第13章 カリブール星で双子の魂を知る
「じゃ、ふたりとも聞いて。これからきみたちが想像もつかない驚くようなところへ、この宇宙船が”位置する”あいだ、僕はクラトが羊皮紙に書いたものをきみたちの言葉に訳さなければならない。だから、そのあいだふたりでそのへんで遊んでいてね」
とアミは笑って言った。
そのとき、僕はこの円盤が時間・空間を通過しているあいだに、もしこの扉をあけたとしたら、いったいどうなるのだろうかという疑問が浮かび、とても知りたくなった。
それを聞いたアミは、考えただけでもゾッとするといった身ぶりをした。そして、なんてとんでもない考えを起こすんだ、と言わんばかりの顔つきをして、同意を求めるかのようにビンカを見た。でも、ビンカも僕と同じようにそのことをとても知りたがった。形勢は二対一となった。
「わかった、わかったよ。きみたちが今、知りたがっていることは、じつは僕も知らないんだ。とてもいい考えだよ!扉をあけてみよう。いったいどうなるかね」
アミはそう言うと顔色を変え、イスから立ちあがった。そして完全に扉をあける決心をしたかのように、とてもかたい表情をして応接室の扉のほうへと向かった。
僕たちは、とてもおどろいて、慌てて彼をひきとめた。
アミが身をよじって大笑いをはじめたとき、それがまた彼の冗談だということに気がついた。
「そのへんでふたりして、いろいろ話でもしていたらいい。僕は目的地につくまでにこれの訳を終えたいんでね・・・。でもどこにもさわっちゃダメだよ。
宇宙のちりになりたくないんだったらね・・・ハハハ・・・。ウーン、それにしても、この仕事は僕にとって簡単なことじゃない。だって全く知らない文字で書かなくちゃならないんだからね・・・」
彼の前にあるスクリーンには、僕たちの使っているアルファベットと並んで、いろんな奇妙な文字が書いてあった。アミはボタンを押し、スクリーンを見ながら文字を書いていった。
彼のやることをとても興味深く見ていたら、ビンカが僕のかたに手をのせて言った。「ねえ、じゃまにならないようにアミをそっとしておきましょ。ふたりで円盤の中を探険してみない?」
「それはいい!うしろからスパイされるのは、なんとなく気分のいいものじゃないからね」
とアミが冗談めかして言った。
僕はその時まで、この円盤の細かいところまで注意して見たことはなかった。そこでビンカとふたりで人まわりしてみることにした。そのときの記憶をもとにして描いた簡単な図を載せておくことにする。
操縦室のうしろに別の空間があったので、ふたりでまずそこに行った。
窓の外はキラキラした白い霧が見えるだけだった。
「窓の外にいったいなにがあるのか知りたい・・・」
僕はなんだか夢見るような感じでつぶやいた。
今、彼女をこうしてつぶさに見ていると、別世界の女の子と話しているということが、どうしても信じられない気持ちだった。
彼女は僕の横にきて、言った。
「ねえ、ペドゥリート、私をはじめて見たとき、どう感じた?」
「どうって・・・えーと・・・本当のこと?」
「ええ」僕は嘘をつくのがあまり得意ではないので、正直に感じたとおりのことを言った。
「あまりいい印象じゃなかった・・・。で、きみはどう感じたの?僕のこと」
「私も同じ、最初は。でも直ぐに気持ちが変わってきて、今はもう全然違うの・・・」
「どう感じるの?今ビンカ・・・」
「私がいつも夢見ていた人はこの人なんだって・・・」
僕も全く同じことを感じていた。でも、彼女の言ったように、簡単に、しかもぴったりと自分の気持ちを表現できなかった。
「僕も全く同じだよ。とても深い思いがどんどん大きくなるような・・・」
彼女の紫色の瞳は、まるで光を放っているかのように、輝いて見えた。
美しすぎるくらいだった。ただお互いに見つめ合っただけなのに、僕たちはトランス状態におちいって、全く別の次元にいるように感じられた。
「禁じられたロマンスには要注意!」
とアミが操縦席のほうから言った。でも、僕たちは彼の言葉を無視して、そのまま見つめ合っていた。
「ビンカ、いつまでもきみとこうして一緒にいたい」
僕は彼女の手をとって言った。アミがまた遠くから干渉してきた。
「ふたりともそれぞれに、本当のパートナーがいるってことを忘れないようにね。そのことに忠実であるべきだよ」
