第10章 援助
僕達が家に着くと、クラトはおばあちゃんからヨガのレッスンを受けていた。
「リリー、どうやってこのもつれた身体を元に戻せるの?このままじゃ背骨が折れちゃうよ・・・ああ、帰ってきたか、ホッホッホッ」
「あたしには、みんなの顔を見ただけでわかったよ。許可がもらえたんだね、そうだろう?」
とおばあちゃんが言った。
「うん、勿論。もう、ビンカはこれからずっとここにいられるよ」
「ああ、よかった。主よ、聖シリロよ、どうもありがとう!それからアミ、ありがとう!」
「ゴロが許可しただって?あのけものみたいなヤツが許可するわけがない」
と若返ったクラトが言った。
「いやいや、許可したよ、とてもよろこんでね・・・」
「そんなこと、あるわけない・・・あのテリは、石みたいに頭が硬いんだ・・・いったいどうやって説得したんだい?催眠術でも使ったのかい?アミ」
「バカなこと言わないでね、クラト。そういうことはしちゃダメなんだよ」
「ウム・・・じゃ、スワマになったんだ・・・そうだ、変身したんだ・・・そうだろう?」
図星だった。みんなびっくりしてしまった。驚きの表情でクラトを見やりながら、アミはたずねた。
「そのとおりだよ。まさにそれが起きたんだよ・・・でも、どうしてわかったの?」
するとクラトは、自分がさもすごい人物であるようなふりをしながら、
「ハッハーッ、この小さな宇宙人だけが超能力をもっていると思ったら、大間違いだよ・・・」
「本当にクラト、どうしてわかったの?」
ビンカも驚きで目を大きく見開いたまま、訪ねた。
「わしもテリだった。だから、テリというのが決して自分の考えを変えたりしないということぐらいわかっているよ・・・スワマにならないかぎりはね、ホッホッホッ!」
それを聞いたアミは、少し考えこんでしまった。
「たぶん、クラトの言ったことは正しいよ。もしゴロがスワマに変わりはじめなかったとしたら、はたして許可がもらえたかどうか?・・・」
「あたしが聖シリロをとおして、神さまに全てを解決してくださるようにお願いしておいたからね。ちゃんと神はあたしの願うことを聞いてくれたんだね。いるんですよ、神は本当にね」
「うん、ちょうどそれと同じことを、クラトとペドロにも言ったんだよ」
「そう、そのとおり。これは直ぐに、上等なワインで祝わなくっちゃ」
「とんでもない、このクラトの酔っぱらいが・・・」
「酒の通と言ってほしいね、通って。わしは酒をたしなむ美食家なんじゃよ、ホッホッホッ!・・・で、ゴロとクローカは、わしの天国についてどう言っていたかね?・・・絶対、あそこに住みたいって言ってただろう、そうだろう?」
僕はまたびっくりしてしまった。アミは笑って、次のようにだけ言った。
「クラト、また当たったよ。彼らは今、とっても幸せだよ」
ビンカはすっかり混乱したふうで、
「本当に、クラトには超能力でもあるのかもしれないわ・・・」
「そうは言うけど、ひょっとして、わしにその能力がないとでも思っているんじゃないかね?・・・ホッホッホッ、でも、こんなかわいい子をだましちゃいけないな、なーに、当然のことだよ。
だって、彼らはどこにも行くところがない。あそこにはもうちゃんと、畑も山小屋もある。行ったらそのまま住めるようになっているんだ。
ムフロスの発酵ジュースも沢山あれば、ガラボロもいる。こんな掘りだしものはない!ホッホッホッ!でもかわいそうなのはトゥラスクだ、どうしていた?」
「幸せだよ、クラト。今は、パパとママがいるから、もっと幸せだよ」
「ウム・・・裏切り者のブゴめ!わかるかね?ブゴは女性と同じだよ。忠実でない!ホッホッホッ!・・・でも、本当のことを言ってうれしいよ、わしのおいぼれた心も、これで少し晴れやかになった。
ああ、それは以前の話だった。アミのおかげで今はずっと若返ったんだ。ところで、ガラボロはなん匹かもってきてくれたかい?・・・」
「いやいや、もってこなかったよ。だって、クラトの鍋の中で細切りにされたガラボロを見るより、幸せそうに空をとびまわっているガラボロを見ているほうが、ずっといいからね・・・」
「うむ・・・たしかにそのとおりだよ。これからはもう、そんな悪いことするのはやめるよ・・・」
「じゃ、クラト。もう、これからは肉を食べるのはやめるの?」
「もう、ガラボロを食べるのはやめるよ、ホッホッホッ!だって、もうここじゃいくら探しても手に入らないからね・・・」
「なんてひょうきんなんだ」
とアミはまじめな顔で言った。少ししてから、小さな宇宙人はひとつの決定をくだした。
