第10章 太陽の師の存在
「ここは地球じゃないか」
僕はやや幻滅して言った。窓から見えてきた風景はほかならぬ地球のそれだったからだ。少なくとも最初はそう思った。
ビンカが直ぐに、僕の間違いを正してくれた。
「ここはキアよ。あそこに見えるのがルビニア砂漠」
この海に面した砂漠を見て、僕はまさに北アフリカの海岸と勘ちがいしてしまったのだ。でも地球にはない赤道直下のふたつの大きな島が目に入ってきたとき、たしかに別の星にいることに気がついた。
前回アミと旅したあとでかなり地理を勉強した。そのおかげで、直ぐに自分で間違いに気が着いた。でもそれ以外は、海の色も沢山浮かんでいる白い雲も森林も砂漠も地球そっくりだった。
「ちょっと幻滅だなあ・・・」
と少し冗談混じりに言った。
「・・・僕は赤や黄色の海とか、青やオレンジ色をしたジャングルのある惑星を期制していたのに・・・」
「同じような進化過程にある世界は、ほとんど全てとてもよく似ているんだ。同じ法則が同じような結果を生み出しているからね」
アミが説明してくれた。
「ペドゥリート、でも似ているだけよ。直ぐにわかるわ」
とビンカが言った。
「我々がキアにやってきた目的は、どうやったら愛を手に入れられるかをきみたちに教えることができる人に会うためだ。スクリーンでさがしてみよう・・・ウーム・・・彼のコード番号はこれだ。ほら、ここにいるよ。おいで」
スクリーンにとても古ぼけた掘っ立て小屋がうつった。人気の無い寂しい丘の斜面に建てられたその小屋の軒下に、ゆりイスにすわったかなり年配の男の人があらわれた。
彼はパイプをくわえておだやかにイスをゆらしながら、目の前にひろがる、いく層もの色調の緑におおわれた美しい谷をながめていた。
ここがあきらかに地球ではないことを示す、いくつもの明瞭な違いが見てとれた。まず、男はピンク色の髪(といっても、それはもうほとんど白髪に近かったけれど)をしていた。
ひげも同じ色をしていた。無造作に伸びた髪の毛のため耳は見えなかったけれど、たぶんビンカと同じようにその先がとがっているのだろう。灰色のマントを着ていて、なんとなく昔の預言者の姿を連想させた。
彼のよこには”イヌ”?はたしてそう呼べるのか?が眠っていた。ネコのような顔とダチョウのような長い首をして、身体には沢山の毛がはえていた。
低木の枝には二匹の・・・なんと言ったらいいんだろう?カナリアのような羽を持った二本足のトカゲのような、鳥、?・・・がとまっていた。
「たしかにここは地球じゃない」
僕ははっきりと確信を持ってつぶやいた。
その周辺の空にはワシの雛くらいの大きさの動物が沢山飛びまわっていた。魚か爬虫類のような皮膚と大きなまるい翼とエイのような尻尾を持ち、長い足をしていた。
この奇妙な動物は近くの大きな沼に潜ったり、二本足で地上を歩きまわったり、鳥のように空を飛ぶことができた。なかには近くの木の枝にとまっているのもいた。とりわけショッキングだったのは、人間を思わせるその顔つきだった・・・。
「全く、変てこな動物でいっぱいだね、ここ・・・」
それを聞いたビンカはふんがいしたように言った。
「変てこですって?じゃ地球の動物はどうなのよ?」
「べつに、少しも変だとは思わないけど・・・」
「変じゃないって?じゃ、あの”人みたいな顔をしてつばさのはえたの”はどうなの?」
「”人みたいな顔をしてつばさのはえたの”だって?地球じゃ一番人間に似ているのはサルだよ。でもサルにはつばさなんかはえていない。空を飛べる動物にはみな羽が生えているんだよ」
「でも、その”人みたいな顔をして翼のはえたの”は毛がはえていたわ、羽じゃなくてね」
「それじゃ、飛べないよ。毛の生えた動物で空をとべるのなんていないからね・・・」
「でも、その悪魔みたいの、たしかに空を飛べるし、毛もはえていたわ・・・その顔つきといったらばけ物そのものよ、身の毛がよだつようだったわよ!」
「本当に地球の動物のことを言っているの?地球には幸いなことにそんな変てこな動物はいないけどね・・・」
アミはだまって僕たちのやりとりを楽しんでいた。
「それだけじゃないわ。そのうえ、血を吸って生きているの」
「ビンカ、いったいなんのことを言っているの?」
そのとき、僕は彼女が言おうとしている動物に全く心あたりがなかった。
アミが僕たちの会話に入ってきた。
「バンパイヤ、吸血コウモリのことだよ」
「まだわからないの?アミが言うにはその動物はまっ暗闇の中でもレーダーを使って飛ぶことができ、扇風機の羽根のあいだをケガもせずにくぐり抜けることができるんだって。それが少しもへんじゃないって言うの?」
なるほど、たしかにビンカの言うとおりだと思った。でも僕は、そう言われるままでコウモリのことをいちども変だと思ったことはなかった。
アミはスクリーンを消した。円盤はゆっくりと下降しはじめた。
