちばんだったんだ。君が迷惑に感じなきゃいいなとは思ってたんだけど・・・」

「ウム・・・」

クラトはそのとき、愛らしい微笑みをむけているおばあちゃんと目が合った。

「も、勿論。勿論迷惑じゃないよ。それなら、トゥラスクにさみしい思いをさせることもないし・・・で、あそこにはどのくらいいるつもりなんだい?」

クラトはつとめて顔には出さないようにしていたものの、とうていよろこんでいるようには見えなかった。

「君がもし帰りたいって言うなら、今直ぐ帰ろう。クラトにはあそこに戻ってもらうことにして、ゴロたちをどこか別のところへつれていくよ。そしてバイバイ、またねだ。じゃ行く?クラト」

「いやいや、たんなる好奇心から聞いたまでのことだよ。それに・・・」

「それになに?クラト」

「うむ・・・わしもここでずっと暮らせるのかもしれんのだろ?・・・」

「アミ、クラトはもう地球人に変わったんだから、ここにいさせてあげて!」
と僕。

「でも、どこに住むの?」
アミが僕達に訪ねた。

「ここだよ。僕達と一緒にだよ。ねえ、おばあちゃん?」

「あたしは大賛成だよ・・・ビンカはあたしの部屋にねて、クラトは空いている部屋を使ってもらえばいいわ」

僕達の意見に、アミも異存はないようだった。

「僕はかまわないと思う。でもね、クラト。君は覚悟ができているの?もう二度と、あの小屋には帰れなくなるんだよ」

それを聞いたクラト老人が動揺を見せた。

「ウム・・・正直言って、こんな急なことになるとは、考えもしなかった。わしはずいぶん長いこと、あの美しい土地に住んでいたんだから・・・(クスン)・・・。スワマに変わったときも、そうだった。

わしはあのとき、歯ブラシ一本、自分の過去をもってこられなかったんだよ。今だから言うけれど、テリだったときのわしは、かなり重要なポストについていて、大金持ちでもあったんだ。

それを全部全部捨ててきた・・・いやいや、そんなことはもうどうでもいい。過去ってのは、あとに置いてこなきゃならないもんなんだから。そうだろう?アミ」

「そのとおりだよ、クラト。まさにそのために死というものがあるんだ」

「それはどういうことかね?アミ」

「宇宙は、自分たちの創造物が、あらたな経験、あらたな環境、あらたな場所、あらたな人、あらたな考えにふれることで、進化し、成長していってほしいと考えている。

ところがそれをはばむのが、君たち自身の執着心なんだ。君たちはあまりにいろいろなものにしがみつきすぎている。自分たちの場所、自分たちの愛する人、自分たちの物、自分たちの姿、自分たちの考え、思い出・・・全てを手ばなしたがらない。

君たちが、そういったもろもろの執着から自由になって、別の状態へ、別の幸福へととおりぬけるためのたったひとつの道は、今、その身にまとっている”服(つまり肉体のことだね)”を脱ぎ捨てることだ。肉体がほろび、死をむかえたときにようやく、君たちは執着からのがれて、あらたな状態に入ることが出来るんだ。

でも、そのかわりに君たちは、かつての人生でのことをなにひとつ(どんなに愛着のあるものでも)おぼえてはいない。本当は、一人ひとりの心の奥の奥に、記憶はひっそりとねむっているんだけど・・・」

「私達が死ぬのは、そのためなの?」
とビンカが訪ねた。

「そう、残念ながら、今の君たちがあらたな状態にうつるためには、”死”を利用するほかに道はないんだ。でも、もしも君たちが、もっと進化した段階の人達のようにもう少し執着からはなれることができれば、”死”という、痛ましくて苦しいプロセスはいらなくなる。

進んだ魂たちは、もはや、”死”を通過しなくとも、自分の意思だけで簡単に、宇宙が用意してくれた新しい状態の中へとびこんでいけるんだよ。

しかも前の人生でのことを忘れたりしないでね。僕の中にも、自分が半分ゴリラだったころから今にいたるまで、記憶は全部残っているよ」

アミのはっきりとわかりやすい説明を聞いて、みんな考えこんでしまった。僕は今まで、なんどとなく神の善良さをうたがってきた。どうして神が、”死”のような痛ましいものを創りだしたのかが、わからなかったんだ。

でも、アミの説明のおかげで、”死”が、愛の神が創りだしたものだという考えは、矛盾するものじゃなくなった。だって、愛が僕達の進化や完成を求め続けるのは当然のことだ。

僕達が自力で自分たちの執着を克服できないのだとしたら、新しい状態にうつるためには、無理やりにでも今のところからひきはなしてもらうしかない。それしか道は残ってないんだから。

「全くアミの言うとおりだ。いつかわしがあの土地を捨てなきゃならんとしたら(どうしてもそうしなきゃならんのだとしたら)今がそのときなんだよ。わしはここで一生暮らすことにするよ・・・勿論、この美しいご婦人のそばにね」

おばあちゃんの肩に手をまわすと、クラトはそう言った。おばあちゃんもクラトの胸に頭をあずけ、うれしそうにほほえんだ。ここにもまたひとつ、ロマンスが誕生したのはあきらかだった。

僕だって、もう、迷惑どころか、その正反対。身近にいつもクラトがいてくれるのは、とってもうれしいことだった。

クラトがふとなにかを思いだした。
「トゥラスクは?・・・」

その目には、涙が光っていた。アミは笑いだした。

「トゥラスクはずっと元気でいられるよ。僕が責任をもつ。クラト、僕を信用出来るかい?」

「ウム・・・(クスン)・・・信用するよ、アミ。感謝するよ、ありがとう」

「感謝だなんてとんでもない。もうちょっと落ちついたら、地球社会に同化出来るように、僕がいろいろお膳立てするから、まあ見ててよ。・・・話はつきないけど、そろそろこの夕食会もお開きにするとしようか。もう遅いし、子供たちはまた明日も、見にいかなきゃならないところがあるからね」

