<< 「もどってきたアミ」第6章 ペドゥリートとビンカの使命
第7章 地球救済計画の司令官
窓の向こう側に、僕の惑星が見えてきた。
雲や海や密林や砂漠、それらは目の前で急速に大きく広がり、円盤は闇の部分、つまり夜の地球へと滑り込んでいった。
無数に輝く光のしみ。”上”に見えていたその点は、よく見れば都市の光であった。反対に”下”に輝いていたのが空の星だった。でも円盤の中では、円盤の心が本当に”下”に感じた。
「人工的な重力だよ」
とアミが説明してくれた。
「我々の仲間が大規模な地震を避けるためにどんなふうに働いているか、それをこれから見てみよう」
月に照らされた海の”上”を円盤は進んでいった。いや正確には海の”下”と言うべきだ。だってまだそのときは、”逆”になったまま飛んでいたのだから。
はるか前方に海辺の都市が見えてきた。
「この地点だ」
とアミは横のスクリーンを見ながら言った。
「潜水しよう」
窓の外が急にまっ暗になった。
「今、海底に向かっている。スクリーンを見てごらん。そのほうがずっとよく見えるから」
前の旅と同じように、窓の外はまっ暗な闇だというのに、正面のスクリーンではとても明るく鮮明に周囲の様子が見えた。
アミは円盤をまっすぐにたて直した。まるで地上を飛んでいるかのようだった。下のほうには荒れた山や谷が見え、ときどきそこを飛んでいる烏とすれちがった。
鳥に見えたものは実際にはいろいろな大小の魚やクジラやイワシの大群で、自分が海の中にいることをあらためて知らされた。でもまるで空中にいるように、全てが透明に見えていた。
「ほんとに信じられないような美しさね」
とビンカが言った。
「一瞬一瞬、全てが美しいよ。本当に見ることを知っている人にとってはね・・・」
遠くの湖底に葉巻きのような細長い物体が、水平に横たわっているのが見えてきた。目の前にせまってきてはじめて、それが海底すれすれに停泊している巨大な宇宙船だということに気がついた。
想像を絶するスケール。それはまるでひとつの巨大な都市のように感じられた。さらに近づいたときには、そのあまりの大きさに目がくらんだ。
その物体のはしは遠くに行くにしたがってかすんでいき、はしからはしまでを、一度に見わたすのは到底不可能だった。
光を発する窓が何千、何万とあることから、内部は何十階にもなっていることが想像できた。
「これいったいなんなの?これが神?」
ビンカは大きく目をむいていた。
「”地球救済計画”に従事しているものの中で最大、最重要の、大型宇宙母艦だ。たいていは宇宙空間に停泊しているけど、今はとても例外的な理由があって海底にいるんだ。飛行機のかわりに円盤を積んだ”航空母艦”のようなものと思えばいいよ。
そして何千、何万もの人々が泊まることもできるんだ。いつも近くに待機していなければならない。いつおおぜいの人々を救出しなければならないような事態が、起こらないともかぎらないからね。
地球の全ての”救済計画”を指揮している司令官もここに住んでいる。じゃ、これから彼に会ってみよう。いったいなんのために今ここにいるのか」
アミは操縦桿のボタンを押した。
スクリーン上にひとりの男の顔があらわれた。直ぐに地球人でないことがわかった。その顔は僕に歴史上の偉大な師たちのイメージを想起させた。
内面からにじみ出る静けさ、落ち着いた至福の表情、平穏さをともなったあまい雰囲気は、地球に住んでいるどんな人よりも、はるかに美しく見えた。
オフィルでだって彼のような容貌の人は人りも見なかった。にもかかわらず、善意に満ちあふれた、とても大きなその目と視線をのぞけば地球人そっくりだったので、直ぐに親しみを覚えた。
「きみたちに我々の兄弟、司令官を紹介するよ」
とアミが言った。
スクリーン上の男は奇妙な言葉で僕たちに話しはじめた。直ぐに翻訳器がその訳を伝えてきた。
「やあ、ビンカとペドゥリート。我々の母船へようこそ。私が地球”救済計画”の全ての管理を任されている責任者です」
「よ、よろしく・・・」
僕たちはふたりとも小さくなって言った。
話をすると、彼の顔は満面、繊細このうえない微笑におおわれた。
「では、私の部屋できみたちを待っている・・・」
そう言うと、スクリーンから彼の姿が消えた。
窓の外を見た。僕たちは巨大な母船の腹部にある割れ目に向かって近づいていた。母船の腹と垂直な向きに方向転換すると、円盤は吸いこまれるように中に入っていった。
