第15章 アミの惑星、銀河人形をゆく
まるでおもちゃの世界を見ているようだった。
そこは子供向けのアニメーションに出てくるような小人の町によく似ていた。色とりどりの鮮やかな色でぬられた、キノコのかたちをしている家があるかと思うと、球体をして空中に浮かんでいる家もあった。
ほとんどの家の窓は、美しい花や植物でいっぱいにかざられていた。そして、僕の見た限り、ひとりの例外もなく全ての人がみんな子供だった。
「僕たちが子供の姿でいるのが好きだからといって、みんながみんな子供だっていうわけじゃないよ。でも、心の中はいい意味で、ふざけ好きの、無邪気な子供みたいなもんだけど。だから我々の世界を、人形、と呼ぶんだ」
「僕はまた、文明世界はみな同じようなものかと思っていたよ」
と言うと、
「とんでもない!もしそうだったらとても退屈だよ。それぞれの世界が自分たちの好みの傾向にしたがって、それぞれ独自のスタイルを持っているんだ」
「見て!あれ」
空を飛んでいる乗りものが近くを通過していくのを見て、ビンカがさけんだ。
リンゴのような果物のかたちをしていて、そこに笑っている動物や花や星や雲が描かれていた。
「宇宙船を除いて、ここの乗り物はみな、我々のファンタジーを元にしてつくられている。中をのぞいたらもっとびっくりするよ」
「でも、どうしてこの円盤はちがっているの?」
「この円盤は宇宙船だから”親交世界”の規定にしたがってつくられている。視覚的混乱を避けるためなんだ。ほら、きみたちの世界の都市にはよくあるだろう。鉄鋼とガラスでできた高層ビルのそばに中世の大寺院や教会があったり、看板や電柱や電線がむき出しになっていたり・・・まさに視覚的な大不協和音を奏でている・・・。あれじゃあの愚鈍なグァラポダクティロの神経だっておかしくなっちゃうよ・・・」
なんのことを言っているのか聞こうと思ったちょうどそのとき、遠くのほうからぬいぐるみの白熊のような巨大な動物が近づいてきた。それは巨大なビルぐらいの大きさはあっただろう・・・。
アミは笑って言った。
「あの熊が今、我々を飲みこんでしまう。でも心配無用だ。これはとてもゆかいなおもちゃなんだよ」
まさにそのとおりだった。建物のように大きな”熊”は僕たちの前にくると、その大きな前肢をひろげて円盤をつかまえた。前肢が全く円盤にふれなかったところを見ると、なにか磁気のようなものが使われたのだろう。そしてそのばかでかい口をあけたかと思うと、僕たちを一気に飲みこんでしまった。
アミは僕たちが仰天している様子を見て、おかしくてたまらないようだった。
でも、なんとなく遊園地にでもきているような気分もあったので、まっ暗な口の中に入ってもそれほどはおどろかなかった。
操縦室の中がバラ色に染まった。”熊”の内部では、胃袋とか内臓とか肋骨とかのかわりに、目を見はるような光景が展開していった。
現実ばなれした幻想的な森、夢に出てくるようなお城、架空の風景などをバックにして、まるで子供のおとぎ話に出てくるような、いろいろな姿をした人たちが、沢山踊り出てきた。それは笑顔をたたえた小さな人たちの行進だった。
それが本当に実在する人物なのか、それとも映像による虚像なのか、全くわからなかった。ひょっとすると電気じかけの人形なのかもしれないと思ったりしたが・・
・。
「ペドゥリート、これは昔の子供向けの童話の登場人物なんだよ。人々が仮装したものをうつしたものなんだ。じゃ、これから三次元の〝超リアル”な立体映画を見てみよう」
巨大なおもちゃの身体の内部をさらにくだっていった。ずっとくだっていくと、今度は明るい緑色の美しい光がさしこんできた。
さっきの光景よりさらに幻想的だった。絶えず移り変わりゆく色彩の、人のようなシルエットと鮮やかな色の背景のあいだに、透明な姿をした人たちが何人か浮かんでいるのが見てとれた。
「これは別の次元に住んでいる人たちの映像なんだよ。彼らは地の精、水の精、空気の精、火の精など、みな妖精たちだ」
ビンカはおどろいて聞いた。