「ビンカのベッドは、もう用意したからね。あたしのベッドの隣りに」

「今晩は楽しかったけど、みんな、浮かれっぱなしでいちゃダメだよ。ゴロがどういうひとなのか忘れないでね。じゃ、僕はもう行くよ。明日の朝、迎えにくるから」

僕達はアミに、いっときの別れをつげた。僕はベッドにむかいながら、今まさに起こっていることが信じられずにいた。ビンカが僕の家で眠る!僕の幸せは、もう限度を超えていた。

あとはただ、ゴロが今後どういう決定をするかだけが問題だったんだけど・・・ともかく、かなりハードな一日だったし、夜もふけていた。まくらに頭をのせるや、僕はあっというまに眠りに落ちてしまった。

よく朝、やわらかいノックの音で目がさめた。僕はまだ半分ねぼけていて、ゆうべどんなことが起こったのかさえ、全く思いだしてはいなかった。

「入って、おばあちゃん」

僕の声にドアを開けたのは・・・おばあちゃんじゃなくて、うるわしのビンカだった。両手でお盆をささげ持ったビンカが、僕の部屋の中に入ってきたんだ。

まるでこの世でいちばん美しい夢を見ているようだった。でも、夢じゃなかった。現実に、僕の双子の魂が、お盆に朝食(と愛情)をのせて運んできてくれたんだ。

「ああ・・・ビンカ!・・・そんなめんどうなことしてくれなくてよかったのに・・・ありがとう」

「ちっともめんどうなんかじゃないわ。あなたのために朝食を運べるなんて、本当にうれしいことよ。よく眠れた?ペドゥリート」

ベッドに腰かけて僕を見つめるビンカは、なんとも愛らしい。

「うん、とっても・・・ビンカはよく寝られた?」

「ええ、とっても。私の人生の中で、もっとも美しい夜のひとつだったわ。ペドゥリートがこんなに近くで眠っていたんだもの」

おばあちゃんが入ってきた。

「おはよう、ペドゥリート。早く起きて、したくしないかい。アミとクラトがお待ちかねだよ」

「エッ!アミ、もうきてるの?」

「ちょっとばかり前にね」

「どうしてもっとはやく起こしてくれなかったの?」

「ビンカがもう少し休ませてあげたいって・・・これからもきっと、あれこれ世話をやいて、くれるだろうよ」

部屋の直ぐ外でさわがしい声がした。

「ねぼすけ”ベドロ”がなにをやっとるのか、ちょっとのぞいてみよう、アミ」

そうして、クラトとアミも部屋の中に入ってきた。僕はひとりっ子だから、家の中でもひとりぼっちでいることになれている。だから、なんだか不思議な感じだった。

普段僕が寝ているときは、寝室には誰も入ってきたりしないのに、僕のベッドのまわりには今、おばあちゃん、クラト、そしてアミ。そのときふと、クラトの服装に目がいった。

スポーツシャツ、半ズボン、ズック、白い靴下、防水仕様の赤いプラスチックベルトの腕時計、ひさしのついた帽子・・・。今やクラトは、どこから見ても普通の地球人だった。

「クラト、いったい、その服どこからもってきたの?ハッハッハッ!」

答えたのはアミだった。
「僕が用意したんだよ。どう、気に入った?クラト」

「ウム・・・??…..でも、この子はわしのこと笑っているし・・・パハラコ(訳注:スペイン語でみにくい鳥の意味)みたいかい?」

「うん、そのとおりよ」

とビンカは笑った。ビンカにもやっぱり、クラトの格好はこっけいにうつるらしかった。
「そんなことないわ、クラト。スポーティーで若々しくて、とってもお似あいよ」

おばあちゃんだけがクラトをほめた。僕もあわてて言いわけした。

「なかなか似あってるよ、クラト。僕が笑っちゃったのは、驚いたせいなんだよ。だって、いつものヘ預言者からいきなり、”海辺のプレイボーイ”に大変身だもんね」

アミが笑いながら、僕に訪ねた。

「出かける準備はできた?ペドゥリート」

「あーっ、ごめんごめん、まだまだなんだ。いそいでシャワーを浴びなくっちゃ・・・」

「その必要はないよ。僕の円盤のあの部屋へ入ればそれでOKだって、君も知ってるはずだよ」

「ああ、そうだ。忘れてたよ」

僕が手ばやく朝食をすませて少ししてから、ビンカとアミと僕の三人は、おばあちゃんに「行ってきます」の挨拶をした。

「クラト、なにか必要なものがあったら、小屋によったついでにもってくるけど?」

「なにもありゃせんよ、アミ。キア人のわしはもう、死んだんだ。死んだ人が別の世界になにかもっていったら、おかしいだろう?だからわしも、地球になにももってこない・・・(クスン)・・・かわいそうなトゥラスクの世話をくれぐれも頼んだよ・・・(クスン)・・・それから、ウム、よく太ったうまそうなガラボロを二羽ほど、捕まえてきてくれないかね?ホッホッホッ!」

アミ、ビンカ、そして僕の三人は、ふたたび円盤に乗って、別の時間空間の中にすべりこんでいった。

「アミ、これからどこへ行くの?」

「この銀河系にある何百万もの文明の中から、もうひとつ、面白いものを見せてあげるよ。あまり時間はかけられないけど。そのあと、ゴロとクローカの様子を見にいかなければならないからね」

窓の向こうに、完全に乾ききった惑星が見えてきた。僕達地球の衛星の月によく似ていたけれど、もっと赤みがかっていたから、どちらかというと火星に近いのかもしれない。僕達を乗せた円盤は、すさまじいスピードでその惑星の表面に近づいていった。

「ああ、あそこだ。エクシスの世界だよ。ここに君たちが見てきたどこよりも、進んだ文明があるんだ」

アミはさらに円盤の速度をあげて、その惑星のあちらこちらをめぐりはじめた。ひとまわりするのに一分とかからなかったから、直ぐにわかった。この惑星には海がないんだ・・・。