海水から抜け出ると、それほど大きくない完全に乾いた空間があらわれた。アミの円盤と同じような小さな円盤が何機も停止していた。僕たちの円盤が着陸しているあいだ、水門の扉が入ってきたばかりの穴をふさぐのが見えた。
「じゃ、降りよう」
アミは立ちあがって言った。
「・・・ということは、外に出るっていうこと・・・?」
僕は、少しと窓って聞いた。
「そうだよ。これから司令官に会いに行くんだ」
アミに質問したいことが山ほどあったけれど、彼は僕たちを直ぐに円盤の出口へと向かわせた。
出口が開くと、そこにはいつの間にか階段があらわれていた。降りていくと円盤が三本の脚によって支えられているのがわかった。はじめてアミの円盤が”着陸”しているのを見た。いつもは空中に停止している状態ばかりだったんだから。
僕たちは扉のほうに向かって歩きはじめた。近づいていくと扉は自動的に開き、その向こう側に光り輝く長い廊下があらわれた。
天井はとても高く、凹面になっていて、淡いクリーム色の光を自ら発していた。床はゴムに似たやや弾力性のある物質で、やはり明るいブルーの美しい光を放っていた。壁は柔らかく不透明な物質でできていた。
いくつもの大きな扉があった。なかには、見たこともない輝く文字でなにかが書かれた扉もあった。
「それは”宇宙親交”の言葉で書かれているんだよ」
とアミが説明してくれた。
「僕はまた、それぞれの世界が独自の文字を持っているのかと思っていたよ」
「そのとおりだよ。でも、全ての人々が理解し合えるように共通の言語も使われているんだ。とくに文字はね。みんながわかるように人工的につくった言葉なんだ。全ての人が子供のときから勉強して覚えるんだよ。書くことのほうが話すよりもずっと簡単なんだ」
「どうして?」
「さまざまに異なる人類の舌と喉と声帯が全て同じ構造をしているわけではないからね。ある人たちにとっては、とても発音しやすい音が、別の人たちにとってはとても難しい。ちょうど中国人にとって”R”の発音がとても難しいのと同じようにね」
「なに?その中国人って」
とビンカが聞いた。
「地球のある国の人たちだよ。目がこうなっていてね」
と言って、僕は両眼の目じりをつりあげた。
「まあ、かわいい!」
とビンカが言った。
三人とも笑った。廊下のつきあたりに近づくと、正面にかなり幅の広い扉があった。僕たちがその前に立つと自動的に開いた。エレベーターだった。
中に入ってボタンを探したけど、それらしきものはどこにもなかった。
アミがひと言、「司令官」とだけ言うと扉が閉じた。軽い振動を感じ、上昇していったかと思ったら、突然、横に動き出した。それはなんとエレベーターどころか、どの方向にも自由に動く乗りものだった。
「この乗りものは、空気中やあらゆるものの表面に付着している全ての細菌を殺す放射線を発している。だからここの乗組員がきみたちの持っているウイルスに感染する心配は全くない。それに全ての乗組員は”親交世界”に戻る前には必ず”消毒”を受けることになっているんだよ」
扉があいた。でも、それは僕たちの入ってきた正面の扉ではなく、うしろの扉だった。まるで夢の中に出てくるような美しい大広間がそこにあらわれた。
室内にはいろいろな色やかたちのめずらしい植物が沢山かざられていた。どうしてだか知らないけれど宇宙船の中に植物があるなんて、今までいちども想像したことがなかった。
どこに光源があるのかはっきりしないけど、さまざまな色調の照明が室内を照らし、室内全体には黄金の雰囲気がかもし出されていた。サロンはガラスでいくつもの空間に小さく区切られていて、水が湧き出す泉があった。
何段にもなった滝が、石や苔や自然の水草のあいだを心地よい水音をたてて流れ落ち、見たことのない魚や小さな生物が飛びはねていた。
「なんて美しいんだこと!」
ビンカは感動して言った。
「進歩した魂は美で囲まれていることが必要なんだよ。自然よりも美しいものはないからね」
とアミが言った。
僕たちは内部に進んでいった。
左側にある短い廊下を通り抜けると、さっきスクリーンで挨拶した司令官が立っていて、僕たちをむかえてくれた。彼の後ろには巨大な窓があって、そこから石や植物のあいだを流れる小川が見えた。その背後には青い太陽が小さな山のうしろに今まさに沈もうとしていた・・・。
それが船内の広いスペースにつくられた人工的な風景だったのか、それとも別のなにかだったのか、そのときははっきりわからなかった。
アミはあとになって、司令官は自分の故郷の風景を思い出すのが好きなので、それを再現しているのだ、ということを説明してくれた。でも、あの巨大な大窓がなんとスクリーンだったとは、そのときは全く想像すらつかなかった・・・。