そう言われると、考えこまざるをえなかった。
しばらくして、彼女がこう言った。
「本当に私たちのこと、禁じられているって感じる?」
「ううん、全然。でも、もしそうだとしてもかまわないよ。だいいち、いったいどうやって感じているものを、感じないようにできるっていうんだい?意志の問題とは違うんだよ」
「未来の出会いのこと、未来のパートナーのことを忘れないようにね・・・」
ふたたびアミの声がふたりのあいだに割って入ってきた。
僕はあの日本人の顔をした女の子のことを考えた。あの不思議な体験をしていたとき、僕はたしかに彼女に対してとても大きな愛を感じた。でも今は・・・ビンカがこうして僕の目の前に現実として存在している。あの子はもうただの思い出にすぎない。
「ビンカのほうを永遠に選ぶ」
と確信を持ってはっきりと言った。
「私もペドゥリートを・・・」
アミは操縦席から僕たちを見て笑った。
「熱しやすい乗客のおふたりさん、その熱い火を消すのは簡単だよ。それにはほんのちょっとのそよ風があればいいんだ。ガラボロや子羊の肉の件のようにね」
アミは僕たちのはれ物にふれた。お互いにきびしく非難し合ったことを苦々しく思い出した。僕たちは手を握り合ったままでいた。しばらくしてからビンカが言った。
「ペドゥリート、いいこと、私もうどんなことがあっても、あなたのどんなことを知ろうと、決してこの愛に疑いをもたないわ。たとえどんなに距離がふたりを引き離そうと、たとえどんな障害がふたりのあいだを引き裂こうとしても、あなたは私にとって、唯一の人よ」
彼女の目には小さな涙が輝いていた。僕も全く同じように感じていた。だから、そのときの僕の言葉は、僕の心の奥底から湧き出た正直な気持ちだった。
「ビンカ、僕は、きみと知り合う前にはいつも自分はひとりだって感じていた。でも、もうたとえ一緒にいられなくなったって、きみはいつも僕の心の中にいる。僕たちはこれからずっと永遠に一緒だってことがわかった。
きみといれば、僕はもうさびしくない・・・よく説明できないけど、きみはもう僕の中にいて、これからもずっとい続けるんだ」
僕たちは抱き合った。あれは今までの僕の人生の中で一番美しい瞬間だった。あのときから僕たちふたりはたったひとつの存在のように感じ合えるようになった・・・。
いつの間にか時が過ぎていた。アミはいつもの上機嫌な様子で言った。
「罪つくりな愛はもう沢山だ。ふたりともこっちにおいで、コピーができたからね。それにもう直ぐカリブールにつくよ」
窓を通して、目を凝らすと、暗くて青い天空を背景に、くっきりとコントラストをなした星々が見えた。
操縦室のほうへ向かって走った。前方のガラスをすかして強烈な光景が目に飛び込んできた。ふたつの巨大な太陽が見えた。その大きいほうは青っぽく、そして小さいほうは白っぽかった。
「あれがシリオだよ」
「シリオ?どっちが?」
と僕はとまどって聞いた。
「両方ともだよ。地球身体とこのふたつの太陽はひとつのように見える。地球からはずっと距離があるし、ふたつともすごく近くにならんでいるからね」
「僕はシリオって惑星かと思っていたよ」
「いや、はっきりとは説明しなかったからね。あの輝いている点、見える?」
アミはブドウ粒くらいの大きさに見える青い球体を指さした。
「カリブールだよ。これからあそこへ行こう。植物を研究栽培するために使っている惑星なんだ。広大な”宇宙植物園”といったところかな。あらゆる植物が我々の手で栽培されていて、なにか優れた品種ができると、それを必要としているところへ持っていくんだよ」
「何人くらいの人が住んでいるの?」
「ほんの数人の遺伝技師が住んでいるだけなんだよ」
円盤はあっという間に、その輝く球体に接近していった。どんどん近づいていって窓いっぱいにひろがったとき、地球とはかなり違うことに気がついた。全てが柔らかそうな薄青い色調を帯びていた。
リラ色の静かな海に接して大きくひろがった紫色の砂浜の上を飛んだ。
ビンカは歓喜の声をあげた。
「わー、なんて綺麗なの・・・!下におりられないの?」
「うん、おりられるよ。ペドゥリートにここにつれてきてあげると前の旅で約束していたんだ・・・。シリオの見える紫色の海岸だよ」
アミの言うとおりだった。