「ここは生命のいない、乾いた惑星なんだね・・・」

アミは上機嫌だった。

「うん、表面には石ころしかない。でも内部には・・・」

「この世界の文明は地下の中にあるなんて言わないだろうね・・・」

「まさしくそうなんだ、ペドゥリート。この惑星の人達みたいな、高い進化水準に達した人類はみんな、文明基盤を地下に移しているんだ」

ビンカはすっかり興味をひかれたようだ。

「ということは、アミ。高いところまで進化した人類はもう、惑星の表面には住まなくなるの?」

「勿論さ。だって惑星内部のほうがずっと安全だもの」

「どうして?・・・」

「サリャ・サリムとおんなじ理由だよ。まず、惑星内部には、太陽の紫外線や放射線みたいな有害物質がとどかないし、隕石がぶつかったって、なんの影響もない。天候についていえば、そこに住む人達が自由に調節するから、雷ともひょうとも大竜巻とも無縁だ。

それからこの惑星の表面には一滴の水もないけど、内部では人工的に水と酸素と光を供給して、この惑星にふさわしい生態系をつくりあげている。害虫やその生態系をみだすような種は、あらかじめ取りのぞくことも出来るんだよ。

そしてこれが肝心なんだけど、近くの惑星に住む未開文明人に、おかしな関心をもたれることもない!カラカラに乾ききった死の惑星に見せかけておいて、そのじつ、内部には大文明がさかえてるってわけだ・・・宇宙でいちばん高いレベルまで進化した人類が、こうして惑星内部に住むようになるってこと、理解できたかな」

「うわーっ!そうだったんだ!そんなこと、いちども考えたことなかったよ・・・そうか、わかったよ。僕達の太陽系では、地球以外の惑星に生命の気配がないわけが、それで納得いったよ」。

「私達の太陽系でも、きっとそうなんだわ」

ビンカも納得の様子だ。

「そのとおり。宇宙には、君たちが想像するよりもはるかに沢山の生命がいるんだよ。でもねえ、君たちの文明は、とっても精神的だから、今はまだ、あんまり上の段階のことは知らないほうがいい」

「うん、わかったよ・・・」

「それに、惑星内部に住むということが、その人達の魂のありかたをも反映しているんだよ」

「それ、どういうこと?」

「君たちの世界の人々は惑星の表面に住んでいるだろう?」

「勿論」

「君たちの文明では、全てが、表面の問題なんだ・・・つまり君たちが注意をはらうのは外部だけ、内部のことはさっぱりだ。だからこそ、君たちは惑星の表面に住んでいるんだよ。それは君たちの魂のありかたを反映しているんだ」

「もう少しわかりやすく説明してくれる?」

「外部にあるものに向ける君たちの興味は、まさにつきせぬ泉のごとし、だ。もっと外へもっと外へ・・・許されるなら、地球から数兆キロも遠くはなれた別の太陽系にさえ、ロケットを飛ばそうとする。

そのための努力はおしまない。ところが、自分の惑星の内部のこととなると、足の直ぐ下のことなのに、これがまるでわかっていない。そもそも興味さえもってないんだ」

「ああ、たしかにそうだよね。NASA(アメリカ航空宇宙局)だって、地球の外に出ていくばっかりで、僕達の地球の内部をさぐろうとはしないし・・・。そっちのほうが身近なのになあ」

「君たちが、どんなものであれ、その外部にしか目をむけていないからだよ。他人についても、自分についてさえこの調子なんだ。気にするのは表面的なことばっかり。内部のことはまるっきり無視しているんだ」

「うーん、じっくり考えてみたほうがよさそうだね。でも僕、なんだかわかりかけてきたような気がするよ・・・」

「そうやって、外部ばかりに関心を向けてるから、いつまでたっても本当の自分を知らないままなんだ。だって、自分の心の中をまともに見ようとしないんだものね。

君たちが惑星の表面に住んでいるっていうのは、つまりはそういうことだよ。内部(精神的なもの、内的なもの、デリケートなことがら)よりも、外部(はっきりと目に見えるもの、かたちあるもの)が大事にされる世界に住んでいるってことなんだ。

だから、本当はいつだって、一人ひとりの中に原因があるはずなのに、直ぐに問題を他人のせいにしようとする」

そこでビンカが結論を出した。

「じゃ、オフィル星だってアミの惑星だって、今の説明からすると、それほど進んだ世界じゃないということだわ」

「勿論さ。ビンカの言うとおり、我々の世界は今のところ外部文明だ。でも、オフィルにしろ僕の惑星の”銀河人形”にしろ、ずっと前から地下に生態系を準備しているんだよ。前に君たちを僕の惑星につれていったときに、僕は言ったよね。僕の惑星の”外部”を見たって。おぼえてる?」

「うん、おぼえているわ」

「僕も覚えているよ。ところで、ねえアミ。今思いだしたんだけど、君のお母さん、どうしてる?」

僕は、アミのお母さん(あの笑顔のかわいい女の子!)を思い浮かべながら訪ねた。

「とても元気だよ。僕のお父さんの住んでいるキリアに行けるよう準備してるよ」

「それはいい!今でも君のお母さんから言われたこと、ちゃんと覚えてるよ。”足は大地に、理想は高く、心には愛を”だ。僕達がよろしく言ってたって伝えてね」

「わかった、伝えておくよ。ところで君たち、地中の世界に住んでみたいかい?」

ビンカは考えこんでしまった。

「たしかに美しいんでしょうけど・・・ウーン・・・なんだか閉所恐怖症になりそうな気がして・・・星が見られなくなっちゃうし・・・」

「ここでも、丸天井に外の様子を投影出来るんだよ、ビンカ」

「そうね。それじゃ慣れれば平気かもしれないわ・・・」

「大きな進歩っていうのは、はじめはいつも、受け入れにくいものなんだよ。でも時間がたてば、人々のほうがそれなしでは生きていけなくなる。

たとえば、昔は鳥の羽のペンにインクをつけて文字を書いた。今は、パソコンのキーで文字を打つ。羽のペンのほうがロマンチックなんだけど、もはや誰も見むきもしない。同じように、荷馬車やのろしなんかも、今ではお目にかからなくなったよね」