司令官は白い服を着ていた。アミの服によく似ていたけれど、ずっとゆったりしていて、首や胸の一部は露出していた。背丈はおそらく一メートル九十五センチは下らなかっただろう。まるで、身体全体から光を放っているように感じた・・・。
アミは、僕たちにもっと彼に近づくようにと言った。僕は尊敬の念と一種の畏れの気持ちでいっぱいで、はじ入りたいほど恐縮していた。
だって、アミのおかげで自分が欠点だらけだということがわかっていたし、あんなにも純粋な後光が射しているようなこの人とくらべると、僕はほとんどブタと同じくらいのレベルしかないと・・・少なくともあのときはそう感じていた。
彼はとても優しい落ち着いた声で言った。
「他人と比較するのは、ときにはいいこともある。でも、害になる場合も少なくない」
彼は、アミと同じように人の考えていることをキャッチすることができた・・・。
ビンカは司令官を前にして一種のトランス状態におちいっていた。彼女は彼の前に進み出て、彼の手をとり、口づけをして、ひざまずこうとした。
「そんなことはやめなさい」と言うと、司令官はビンカの手をひいて彼女を起こした。
「私はきみと同じ奉仕する者、きみの兄弟であり、神を愛するものだ。ひざまずくのは神の前だけでいいんだ」
司令官の言葉に感動したビンカは、目に涙をためていた。
「我々の上にはいつも誰かがいる。そして下にもいる。上の人の忠告はよく聞かねばならない。また、下の者には指導してあげなければならない。私は上の兄弟の教えをよく守っている」
「司令官の言う”上”とか”下”とかいうのは、進歩度のことだよ」
とアミが説明してくれた。
司令官は、流線型をした、まるで”宇宙づくえ”とでもいうような、とてもモダンな家具のところへ行き、そのむこう側に座った。
「私はこの惑星に、きみたちとこのコンタクトをするためだけにおりてきている」
司令官がどれほど大切なことを言ったのか、このとき僕はその重大性を全く理解できていないでいた。
宇宙規模の計画を率いる司令官が、何千、何万という数の宇宙人を乗せた都市のように大きな宇宙母船で地球にやってきた目的が、たんにふたりの子供と話をするためだったとは・・・。
アミがここで言葉をはさんだ。
「きみたちは、それぞれの世界に司令官のメッセージを持ってゆく。これから彼の言うことは、地球やキアにとってとても大切なことなんだよ。
彼は、キアの”救済計画”をひき受けている兄弟と連絡をとり合っている。ふたつの星はとても似たような状態にある。じゃ、司令官の言うことをよく聞いて」
司令官は話を続けた。
「すでに言ったようにきみたちは、それぞれの惑星の巨大な宇宙進化計画の中に組みこまれている。
この計画にはとてもおおぜいの奉仕者が参加している。すでにきみたちの世界へ生まれ変わっている人もいる。
でもその中には、そのことにまだ全く気づかないでいる人もいれば、意識的に参加している人もいる。
もちろんきみたちの惑星よりも進んだ世界の兄弟も、この救済計画の使命をになっている。
それから別の兄弟、もう有限の肉体から解放されている別の次元の人たちとも緊密に協力し合っている。
みな、時間ぎりぎりまで、我々が借り受けている肉体の最後のときまで、さらにはもう肉体のない別の次元に移ってからも、働き続けている。
なんの報酬もあてにしないこの仕事は、ただ我々の意識の命ずるまま、ただ愛によってのみなされていることなんだ。
きみたちは、もうとても重大な、深遠な変化が、近づいているということを知らなければならない。
我々はその変化がひき起こすネガティブな衝撃を、できる範囲で避けられるように働いている。でも、その他のことはきみたち自身でやらなければならない。
それからまた、宇宙の生命を動かし導いているのは、創造者の精神の力であり、それは全て愛であるということも理解しなくてはならない。
もしきみたちが愛にしたがって生きていないとしたら、宇宙のあるべき方向に反して行動していることになる。
当然、きみたちの個人の生活や社会的関係、そして国際関係も調和を保つことはできない。
多くの人たちの神の法に対するいちじるしい無知が、これら痛々しい状況を生み出す原因であり根である。このまま放置しておけば、それはついには全滅にまで至りかねない。
だから、我々はきみたちの全ての国の、できる限り多くの人たちに正しい教えと導きのインスピレーションをメッセージとして送っている。