「ここの空気や曲力、気温や植物群がきみたちに対してなにか異常をおよぼすような心配は全くないよ。もちろん、きみたちもこの惑星に対して安全無害だ」
円盤はいったん空中に停止し、それから下降し着陸した。
「僕はこれから行く旅の準備をしておかなければならないから、きみたちはそのあたりを散歩していたらいい。なにも怖がることはないよ。きみたちに危害をくわえるようなものはないからね。でも何も食べちゃダメだよ。わかった?」
「うん」
扉があいた。階段をおりて、砂浜の上をふたりで歩きはじめた。オフィルで見たのと同じような大きな太陽の青い光が、砂浜を照らして、とても美しかった。
「ウーン・・・なんてすがすがしい空気なの!まるでお花と海草をミックスしたような香りだわ・・・」
胸いっぱい、空気を吸いこんでビンカが言った。とても大きな太陽なのに、あついガスの層があるため、光の強さは地球やキアやオフィルよりもずっと弱かった。
それは地球の日没時の海岸を思わせるようだけれども、それよりははるかに繊細な印象だった。それに地球には紫色をした砂浜もリラ色をした海もない・・・。
ふたりで手をとり合って歩きはじめた。しばらくすると曲がり角にたどり着いた。そこを曲がるとあたりは一面、お花畑が海までひろがっていた。
ビンカは顔を輝かせて言った。
「ここはまるで天国だわ!」
僕たちは海岸に背を向け、お花畑に入りこんでいった。前方に低い木の林が見えてきた。まるで人工的につくったような木で、葉のかわりに細い繊維が生えていて、幹の樹皮は磨かれたように光っていた。
巨大な太陽が海面に向かってゆっくりと沈みはじめた。夕陽が水色に輝いてビンカを照らし出した。ふたりで木の下に座った。地面に落ちて積もった繊維が、咲き乱れた花々のあいだに柔らかなクッションをつくってくれていた。
長いあいだ、鏡のような海面にうつった夕陽の反射を見つめていた。今までこんなに不思議な、そして美しい夕陽を見たことはなかった。背後からの光に照らし出され、ビンカの髪の毛が輝きはじめた。僕たちの背後にある木の向こう側から、もうひとつの太陽が顔を出したのだ。
「見て!別の太陽だ!」
「うわあ!日の出と夕陽が同時に見られるなんて・・・」
僕たちは幸せいっぱいな気持ちになり、なぜだかわからないけれど笑い出してしまった。
しばらくすると、ビンカは少し悲しい表情になって僕に言った。
「たぶん、これって正しいことじゃないのかもね」
「これって?」
「私たちふたりとも、誰かが未来で私たちを待っていることを知っている・・・」
僕はだまりこんでしまった。彼女の言うとおりだった。
「アミは結果的に僕たちを傷つけてしまったよ。僕たちをこうして知り合わせたんだからね。こうなるって可能性は予測できたのに、避けることだってできたはずだ・・・」
ビンカは時間がこのまま止まってしまうことを願っているかのようだった。
「でも、今が私の人生で一番美しい時よ・・・ありがとう。アミ」
僕も全く同感だった。皮肉にも”未来の出会い”だけが、僕たちのこの幸せをさまたげる唯一のものだった。
「ビンカ、きみの未来の人ってどんな人?」
たぶん、嫉妬からだろう、僕は彼女の相手のことが無性に知りたくなった。
「ペドゥリート、もう、それは永遠に忘れてしまったほうがいいわよ、お互いに」
「そうだ、そうだね。僕はもうあのひたいにほくろのある女の子のことは忘れよう。ビンカ、きみも”青い王子さま”のことを忘れるんだね」(訳注:スペイン語圏では、とくに十代の女の子が理想の男の子のことを”青い王子さま”と言う。異星人ビンカにその意味はわからない)
「でも、どうして青いって知っているの?ペドゥリート」
「どうして、そんなこと言うの?ビンカ」
「だって本当に青い色していたんだもの・・・」
「それじゃ、たぶん双子の魂は全て青い色をしているんだよ。だって僕が見た女の子も青い肌をしていたもの」
そう言うと、ビンカは急に興味を示して、もっと詳しく説明するように僕をうながした。
「僕は沼の上の空中をゆらゆらと浮いていたんだ。白鳥が僕にあいさつしてね。野や花やイグサが歌を歌っていた。そして彼女が僕を待っていたんだ・・・」
「バラ色のつる草と縞模様のざぶとん?」
僕は度肝をぬかれた。どうして知っているんだ?