アミは、エクシスの乾いた地表に向けて、円盤を急降下させた。

「サリャ・サリムと同じように、ここにも秘密の入口があるんだ。そこから地中に入ろう。地面にぶつかるように見えるけど、なんにも心配いらないからね」

僕達は”非物質化”され、入口を隠す暗い岩の中をくぐりぬけた。ビンカはまたも、ギュッと目をつぶり、両手で顔をおおっていた・・・突然、目の前に信じられないような光景が現れた。

「うわ!!すごい!」

湖、緑やオレンジ色の草原、色ガラスでできたビル群、オフィルでも目にしなかったような未来建築物、巨大な球形だったり、いろんなかたちをした建物の数々が、なんと、”空中に浮かんでいる”!きれいに舗装されたひろびろとしたテラスの上には、思い思いにスポーツを楽しむ人々。

美しい競技場や沢山の宇宙船も見えてきた。そして大小さまざまな木々や花々でいろどられた庭園は、空から見たほうが楽しめるような、美しいデザインでつくられていた。

「こんなにきれいなの、私、生まれてはじめて見たわ!」

先ほどの恐怖はどこへやら、ビンカはもうすっかり感激しきっていた。ここでもサリャ・サリムと同じで、”空”は本物の空にしか見えなかった。ただ、違っていたのは、その”空”が、水色ではなく、明るいピンクのような色をしていたことだ。

でも、なんといっても驚きだったのは、いくら巨大な洞穴の中に都市がつくられているとはいえ、いったいどこまで続いているのやら、その洞穴の終わりが見えなかったこと。

「この世界では住民は空洞の中に住んでいるけど、その規模はかなり大きくて、ときには直径が数十キロにもおよんでいたりする。そこに都市がつくられているわけだけど、君たちの惑星の都市みたいにひと、ひと、ひとで一杯になることはないんだ。

前にも言ったことがあるけど、大都市というのは、そこに住む人達にとっても、惑星じたいにとってもよいものじゃないからね。ここにあるような大空間はどれも、宇宙と調和するようにできているんだよ。そしてこの世界にある沢山の都市どうしは、お互いに連結し合っているんだ」

「これは超文明だよ!アミ・・・」

「そうだよ、ペドゥリート。じゃ、これからみんなで、惑星間の美人コンテストを見にいこう。今日はそれを見に、じつにいろんなところから、沢山の人達が集まってきているはずなんだ」

そう言って、アミはほほえんだ。

僕は”おや?”と思った。地球では、美人コンテストなんて別にめずらしくもない。でも、アミはいつも思いもかけないようなことで僕をびっくりさせるんだもの、今回もまたそれかな・・・?僕はアミの”びっくり”にはすっかりなれっこになっていたから、たいして気にもとめなかったのだけれど、このあとでやっぱり、その”美人コンテスト”に度肝をぬかれることになるのだった。

大きなまるい建物の屋上テラスの”パーキング”に、円盤はとまった。窓の直ぐ外には、かたちも大小もさまざまなタイプの宇宙船がとまっていたけれど、見たところ小型のものが多いようだった。宇宙船で行ったりきたりしている人もいる。

それが目にとびこんできたとき、僕はギョッとした。色とりどりの服を身にまとい、大きな赤い頭をした巨大な人間たち!僕には彼らの顔が、(失礼ながら)どう見ても人間のものとは思えなかった。そのほかにもいろんなタイプの異星人がいたけれど、誰もが仮装パーティーのようないでたちで、そしてとっても楽しそうだった。

みんなかなり個性的な頭をしていて、はたしてそれが、かざりぼうしなのか、はたまた突飛なヘアスタ・イルなのか、僕には区別がつかなかった。顔や身体つきも、なんとも不思議な感じだ。

「ビンカ、見て見て、あの人達」
と僕はしっぽのある人たちを指さした。

アミは笑った。

「彼らの先祖は木に住んでいたんだよ。でも、君たちは彼らをバカにしたり、あれこれ言ったりしないほうがいい。頭をやわらかくする必要があるんだ。

ここで見ることは、君たちにとってはずいぶん奇妙で、こっけいでさえあるかもしれないけど、彼らにとってみれば、ごくごく普通のことなんだからね。じゃ、これからあの部屋へ行って消毒をしよう」

例の部屋で消毒をすませてから、僕達はアミと一緒に円盤から降りて、エレベーターに向かって歩いた。エレベーターの扉が開き、そこから降りてきたカップルときたら・・・まるで羽を一杯つけた大きなオウムみたい・・・と言いかけて、僕は、アミがさっき、ここの人達を尊重しなくちゃいけないと言ってたのを思いだした。

(ゴホン!)・・・つまり、そう、とても大きくて、色あざやかな二人が出てきて、僕達に文明世界の言葉でにこやかに挨拶して、とおりすぎていったんだ。ビンカも僕も、ちょっぴり緊張していた。

だって、どうしたらいいのかわからないんだもの。入れ違いで乗ったエレベーターの扉が閉まると、アミは僕とビンカの顔をゆかいそうに見ながらこう言った。

「ここでは誰も、君たちに危害をあたえたりしないよ」

あのエレベーターの箱は、まるくて透明で、かなりひろくて天井も高かった。きっと、すごく大きな人も乗ったりするからなんだろうな。エレベーターが内部に向かって降りていくあいだにも、建物の中に沢山の人がいるのが見えた。

それにしても、宇宙には、こんなにいろいろな種類の人間がいたなんて!さながら異星人の見本市といった感じだった。そしてその人達がみんな、そろいもそろって、これ以上はないってくらいキテレツな格好をして、ごくあたり前にそのへんを歩いていた。

中にはもう信じられないくらい異様な顔つきと身体つきをしていて、(アミはああ言ってたけど)内心こわがらずにはいられないような人もいた。でも、みんなそんなことちっとも気にするそぶりはなく、変わらず喜び一杯で、陽気なムードだ。