受け取る人の個人的な信仰によって、なかにはかなり歪曲されてメッセージが伝わってしまうことも避けられない。それがさらに混乱と失望を生み出す。それでも、少しずつ、日に日にすべてはっきりとしていくことだ。
文学作品や音楽、映画やその他いろいろな文化的な表現にも、インスピレーションを与えている。メッセージの普及に役立てられるものなら、なんでも利用している。
これは意識変革のためのひとつの愛の種であり、”大きな出会い”のための準備でもあるんだ」
アミは、司令官の言ったことをさらにわかりやすく説明するため、言葉をはさんだ。
「いつまでも、きみたちは、宇宙の兄弟とバラバラでいるわけにはいかないということだ。
不正や暴力や分裂から脱したとき、そして宇宙のもっとも大切な原理である、愛に対する無知を脱したときには、”親交世界”に仲間入りできるんだよ」
僕は、自分の周囲に住んでいる人たちを思いうかべ、ため息をついて、たぶん、それが実現するのは5500年ぐらいあとのことだろう・・・と思った。
司令官はもちろん僕の考えを”聞いて”いた。
「もしも、なにも変わったことが起こらなかったとしたら、数千年の歳月が必要かもしれない。あるいは、決して変わらないかもしれない。
でも、今、近づきつつある現象は、どんな説によっても満足な説明がされない。そのときには、我々の言った言葉を、そして同時に、昔の師や今の師によってあらわされた言葉を思い出すべきだ。
さしせまった破壊から、唯一きみたちを救う方法は、愛の普遍性(愛が全宇宙で一番重要なものであるということ)を知ることであり、愛によってきみたちの人生の全てが支配されているということを理解することだ。もし、それに従わないならば、生きのびることはできない。
我々は、ただそれに値する人たちだけを救出することになる。”麦”は”毒麦”と分けられる(訳注:マタイによる福音書13章25-30節)。我々が奉仕しているこの計画は、永遠のときから創造主によって考案され公布された神聖な計画だ。そして、我々はその執行者というわけなんだよ」
司令官は立ち上がった。
「わが親愛なる子供たちよ、これで全てだ。では、これから、この惑星のこの地点で膨大な人命の損失を防ぐための仕事を指揮しているキャプテンに、バトンタッチしよう」
ちょうど、そのとき、司令官が今まさに話していた人物が入ってきた。キャプテンと呼ばれるその人物は、僕たちの小さな宇宙人が着ているのと同じような服を身につけている。司令官ほど背は高くない。
「目の前にせまっている大地震の規模をどうやって抑えているのか、その作業を見学してもらおうと思います。では、私のあとに続いてください」
とキャプテンはとても優しく丁寧に言った。
「では、元気で!」
と司令官は、その大きな手を僕たちの肩にそっとのせて言った。
「あ、そう、それから、きみたちはいつも保護されているということを忘れないように。私たちがいつも全ての危険からきみたちを守っている。だから決して怖がらなくていい。でも分別を超えた行動に対しては我々はなにもできない。我々の保護できる範囲にも限りがあることも知っておかなければならない。
それから私のメッセージをきみたちの本に書くことも忘れないように。もし、我々に許されるなら、この宇宙船からスピーカーを通して、またきみたちのラジオやテレビの放送を通して、きちっと知覚化できるかたちで声を大にして宣言したいところだよ。
でも、残念ながらそれは許可されていない。ただ我々の友愛の言葉を、すでに目覚めはじめているきみたちの特別な内的なチャンネルを通して送ることしかできない。まさに進歩し救済されるためにはどうしても発達させなければならないこの内的な感覚を通してね。
そしてこの感覚が今だに十分に発達していないことが、我々が公に姿をあらわすことができないもうひとつの大きな理由でもあるんだよ・・・。そのことをよく感じ取ってほしい」
エレベーターの扉の前まできて司令官が最後に言った言葉はこうだった。
「私の愛する上の兄弟が、きみたちの世界の苦しみ悩んでいる全ての人々にその大きな愛を伝えるように、と私に依頼してきている。
そして人類が出現した日から、一日たりとも休むことなく働いているということ、そしてそれは人類が平和で幸福に暮らせるようになるまで、続けられるということを知ってほしいと言っている。
だから、きみたちも休んでいてはダメだ。なぜならきみたちはみな、神の手であり、口でもあるのだからね。じゃ、また。元気で」