「じゃ、この人たちは本当にいるの・・・?」
「もちろんだよ。きみや僕やトゥリッピングと同じように、ちゃんと実在しているんだ」
アミがまたヘンな名前を言ったけど、僕はもうなにも質問しなかった。確信はなかったけれど、たぶん、また冗談でも言っているんだろうと思ったからだ。
「これから一番最後のところに入るよ。でも怖がることはないからね」
今度は琥珀色(飴色)のような光が円盤の内部にさしこんできた。窓の外を見ると、もっと信じられないような行進が目に飛びこんできた。
その人たちは人間のかたちはしているが、全身が火でおおわれていた。赤や紫や黄色や青、緑、白の炎だった。全て火に包まれていて、目を除けば顔ははっきりしていなかった。
でも、なんという目!魅惑するようにするどく、見透すような目。それでいてやさしく凜とした視線だった。
そのうちのひとりが、僕たちをしっかりと見つめながら近づいてきた。そしておどろいたことには、円盤の窓を通りぬけ、操縦室の中に入ってきた!・・・僕はみんな燃えて火事になってしまうかと思った。もしその赤く燃えている人が僕に少しでもさわったら・・・と考えただけでもとてもこわくなった。
「怖がらないで」
とアミの声。
「これ、みんな遊びだよ」
大きく目を見開いて、目の前で全てを炎に染めて踊っているその存在を、見つめていた。
赤い炎の人は、窓を突き抜け、また円盤の外へと戻っていった。そして、今度は黄色い炎の人が中に入ってきて、すさまじい炎のダンスをくりひろげはじめた。
「もし、動きの中に秘められている言葉の意味が理解できたなら、宇宙の大きな真実が発見できるよ」
とアミが説明してくれた。
黄色い炎の人が出ていくと、別の色の炎の人が入ってきた。そうやって順々にすべての人が入れかわり立ちかわりそのダンスを披露し終わり、最後の白い炎の人がしりぞくと、大きな扉が開いて、僕たちは巨大な”熊”の背中から外に出た。
アミは、僕たちが質問してくるのを、うれしそうに待っていた。
「あの人たちは誰なの?」
「彼らは太陽に住んでいる人たちだ。でも、みな映画だよ。映写だ、当然のことだけどね」
「映写であるわけがないよ。彼らは円盤の中に入ってきた。それにどこにもスクリーンなんかないし・・・」
「光線がガラスを通して映像化されるんだよ」
そのシステムを僕は全く理解できなかったけれど、アミの言葉を信じるしかなかった。
「もし、彼らのひとりが実際に円盤の内部に入ってきたとしたら、我々は溶けてなくなっちゃうよ」
「とても高い温度なの?」
「温度だけじゃなくて振動の水準が、我々にはとても耐えられるものじゃないんだよ・・・じゃ、今度は僕の住んでいるところへ行こう」
円盤は猛スピードを出すと、数秒後には惑星の極の近くについていた。
辺りは一面、雪におおわれていた。もう夜になっていた。
「この近くに僕の家があるんだ。見てごらん」
小さくてとても魅惑的な村があった。その村を見ているうちに、いつだったかずっと前に僕の家にあった、水で満たされた球状のおき物を思い出した。その中には小さな家や田園の風景が入っていた。
ひっくり返すと細かな白い断片がいっせいに降り落ちて雪のように見えた。円盤から見えた外の風景はそれによく似ていた。やわらかそうな大きなかたまりの雪が沢山静かにふっていた。
木々も丘も家もみな全て白くおおわれていた。家はみな球体をしていて、地面から数メートル浮かんでいた。
家々にはみな大きな窓があり、内部の光が外に漏れていた。なかにはガラスのように全く透明な家もあるが、どの家にもカーテンは見あたらなかった。窓は住人の好みで、暗くも透明にもすることができるらしかった。たいていの家は、中で生活している人の様子が外からよく見えた。
「僕たちには、とくに隠すようなものがあまりないんでね」
アミが笑って言った。
「この辺りは、あまりおもちゃみたいな印象はないわね」
とビンカ。