「信じられないようなことや、素晴らしいことがいつも我々の目の前にはある。でもあまりに見なれてしまって、それに全く気がつかなくなっているんだ・・・。
それじゃ、これからさっきの老人に会いに行こう。きみたちはきっとなにか教えられることがあるからね」
ビンカは希望に胸をときめかせて言った。
「きっとすごい賢者にちがいないわ・・・」
「賢者だって?あの山にこもったきりのじいさんが?とんでもない。あることについてはよくわかっているけれど、その他のことといったらほとんどわかっていない、ごくごく普通の人だよ」
ビンカの表情が失望に変わった。
「でも、私になにか教えられるんだったら、その人、私よりはるかに進歩してなくてはならないと思うわ」
アミは笑って言った。
「全く典型的な未開人のごうまんさだね。じゃいいかい、もしも司令官の師がきみを弟子として認めたとするよ・・・」
ビンカは赤面しながらも自分の言ったことを、なんとか正当化しようとした。
「そういうことも言えるんじゃないかと思ったのよ・・・。アミがその人にはほとんどわかってないこともあるって言うから、私によく教えられないんじゃないかと思ってね・・・」
「ビンカも、ペドゥリートもよく聞いて。いいかい、宇宙の教育システムっていうのは段階的につくられているんだよ。ある段階にいる人がその上の段階にあがれるように手だすけできるのは、直ぐ上の段階にいる人たちだ。
つまり、下の段階にいる人は、直ぐ上の段階にいる人によって助けられるんだよ。まだ自分が低いレベルにいるにもかかわらず、司令官のような高い次元の師や、いやそれどころか神自身を要求して、自分よりは一段階、あるいはもっと上の段階にいる人を平気でけいべつする人が少なくない」
「そのとおりだよ、アミ。でも、ビンカの言うことも正しいと思うよ。だってそれほど高い段階にいない指導者っていうのは、多くのことを知らなすぎると思うけどね」
「その指導者が仮にずっと上の段階のことはわからなくても、ずっと下の水準にいる人にとって、それはどうでもいいことなんだ。自分より少しでも上にいる人の教えてくれたことをきちんと消化することができれば、それで十分なんだよ。
まだ足し算も引き算も知らない生徒にとって、たとえその先生が高度な数学をよく知らなかったとしても、そんなこと全く問題にならないだろう」
今度はアミの言うことが、ふたりともはっきり理解できた。
「これから会うその友だちはきみたちの知らないことを知っている。どうやって愛を手に入れるかということをね。まず最初にそれから勉強することだ。
そして、いつか司令官のような水準に達したときにはじめて、司令官の師のような人を師とすることができるんだよ」
「その師って誰?」
「地球のある太陽系の中で一番進化した魂だ。前の旅で話した太陽の人たちのひとりだよ」
「なんていう名前?」
「ペドゥリート、名前にはとても気をつけなくっちゃいけないよ。それは混乱を引き起こすもとだからね。いいかい、ある師はある地域ではとても崇められている。でも別のところでは別の師が崇められている。
そして、それが宗教戦争を生み出すんだ。でも、我々が求めているものは、そんなものではなくて平和と統一だ。そうだろう?」
「うん、でもその中で誰かが本物であるはずだよ・・・」
「全て、みんな、本物だよ」
「うーん、わかったよ。でもその中でも誰かが、一番偉大なはずだろう、他の師にくらべて・・・」
「全ての太陽の光はみな同じように輝いて闇を照らしている。みな同じ光源から出てね」
その比較については理解できたような気がした。だけど、なんとなくうれしくなかった。僕は勝ちたかった。他の師をおさえて僕の師が一番偉大だと、アミにはっきりと言ってほしかった。彼の口からそう聞きたかった。でも、彼は僕の間違いを正してくれた。
「その偉大な存在は、きみの世界のための精神的な、霊的な長だ。あるとき、ある人が彼の叡智により天啓を得る。そうするとその人は偉大な師に変貌する。なぜなら太陽の精神の教えを伝えるからだ。そうやってひとつの宗教が生まれる。
何千年かたって人類はいくらか進歩する。別の教訓が必要になってくる。そして別の人が同じ精神によって天啓を得る。こうやって新しい師と新しい宗教が生まれる。
でも、全ての宗教に霊感を与えているのは同じ精神なんだよ。また千年が過ぎ、さらに次の千年が過ぎ、あらたにその進歩と人類の必要に応じて、別の教訓をひろめるために別の人が選ばれる。こうやって別の師と別の宗教が生まれる。
そして、人々はその名前に混乱をきたし、宗教戦争をひき起こすまでにいたる。でも、それが全て愛であるその偉大な精神と、愛によって道を照らすために送られてきた師を、どれほど深く傷つけるかということを全く理解できないでいるんだ」
「知らなかったよ、アミ。じゃ、その精神ってなんていう名前なの?」