「ここは香気で満たされているんだ。ある種の人達のにおいが、別の種の人達にとっては不快じゃないともかぎらないからね・・・会場に入ってみよう。もうはじまっているよ」

大きな扉をくぐるとそこはホールで、中央にはライトに照らしだされたステージがあった。客席はすでに大勢の人々で埋まっている。

その大きさは位置によって変えられていて、ステージ寄りには小さな座席、うしろのほうには大きな座席というふうに配置されており、大きなひとが座っているのはやっぱり、うしろにならぶ大きな座席だ。

僕達3人は、ステージ寄りの小さな座席のほうに向かった。ひとがまばらな列が見つかり、ていねいにことわりながら進んでいくアミについて、僕とビンカも、親切な宇宙の兄弟たちの足を踏まないように進んでいった。

僕達に特別な関心を向けるひとは誰もいなかった。座席に落ちつくと、ステージの様子がはっきりと見えた。がっちりと背が高く、おまけにかなり太った、灰色の顔に大きな口をした司会者が(僕はカバを思いだした。勿論、敬意をはらって言っているんだけど)、にぎやかな調子でこれから登場する出場者の長所を紹介していた。

翻訳器のおかげで、僕には彼の言っていることじたいはほとんど理解できた。でも、その意味となると、さっぱりわからない。たとえばこうだ。

「これから出場する人は、MAJ-K2の地区にある彼の惑星の”白いアムサス団”に属するという名誉をもっています。まだ”イントラルミニコのメンバー”にはなっていませんが、彼の”ウレウス”はまだ等級づけされていません。どうぞ!」

まるで、歩くレタスとでも呼べそうなひとが現れた。自己紹介をして、ほがらかに挨拶し、精神を集中させ、そうして退場していった。次に、だいたい似たような感じのひと、つまり・・・いやいや、なんでもない。

こうして、銀河系の星々からやってきた、奇妙な人々や・・・正直に言っちゃうと身の毛がよだつような人々が、つぎつぎとステージに現れた。歩いたり、はったり、よろよろ歩きをしたり、ときにはとんだり・・・。

みんなそれぞれが、客席に向かって微笑みかけてみたり(僕達のように口をもっている人達なんだ)、風変わりな衣装を見せたり、精神を集中させたり、ちょっとした動きをしたりして、やがて退場していった。

僕にはちっとも理解できなかった。でも客席の反応はなかなかのもので、ステージで精神集中がはじまると、ときには”オーッ”とさけび声があがったりした。

美しいと思うものもないではなかったけれど、つまるところ僕とビンカの二人は、いったいなにがおこなわれているのやらさっぱりわからず、顔を見合わせるしまつだった。

「アミ、これいったいなんなの?」

「美人コンテストのようなものだよ。でも、君たちの惑星の美人コンテストとはふたつの点で大きくちがっているけどね。まずだいいちに、ここでは誰も他人と競争してない。

勝ち負けはないんだよ。ただ一人ひとりが、せい一杯観客を楽しませようとする。彼らにとっては、観客の喜びこそがただひとつの賞なんだよ。次に、美人コンテストとはいっても、ここで披露しているのは出場者の外見の美しさじゃないんだ」

「違うの?」

「勿論違うよ。外側のかたちのバリエーションはものすごく沢山あるから、我々にとって、”このひとはもっと美しい”とか、”このひとはあのひとよりみにくい”とかいうのは、あまり意味がない。

実際、我々はひとの外見にそれほど注意をはらわない。ある場所では”美しい”ものが、ひとたび場所が変わると、とたんに”みにくい”ものになりさがる。美意識なんていうのは、時代によって簡単にうつり変わる気まぐれなものだし、相対的な(ほかにくらべるものがあってはじめてなりたつ)ものだからね。

だから我々は、ダイレクトに内面を問題にするんだよ。本当の美しさというのは、内面にあるものだからね。出場者たちは、今まさに、それを見せているんだよ、彼らの内面の美をね」

「ああ・・・少しわかってきたよ。でも観客はどうやって、出場者の内面の美を見ることが出来るの?」

「”見る”ことはできない。内面の美は目では見えないからね」

「じゃ、どうやってわかるの?」

「魂の感覚でだよ、ペドゥリート」

「ああ・・・、ここにいる人達はとても進化しているからね。でも、僕はダメだよ、僕はこの目で見なくちゃ。だって僕、そういう素晴らしい感覚をもってないから・・・」

「私も」
ビンカもちょっぴり悲しそうだった。

「そんなことないよ。君たちにもちゃんとその感覚はあるんだ。でも、普段の生活でそれを使うことがないからね。とてもデリケートなものをとらえるための感覚だし、君たちはなぜかキンキンしたものにばかり注意をむけるくせがあるから。

・・・じゃあ、今ここで、この心美しき人達が、君たちにそっと伝えようとしていることを”感じられる”かどうか、とにかくためしてみてごらん。よーく注意をはらって」

ステージには、ガリガリにやせ細り、かみの毛がまっ直ぐで、おどろくばかりに肌が黒いひとが登場した。その黒さときたらなんと!黒い反射光をはなっているほどだ。

このひと(っていっていいのかな?)は、床をふくモップ(ほら、棒に布きれがボサボサとついているあれだよ)に似ていた。勿論上下さかさまにした姿でだけど・・・。このひとが男なのか女なのかさえ、僕には見分けがつかなかった。

「男でも女でもないんだよ」

アミのひと言は、僕達をびっくり仰天させた。アミは笑いながら、

「宇宙の知的生物がみな、君たちや僕の属している種のように、ふたつの性でなりたっていると思っちゃダメだよ」

「エッ?違うの?」

「違うよ、勿論。性をふたつに分けて個体をふやしていくっていうのは、数ある繁殖法のうちのひとつの手法にすぎない。子孫を増やす方法は、他にもいろいろあるんだ。

君たちの世界の動植物を考えてみたって、そうだろう? 今目の前にいる兄弟も、自分ひとりで子供をつくって、子孫を増やしていくようにできてるんだけど・・・まあいいか、やめておこう。宇宙に存在するさまざまな異なった繁殖法の中のたったひとつを、ここで説明してみたところではじまらないから」