「ここは寒いところだからね。地理的、気候的な特徴に合った建物の型を取り入れているんだ。さっき見た町は暑いところに位置している。あの町をここに持ってきたら不調和になってしまうだろう」
暑いところに住んでいる人は、寒いところに住んでいる人より、ずっと遊び好きなのかと聞いてみた。
「一般的に言って、暑いところに住んでいる人は陽気な傾向にある。寒いところに住んでいる人の遊びはずっとおだやかだ。でも、宇宙の全てが遊びなんだよ。それぞれにみな独自のスタイルがある。世界、村、施設、そして一人ひとりがね。
ある人は未開人のような恐ろしい遊びが好きだ。彼らの遊びは”神の遊び”からずっとかけ離れている。また、別の人たちはもっと進歩した遊び、より平和な遊び、みんなのための、愛に基づいた遊びが好きだ。こっちのほうがずっと宇宙の真実の方向に近いんだよ」
ビンカは少し考えこんでから言った。
「神が遊ぶなんていちども考えたことなかったわ。私、いつも神ってすごく真面目かと想像していたの。愛に満ちあふれてはいるけれど・・・。アミの言うその”神の遊び”って、どういうことなの?」
「宇宙とは神の想像による創造なんだ。それは芸術であり、一種の遊びだよ。人生とは、”遊びのルール”の本当の意味を魂が正しくとらえることができるようになるまで、学び続けていくことなんだよ。
人生には、我々を真っすぐ幸せに導くためのたったひとつの秘密、たったひとつの方法があるんだよ」
「行儀よくふるまうこと」
とおばあちゃんの口ぐせを思い出して言ったら、アミもビンカも笑った。そしてアミは間髪を入れずに言った。
「行儀よくする、という言葉は、いろいろな意味にとれる。もし怒られるのがイヤで規約や命令を守るのだとしたら、それは幸せには結びつかない。でも、その言葉には、幸せへと確実に導く別の意味もあるんだよ」
「あまり気をもたせないで、はやく言って」
ビンカが少しイライラして言った。
「幸せな人生を生きるための唯一の秘密、たったひとつの方法、それは愛とともに生きることだ」
とアミは操縦席から立ちあがりながら言った。
「それだったら、もう前にも言ったと思うけど・・・」
「もちろん言ったよ。いろいろかたちを変えてなんども言われてきていることだ。いや何千回と言われてきていることだよ。宇宙の全ての偉大な師は、それ以外のことは言わなかった。全ての本物の宗教は全てそれを説いている。
もし、それを説いていなかったとしたらその宗教は本物じゃない。だって宇宙の基本法にのっとっていないからね。
愛に悶して少しも新しいものはない。宇宙でもっとも古いものだ。それなのに愛とは感情的な、センチメンタルなことであり、人間の弱さであり、愛を云々するのは、バカのすることであると思っている人は、数えきれないほど沢山いる。
人間にとって本当に良いこと、素晴らしいこと、それは必ず知能や理論、物質的収益やずる賢さ、あるいは、肉体的な強さのほうにあると思いこんでいる。これじゃまるで外の綺麗な空気を軽蔑して、洞穴の中で窒息しかけている原始人みたいなもんだよ。
この人間のもっとも基本的なもの、つまり愛の必要性は何度繰り返しても、いくら言っても言い過ぎるということはない。中にはそれを知っている人もいる。でも、仮に知っていたとしても自分の人生でそれを実践しようとしないし、十分ではない。それでは、決して幸せにはたどりつけない。
いいかい。人や社会や世界にとって、もっとも基本的で必要なものが愛であるということ。これはいくら言い続けても十分ということはないんだよ」
「世界にとっても?」
「ある世界が、その破滅から救われるための、唯一の力が愛であると認識したときに、はじめてその世界は生きのびることができる。文明の基本としての愛を認識できないでいる限り、その惑星はつねに滅亡の危険にさらされるんだ。
だってライバル意識や混乱が消えないからね。それが今、きみたちの惑星で起きていることなんだ。このような危険な時期に、人類の救済に貢献する仕事ほど重要なものはないんだよ」
>>>「もどってきたアミ」第16章 アミの両親が教えてくれたこと