「名前、名前・・・本当にこまった問題だよ。精神にかんしたことに身分証明書のようなものは存在しないんだ。精神の世界では、分類や分離といった想念は消滅してしまっているんだよ。
ただ人が、勝手に分類し、ふり分け、限界や境界をつくってしまうんだ。心の中に愛があるときには、宇宙は全て一体となったひとつの大きな存在だっていうことに、今に気がつくようになるよ・・・」
「でもその師には、なにかしらの名前があるべきだよ・・・」
アミは笑いをこらえきれずに言った。
「わかったよ。どうしても名前がほしいんだね。じゃ太陽の師とでも言っておこう」
「ああ、そのほうがずっとはっきりするよ。じゃ、その太陽の師が全ての偉大な師にインスピレーションを与えているんだね」
「そのとおりだよ、ペドゥリート。このことがはっきりわからない限り、地球に平和はありえないよ。宗教的な分裂は国境やイデオロギーの分裂と同じように、あるいはそれ以上にとても危険なものなんだよ。
宗教の意味が愛を実践することだということがはっきりと理解できないでいる限り、宗教や師の名をはり合ったところでなにも得るものなんかないんだ」
「太陽の師は人間のかたちをしているの?」
「うん、神じゃないからね。たとえ神の意志にしたがって行動しているにしても。そしてその上には銀河系の精神的な、霊的な長がいるんだ。さらにその上にこの宇宙の全ての銀河系を統治している精神があるんだ」
「神?」
アミは僕の声が聞こえないふりをした。
「その上を四次元が統治して、その上に五次元・・・といったぐあいに次々にね」
「で神は?」
「神はいつもきみのハートの中にいるよ。きみは名前をつけるのが好きだからインティモ(心の奥底)とでも呼んだらいい・・・。じゃこれからキアへおりていこう」
「おりるって、円盤でおりるの?それとも僕たちの足で円盤の外へおりるってこと?」
少しワクワクして聞いた。だって、僕はまだいちども実際に自分の足をつけて別世界を歩いたことがなかったからだ。
「その両方ともしよう」
「うわっ!!すごい!」
「ここはきみの惑星と”兄弟”にあたる世界だ。我々の遺伝学の技師が、両方の世界に同じウイルスが存在できるようにしてある。だから、きみにもキアの人にも全く危険がないんだよ」
数秒後にはあの掘っ立て小屋の近くに着いた。操縦盤のランプは円盤が視覚不可能な状態にあることを示していた。
窓から見おろすと、動物たちはもう僕たちの存在を感じ取っていた。”イヌ”(?)は遠吠えのような声を出していたし、”トカゲ”(?)は恐怖を感じて、うずくまり、仲間どうしだき合っていた。空を飛んでいたあの動物は沼の中にもぐってしまった。
老人はパイプを僕たちのほうにさし出して、ほほえみながらあいさつをしている。
「彼は古い友だちなんだよ。僕がくるときはいつもこの地点に円盤を停止させるのを知っているんだ」
「どうして僕たちが来たのがわかるの?円盤は下から見えないはずなのに・・・」
「動物たちの反応によってだよ。もうなんども見て知っているんだ」
「どこの国にいるの?私たち」
とビンカが聞いた。
「ウトナだよ」
「じゃ、私、その人と話ができないわ。私たちと話す言葉が違うもの・・・」
アミは僕にウインクして言った。
「この女の子、ちょっとここが弱いんじゃない?」
とアミは自分の頭を指さして言った。僕にはアミの言うとしている意味がわからなかった。
「ビンカは僕たちが老人と会話できないって言っているんだよ・・・」
「そのとおりじゃない。だって同じ言葉を話さないんだから」
アミは僕たちふたりをまるで信じられないといった顔で見た。
「これだよ・・・」
と言って、アミはこめかみに人さし指をつけてくるくるまわした。
僕たちがバカだとでも言いたいのだろうか。ふたりともなにも反応しなかったので、アミは僕たちのほうに近づいてきて、翻訳器を目の前にさし出して、
「ほら、これだよ」
と両方の惑星の言葉で言った。
やっと理解できた。
ふたりとも自分たちのにぶさに気がついて笑い出してしまった。でもアミはとても真面目な顔つきをよそおって言った。
「このネクロファゴたちときたら、全く理解が遅いんだから・・・」
「ネクロファゴってどういう意味?」
「死骸を食べる人のことだよ」
ビンカは心外だと言わんばかりに言った。
「私、死骸なんか食べないわよ!」
「でも死んだ動物の肉は食べるだろう?」
「えっ!ああ・・・それなら・・・」
「だから、きみはネクロファゴだよ。じゃ、行こう・・・」
アミは僕たちを出口のある小さな部屋へ連れていった。目のくらむような光がまたたいた。
次の瞬間、僕たちは宙を浮いたままキアの地面に向かって下降していた。
地球と同じように、宇宙の基本法が愛であるということを全く知らない人たちが住むという惑星キア、だから、そこはもちろん文明世界ではない。