でも、ビンカと僕は、すでに興味しんしんだった。少なくとも、あのひとがどうやって子供をつくるのかくらい教えてもらわなくちゃ、おさまらない。

「わかったよ。あのひとは、つまり・・・卵で子供をつくるんだよ」

「エーッ!まさか!ハッハッハッ!ビンカ、聞いたかい。あのひと、卵を産むんだって!・・・」

「シー!だからやめておくって言ったんだよ。全く、君たちはなにごとにつけ大さわぎしすぎる。彼らにしてみれば、君たちの世界の出産のほうが、よっぽど驚きだよ。あの血が流れる痛々しい場面を目にしたら、きっとふるえあがるに違いない・・・」

僕は言われたことをよく考えてみた。そして、アミが正しいと思った。

「ものごとは全て相対的なんだよ、わかる?じゃ、あのひとが君たちに送ろうとしているメッセージに、注意をむけてみよう」

あのやせたひとは、ステージの上で意識を集中していた。僕は目を閉じて、なにか感じようとした・・・でも、なにも感じられなかった。たぶん、ついさっきのアミの話で、僕の気持ちがちょっぴり動揺しちゃったからだと思う。ビンカも同じらしかった。ほかの観客たちは、今やすっかり彼に夢中のようだったけれど、ビンカと僕は、相変わらずなにもわからないままだった。そんな僕達の様子を、アミはちゃんと見て取っていた。

「この件に関しては、なにも言うべきじゃなかった。君たちの世界のようなところでは、性は、”きわめて恐ろしい”ものとしてとらえられている。

おまけに君たちは、性に関する真実にふれたときに、その驚きを趣味の悪い冗談でごまかすくせまである・・・僕はそれをよーく承知していたはずだったんだけどね・・・。じゃ、そろそろキアに出発しようか。もうあんまり時間がないんだ」

僕達は円盤に戻った。キアにむかう道すがら、アミがこんなことを言った。

「この旅の目的は、惑星の内部にある文明の姿を、君たちの目で直接たしかめてもらうことだった。そうして、高い進化をとげると、外的なものにはほとんど重きをおかなくなるってことを、ちゃんとわかってほしかったんだ。そこのところは、たぶん気がついてたよね・・・?」

「エッ!? ああ・・・勿論、アミ・・・」

「君たちの中にある”視覚的な人種差別”から、少しでも自由になってもらえたらと思ってね、ハッハッハッ。これからは、見た目の感じだとか、発言のうわべだけにとらわれないで、もっとそのひと自身が発しているものに注意をはらうようにね。

それから、自分自身の内部を、きちんと見つめることが大事だ。本当のものだとか、人間の大切なものだとかは、必ず内部にあるんだから。

大きな進歩をとげた人というのはそれを知ってるから、全てにおいて外部よりも内部を重視するし、逆にあまり進歩してない人は、全てにおいて外部ばかりを見てしまうものなんだ。外部なんて、いつかはうつろっていくものなのに・・・」

「たしかにそうね。私達はまだかなり進歩があまいから、どうしても外部にひきずられてしまったりするのよ・・・」

ビンカの言葉にアミは笑って、
「注意が不足しているんだよ、それだけだ。ああ、それからもう少しの訓練もね」

窓の外一杯に、キア星が近づいてきた。

「あそこに君のおじさんとおばさんがいるよ、ビンカ。午後の山の日差しを楽しんでいるところだ」

モニターのひとつに、沼のほとりを散歩するゴロとクローカの姿が現れた。ゴロはクローカの肩に手をまわし、クローカはゴロの腰に手をまわして、二人でうっとりと景色に見とれている。

トゥラスクが長い首をゆすりながら、その近くをついて歩いていた。沢山のガラボロまで、あたりをゆったりと楽しげにとんでいる。僕達は直ぐに、二人のそばについた。ビンカはかけよっていって、二人にだきついた。

「よく寝られた?ゴロおじさん、クローカおばさん」

「うん、それはもうぐっすり寝られたよ。こんなに美しい風景の中にいるせいで、PPに追われていることも、全財産をうしなって無一文になったことも、これから行くあてのないことも、みんなみんな忘れてしまったようだよ・・・」

そう言ってほほえむ二人に、明るく、でも少しなぞめいたような声で、アミが訪ねた。

「ここにずっといたいとは思わないかい?・・・」

二人はとたんに動揺して、アミをじっと見つめた。

「なんだって?…そ、そんなことが出来るのかね?・・・」

「勿論さ。あの山小屋はもう、無人になったんだ。あそこの住人クラトは、この少年の住んでる惑星で暮らしていくことを決心したんだよ。だからもう、ここには戻ってこない」

「僕のおばあちゃんの彼氏になっちゃってね、ハッハッハッ!」

僕はこれを書いている今もなお、あの、まるで、青春、のようなロマンスのことを、かなりこっけいに感じているくらいだ・・・。

ゴロもクローカも、目に見えて生き生きしだした。

「じつのところ、ゆうべも、けさも、二人でずっとそのことばかり考えておったんだ。こんなところに住んでみたいって…。二人とも静かな生活をとても愛しているから、友達もほとんどいない。だからここで、二人で力を合わせて土地をたがやし、なんとかクラトがつくったような畑をつくり、小屋を建てて、それから・・・」

「二人とも、全てを一からはじめるには、年がいきすぎてる。あの山小屋に少し手を入れて、クローカがかざりつけをすれば住めるようになるし、それにこの畑だってもうクラトのものじゃない。

ムフロスの発酵ジュースをつくる器械だってそろっているし、ここから歩いて四時間行ったところの村で、農作物や発酵ジュースを売ることも出来る。

そのための荷車はあそこにあるし、トゥラスクは力もちだから、そのさいは十分役に立ってくれる。そうそう、これからは、トゥラスクも二人のものだよ」

二人は感激の面もちで、アミの説明に耳を肩むけていた。とりわけクローカはなみなみならぬ喜びようで、アミを見つめながら、

「都市の騒音から離れて、静かな田舎に住むことが、長いことあたしの夢だったの。たった今、あたしのひそかな夢が現実になったのね。ああ、信じられないわ」

「わしだって小さいときから自然の中に住むのが夢だった。そのために農業を勉強して、どこかの森の中にでも住みたかったんだ。ところが、わしの父親がたいそう高圧的だった。