「ビンカ、きみは僕の本を読んだんだろう?」
「もし、私の本を読めば同じことが書いてあるのがわかるわ。その女の子の立場からね」
「じゃ、あれ・・・、きみなの!」
僕たちは強くだき合った。ふたつの身体がこのまま溶けて一体になってしまうくらいに。
もうなんの罪の意識も感じる必要はないんだ。幸せで息もできないくらいだった。あの”未来の出会い”のときに感じたのと、とてもよく似た気持ちだった・・・。
「もう、そのくらいでいいだろう?ロマンスは」
アミの声がした。花のあいだから笑顔で僕たちのほうを見ていた。
「アミの嘘つき!」
ビンカは怒ったふりをして言った。
アミは僕たちの双子の魂は、それぞれが今住んでいる惑星にいると言って、僕たちの仲のことを禁じたんだ。
「ただ、きみたち自身で発見してほしかっただけなんだよ。だってそのほうがよかったろう?」
「でも、嘘をついたわ・・・」
「例えばもし、”きみのパートナーを紹介するよ”なんて言って紹介したとしたら、なにかさけられない関係みたいに感じたろうし、それに驚きも感動もないよ。
このほうがずっと自然でいい。わざと障害物を置いて、はたして乗りこえられるかどうか試してみたんだよ。でも、ふたりともとても上手にやってのけたよ」
円盤に向かって三人で歩きながら、僕はアミに聞いた。
「あの”バラ色の世界”での出会いはいつのことなの?」
「なんども一緒になったり別れたりしたあとのことだよ。これからきみたちは未来に向かう人生の中で、そのつどそのつどお互いをさがし合い、そのたびに出会うようになるんだ。
そうしたなんどもの出会いのあとでバラ色の世界に住むようになるんだ。そして、最後にはふたりは合体してひとつの存在となる。そうなったら完全だ。今はまだお互いにひとつの存在の半分でいる。離れながら進歩・進化していくんだ」
「じゃ、今は別れなくっちゃいけないの?」
ビンカが悲しそうに言った。
「そうだよ、ビンカ。きみは直ぐにキアに戻らなければならない。ペドゥリート、きみは地球にね。きみたちは使命のことを決して忘れちゃダメだよ。
きみたちが自分たちの惑星の兄弟に奉仕しなかったとしたら、それはエゴのあらわれだ。エゴイストはよい水準に達していない。よい水準に達していない人は、双子の魂に出会うことができない。
これはほうびなんだよ。より進んだ世界に住めるようになるのと同じで、それぞれが努力して勝ちとらなければならないものなんだ。もしきみたちが愛に奉仕しなければ、その分だけますます運命は、きみたちが出会いから遠のいていくように働く。
反対に他人に対してはやく役立つようになれれば、出会いはよりはやくなる運命にあるんだ」
円盤の階段に足をかけるのが悲しかった。
「別れなくちゃならないのはつらいよ・・・」
僕は言った。
「そんなことはないよ。もうお互いにおぎない合うパートナーがいるってことは知っているんだ。思い出して待つことができる。それに話すことだってできるんだ・・・」
「エッ?どうやって?アミ。なにか特別なマイクでも貸してくれるの?」
「そんなもの必要ないよ。ふたつの魂が愛によって結び着いたときには、コミュニケーションはもう時間や空間に支配されないんだよ」
とアミはほほえんで言った。