「この世界で君たちが新しい生活をスタートさせるにあたって、こまかい準備をいくつかすることにしよう。まずは、この女の子の容姿に関する問題を解決しよう。これは直ぐに出来ることだ。じゃ、今から円盤に行こう、ビンカ」
「うわ!!! やったあ!!!」
とビンカは幸せ一杯、大喜びで言った。
「僕も一緒に行くよ、どう変わるか確かめたいし・・・」
「ダメダメ。ペドゥリート、君はここにいること。僕の仕事の邪魔をする”コンサルタント”はいらないからね、じゃ行こう。クラトも一緒にこなくっちゃ」
「でも、わしはもうこんなに若返って、こんなにハンサムだ・・・」
「この世界にうまく適応するために、ちょっとやることがある。ほんの少しのあいだだけだから、さあ、いそいで」
3人が行ってしまったので、僕はおばあちゃんと話しはじめた。
「ビクトルがきたら、クラトとビンカのこと、どう説明したらいいの?おばあちゃん」
「本当のことは言えないよ・・・でも、あたしゃ嘘は嫌いだよ、ペドゥリート・・・」
「それに2人ともスペイン語がしゃべれないし、ビクトルはきっと、どこの国のひとかと聞くだろうから、2人はどこかの国を答えなくっちゃならない。で、もし、ビクトルがその国の言葉をちょっとでも知っていたとしたら・・・」
「本当だねえ。それにビクトルの前じゃ、2人の名前は言えないよ。だって本の中に出てくる名前とおんなじなんだから・・・」
「うーん、そのとおりだよ、おばあちゃん・・・」
「おまけに身分証明書もないし・・・ビンカはいったいどうやって勉強したらいいの?それにあたしたち、どうやって結婚したらいいの?」
「おばあちゃん、あの年寄りと結婚するの?」
おばあちゃんはけわしいまなざしで、僕をちらっと見た。
「ああ・・・そうだった。おばあちゃんはとても信心深いからね・・・同じ家の中に住むとなると・・・ほかにも問題があるよ。クラトはここでなにをするの?なにか仕事をしなくっちゃならないでしょう?」
「それは、アミと聖シリロをとおして、神が助けてくれるよ・・・」
ちょうどそのとき、男の人の声が聞こえ、誰かが庭に面したドアから家の中に入ってきた。
「誰かいる?」
その声はスペイン語だったから、てっきり近所の誰かが、来たんだろうと思った。女のひとの声も聞こえたんだ。
「私達を見ても、きっと信じないわよ」
「おばあちゃん、誰なの?」
「誰だろうね、聞いたことのない声だし・・・こんなところに、アミが戻って来たりしなければいいけど・・・」
そこに、
「やあ、おばあさん、戻ってきたよ」
と言いながら、アミが入ってきた。
僕は不安で一杯になった。だって、誰だか知らない2人と、アミがはち合わせしてしまったと思ったからだ。そこにクラトも入ってきた・・・。
「スペイン語を話すって、とても面白いよ、ホッホッホッ!」
僕はびっくりしてしまった。クラトが完璧なスペイン語を話しながら、こっちにやってきたのだ。
「やあ、かわいいペドゥリート」
とややカールのかかったまっ黒なかみと黒い美しい目をした、素敵な女の子が言った。
美しい身体にぴったりフィットしたスポーティーな服を着ていた。彼女もスペイン語を話した。
でも、直ぐにわかった。ビンカだった!とてもかわいかったけど、以前の彼女とはかなりちがっていた。ウム・・・でも、顔は同じだったし、おまけに身長が僕と同じくらいになっていた・・・。
あまりの驚きに僕達が心臓麻痺を起こさないうちに、アミが説明をはじめた。
「紫色の瞳にピンク色のかみの毛じゃ、ビクトルにあやしまれるからね。これで完璧に地球の普通の女の子だ。身長も少し低くした。
それからビンカがスペイン語をしゃべれるようになったのは、円盤の中にある器械のおかげだ。その器械があれば、どんな言葉でも直ぐに、ほんの一瞬でマスター出来るんだよ・・・」
「ホッホッホッ!本当に素晴らしいことだよ。わしの頭の中には今、全てのスペイン語の文法や単語が入っている。それに一万八千の詩、五百四十の小説、地球の歴史のあらまし、地球人の全ての知識をまとめたものや、宇宙のもっとも重要な原理や秘密なども。これはすごいよ、ホッホッホッ!」
クラトの発音は、ほとんど完璧だった。
「私も同じだけ知っているのよ!」
とビンカは幸せそうに叫んだ。驚きのショックから立ち直ると、僕はやっと状況が理解出来るようになった。ビンカの耳を直ぐにでも見たかった。彼女は髪の毛を少しもちあげた。
「ウム・・・。普通の耳だ、きれいだけど普通の。ビンカ、とっても素敵だよ・・・外側は少しちがっているけど、中身は以前と全く同じって感じがするよ。それにもう君を見るのに、見あげなくてもすむようになったし・・・」