わしがまだほんの子供のころから、将来わしが、自分の薬局をつぐものと決めつけてしまったんだ。当然、農業を勉強するための学費なんぞは出してくれなかった。

でも、本当を言えば、わしはずっとあの薬局が好きになれなかったし、あの街にもほとほとうんざりしていたんだ・・・おお、そうなんだ。もし、本当に可能なら、ぜひともここに住みたい。この美しい緑の山々、素晴らしい風景にかこまれて・・・」

「じゃ、これで問題解決だよ。ここはこれから二人の土地であり、家である」

高らかに宣言するアミもまた、喜び一杯だった。それを聞いたゴロが生まれてはじめて、微笑みを浮かべた。

その目がキラキラとかがやきはじめ、それから彼は急に、自分を取りかこむものを改めて確かめるかのように、あたりをぐるりと見まわした・・・この美しい風景が自分の日常になったことが、信じられないといった感じだ。

緑のグラデーションを織りなす谷を見おろしたあと、ゴロはもういちどほほえんだ。彼の目から、幸せの涙がいく筋かこぼれ落ちた・・・。そのときだった。突然、ゴロの顔から血の気がひいた。

急に気分が悪くなったというゴロを、僕達はいそいで山小屋までつれていき、わらぶとんの上によこたえた。

「いったい、どうしたことだ・・・あまりにも感動しすぎたせいかな、めまいがする・・・」

「当然だよ。プラスの感動というものになれてなかったからね、ショックで病気になったんだよ」

とアミは冗談を言った。その次の瞬間、恐ろしいことが起こった。ゴロの頭と顔にはえていた緑色の毛が、突然ぬけ落ちはじめたんだ・・・。

「変身しているのよ!ゴロおじさんは、スワマになりはじめているんだわ!」

ビンカのさけびは、感動に震えていた。アミとクローカも大喜びだ。ただひとり僕だけが、いったいどんな災いがふりかかってきたのかと、まるでわからないでいた・・・。

「ペドゥリート、これは災いなんかじゃないよ。とっても素晴らしい出来事なんだ。あと2、3日もすれば、ゴロはもう完全にテリじゃなくなってる。

すっかり無害なスワマに変化してるんだ。この短期間のうちに連続して起こった感動のショックで、彼はものすごいスピードで進化したんだよ。

それに、これまで堅く信じてきたことが嘘だってわかって、彼の内に真実を受け入れるスペースが生まれたんだ。そしてなにより、最後のショック!

美しい風景の中であらたな人生をはじめられるという喜びが、おおいにプラスになって、ゴロの心を決定的に変えたんだよ。これは、愛と幸せが、苦悩よりもずっとはやく心を進化させる証明でもあるね・・・」

「ゴロおじさんたら、ようやく人間になれるのね」

ビンカがいたずらっぽく笑う。変身のさなかとはいえ、やはりテリはテリで、ゴロは自分の種族の最後のほこりを見せようと、なにごとか言いかけた。

すると口の中の、巨大な歯が、1本、2本とぐらつきはじめたので、ゴロは結局、なにも言うことができなかった。巨大な歯が、つぎつぎに手のひらにこぼれ落ちた。ゴロはその何本もの歯を見ながら、ひとりで笑いだした。アミはひどく感動していた。

「PPが探しているのは、テリとスワマの夫婦なんだから、これでもう、二人に危険はない。スワマどうしの夫婦になれば、まずうたがわれることはないからね。

ああ、なんて素晴らしいんだ!この変身のおかげで、ゴロは指紋まで変えることができた。クローカの指紋は僕が変えてあげるよ。

我々の仲間が大勢、この国の政府機関にもぐりこんでいるけれど、その中には勿論戸籍係もいるから、新しい住民票なら簡単に手に入る。そのへんのことは僕にまかせておいてよ」

「でも私達、ここの言葉のカイロソ語をしゃべるの、とても苦手なのよ・・・」

「それなら、正式な外国人の在留許可証を手に入れてあげよう。心配はいらない、僕が全てうまくやるから。カイロソ語だって入門書をもってきてあげるよ。それで勉強すればいい」

ゴロは満足げに笑っていた。少しずつ、人のいいスワマに変わりつつあった。そしてゴロは、今現在自分の身の内で起こっている変化にたいして、なんら抵抗をしめすことがなかった。

「今はとにかく、休んでいたほうがいい。わかっていると思うけど、この変身はまったくの無害だし、痛みもない。でも、この二、三日は体力が落ちるから、ベッドで大人しくしている必要がある」

近い未来に元テリとなる予定のゴロは、なにごとか言おうとしたけれど、だんだん歯が少なくなっていく口の中で、空気がぬけてしまい、やっぱりなにも言えなかった。そしてまた、笑いだした。

「それも心配無用だよ、ゴロ。今晩か遅くとも明日には、新しい歯がはえてくるよ。勿論、今までのよりずっと小さいやつだけどね」

「人間の歯よ」

ビンカがまた、おじさんをからかう。でも今度は、ゴロは歯のない口を大きく開けて、高笑いをはじめた。それにつられて、みんなもいっせいに笑いだした。

「私達、ここでとても幸せになれるわ」

クローカは、感動をあらたにした様子だ。

僕の双子の魂はこのチャンスをのがすまいと、さっそく、僕達の最大の懸案事項をもちだした。

「そのとおりよ。二人とも、ここでとっても幸せに暮らしていけるわ。でも、ここは若い子が勉強するにふさわしいところじゃないでしょう、どう?・・・」

ビンカは問題を提起した。これから僕の人生でもっとも重要なこと(つまり、ゴロがはたしてビンカの地球行きを許可するかどうかということ)が討議されようとしていた。

これから長い長い、ひどく疲れる討論がはじまるんだ・・・僕は心の準備をした。でも、上機嫌のゴロの口からとびだしたのは・・・僕の楽観的な夢をもってしてもおよばないような、ものすごいことだったんだ!

「そのとほりた、ビンカ、ほまへのみらい、ほまへのしああせはここにはなひ。わしはすこし、いしはたますひたよ。こふなにこまらせてな。それにアミもこのこもしんひなかった」

僕は耳を疑った。

「じゃ、ゴロおじさん?・・・」
ビンカの顔に緊張が走った。

「いってもいいよ、きょかするよ、ちきふにいくこと」

「ウワー!・・・バンザイ!!」

喜びのあまり、みんながいっせいに叫んだ。勿論クローカもだ。ビンカは目に涙を浮かべ、幸福に酔いしれているように見えた。

そして、僕のそばにやってきた。僕達は長いこと、抱き合った。もう、僕達の愛をひきさくひとはいない。光一杯のかがやかしい幸福な未来が、僕達を待っていた。

チョウやガラボロやいろいろな虫や鳥たちが、山小屋の上をとびまわりはじめた。アミはゴロを祝福して言った。

「素晴らしいよ、ゴロ、本当に。地球に行ったからって、ビンカを失うことにはならない。出来るかぎり彼女をここにつれてきて、一日、二日一緒にいられるようにするよ」

「あひがとう、アミ。とうも、あひがとう・・・(クスン)・・・」

あれ?僕はアミが言ってたことを思いだしていた。たしか、アミが仲介人のようになって、恋人をつれて惑星間を行き来するのは許されていないんじゃなかったっけ?アミが僕達とコンタクト出来るのは、宇宙計画に関係した場合にかぎられていたはずだよ・・・。

僕の考えていることをキャッチして、アミは言った。

「最後の冒険について、ビンカはまた本を書かなくてはならない。それをクローカが校正して、キアで出版しなければならない。

ビンカは地球でその本を書くから、書きおわったものを誰かがキアにもってこなくちゃならないよね?僕がその運搬の仕事をしたって、宇宙当局は問題にしないと思うよ。

だってそれは個人間の行き来じゃなくて、惑星の仕事のひとつなんだから。そうだろう?」

「ああ、そうだね、勿論」

「ビンカとペドロは、その往復の旅を一緒にしてもかまわないからね」

「ウワー!!!バンザイ!!!」

あんまり幸せで、僕とビンカはまたまた叫んだ。

クローカが、ビンカの手書き原稿をどうやって出版社にもっていくのかたずねた。

「それは僕にまかせてよ、クローカ」
とアミ。

「でも、PPは?」

「彼らは、あなたたちを逮捕できればそれでいいんだよ。本の件は別問題だ。僕が原稿を、インタートコで送っておくよ」

「なあに?そのインタートコって」

「地球のインターネットにあたるものだよ。そのとき、出版の許可書付きのメッセージを、一緒に送ればいいんだ。

そこに、本人は今遠くに行っていて、キアにはいないというふうに説明しておくんだよ。新しい本が出たら、おそらくPPは、出版社に調査にいくだろう。

でも出版社にしたって、手書きの原稿をインタートコで受け取っただけで、それ以上はなにも知らないと答えるしかない。それで一件落着だ。こうやってビンカは、この世界で、生まれ持った使命を果たすことが出来るんだよ」

そのあとは、ことはとてもはやく運んだ。アミはクローカを円盤につれていき、数分で彼女の指紋を変えた。クローカはついでにかみをカールしてほしがっていたけれど、アミは笑ってそれを流した。

そのあとアミは、新しく山小屋に住むにあたって、必要なものを書きだすように、二人に言った。ビンカと僕を地球につれて帰ってから、それをもってまたここにくるからと説明すると、二人は、出来るかぎり質素に暮らしたいから、それほど多くのものは必要ないと言った。アミはそういう彼らに祝いの言葉を贈った。

それから、みんなで仲良く協力して、あの住居のリフォームに取りかかった。念入りに掃除をして、チュミチュやガのような虫を追いだし、ガラクタの山をまとめて外に出した。

そのときクローカが、あの有名なクラトの羊皮紙を見つけた。ビンカが思い出として地球にもっていきたがったのだけれど、離れたところで身体を休めていたゴロが、それを聞いて反対した。

「いやいや、この羊皮紙は素晴らしい。彼が書いた場所に置いておくべきだ。わしが額に入れて、この家の家宝とするよ」

みんなはその考えに賛成した。

クローカがゴミを燃やそうとすると、アミは大気圏をわざわざ煙でけがす必要はないと言って、円盤に行き、そこから光線を発射して、ガラクタの山をあとかたもなく消してしまった。文字どおり、あとかたもなく、だ。

ずっと前に、アミは自分たちは破壊的な武器はもってないと言ってたけれど、本当はちゃんともってるんだってことが、そのときわかった・・・。

「でも、僕達は人にむけて使ったりはしないよ」

とアミは僕の考えていることを読んで言った。しばらくして、アミがもう出発する時間だと言った。なんでもアミは、翌日には別の使命を果たすために、とても遠いところまで行かなくちゃならないとか。

ビンカと彼女のおじさん、おばさんの三人の別れのシーンは、胸を打つものがあった。でも、悲しそうには見えなかった。

それは、自分たちの上に起こった素晴らしい変化と新しい生活のはじまりに、二人(彼らは、僕にとっても新しいおじさん・おばさんになったわけだ)の心が喜びであふれていたからだ。

だから、ドラマチックな別れとはあいならなかった。・・・でも、僕はとっても感動していた。

だってゴロはもう以前のゴロじゃなくなっていたんだから!スワマへの変身過程にある彼は、すでに十分善良でおだやかなひとに変わっていて、僕に微笑みかけたり、ときには大きな手のひらで僕の頭をそっとなでたりして、僕は親しみを感じないではいられなくなってきていた。

「もしこの子が気をちらさずに、はやく本を書きおえたら、また直ぐにここに戻ってくるよ」
とアミが言うと、

「じゃ、私、明日からさっそくはじめるわ!」
とビンカが明るく叫んだ。

>>>「アミ 3度めの約束」第9章 シャンバラ

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