そこで僕達は、不要になった翻訳器を耳からはずした。
「それに、アミは私の脚を少し太くしてくれたのよ」
「うん、だって普通の地球人としては、ちょっと細すぎだからね。でも、彼女がみえをはれるように、そうしたわけじゃないんだ。そんなの空しいことだからね」
「”空の空。全ては空”」
とビンカが言った。
「ビンカ、なに言っているの?」
「別に。ただ、アミが、空しい、って言うから、聖書の伝道の書の一部を思いだしたの」
「なに?その伝道の書って?」
と僕は訪ねた。
「聖書の中にあるのよ」
と彼女は僕の無知を笑いながら、答えた。僕はちょっと気に入らなかった。クラトはそうとうな喜びようで、イギリスの俳優をまねて、おおげさに腕をふりながら、(とてつもなくこっけいだったけれど)詩の朗読をはじめた。
「”羨望(せんぼう)が無知であり、模倣が自殺であり、よかれあしかれ、与えられた自分自身をそのまま受け入れるべきであるということを、誰しもが理解したときが、全てのひとの内的成長のときである”。
ホッホッホッ!ラルフ・ウォルド・エマソン、アメリカの詩人、1803年、マサチューセッツ州、ボストン生まれ、ホッホッホッ!」
ビンカも負けずに喜び一杯で、その続きを暗唱しはじめた。
「”たとえ、広大なる宇宙には、福が満ち満ちていたとしても、もし、自分につとめとして与えられたその土地を、たがやすことをしなければ、なんの収穫も得られないだろ”」
ビンカは自分もクラトの朗読した詩を知っていることを証明するために、同じ詩の続きを朗読したのだった。
僕はといえば、これから予想されるビンカと僕とのギャップに、目の前が暗くなるような思いだった。
「これはひどいよ。ビンカは知ったかぶりをする人間になっちゃった・・・彼女の前では、僕は全くの無知だ・・・これは絶対、不公平だよ、アミ」
でも、誰も僕の言うことを聞いてくれなかった。
「ペドゥリート、私の新しい脚、好き?」
と彼女はおませに、短めのスカートをちょっぴりもちあげながら聞いてきた。
「ウム!」
と僕は不満の気持ちを露骨にあらわして、庭へ出た。
実際、彼女の外見の変化は不満どころか、かえって好きだった。僕の気に入らないのは、あまりにも大きくなってしまった、彼女との知的ギャップだった。アミは僕のあとをついてきた。
「ペドゥリート、君が不快に感じるのは、もっともなことだよ」
「全く、親切なことしてくれて、どうもありがとう」
彼は笑ってから話しはじめた。
「2人の知的、精神的水準が、あまりにかけ離れているのはよくない。ふだん会話をするにも、2人がカップルとして生きていくという意味においてもよくない。
ペドゥリート、これから君のおばあちゃんと一緒に円盤に行こう。君たちにも、クラトとビンカに与えたのと同じ知識を与えてあげるよ」
それを聞いて、僕は人生がふたたび輝いて見えてきたように感じた。
「本当に?」
「本当だよ。僕についてきて。リリー、ちょっと僕達と一緒にきてください」
おばあちゃんがやってくると、アミは状況を説明した。おばあちゃんはあんまり関心がなさそうだったけど、とにかく僕達と一緒にきた。
円盤の中に入ると、アミはヘルメットのようなものを取りだして、僕の頭にかぶせた。それからアミは、キーを叩いてなにかの操作をした。
僕の脳がとても活発になってきたように感じた。なにか、こころよい感じがしてきた。数秒後に、もう終わったとアミが言ったので、僕はヘルメットを取り、それをおばあちゃんに渡した。今度はおばあちゃんが同じことをした。
でも僕は、とくにどこか変わったような感じがしなかったので言った。
「アミ、ちっとも変わってないよ。今までの僕と同じだ・・・」
「そう?じゃ、ワシントンに住んでいるロバート・ジョンソン氏の電話番号を言ってみて」
「えーと、ロバート・ジョンソンというひとは沢山いるからね・・・住所も言ってくれないと・・・エッ?ぼ、僕どうしてこんなこと知っているの?でも、たしかに知っている!・・・世界中の電話番号、全て暗記している!」
「それから、インターネットにある全てのページの住所もね」
とおばあちゃんが幸せそうにつけくわえた。
「本当に?おばあちゃん・・・ああ!勿論だ!」
アミは彼女に質問した。
「じゃ、webページの動物園の住所を言ってください」
「簡単だよ。http://netvet.wustl.edu」
と考えこみすらしないで、スラスラと答えた。そして僕は、その答えが正しいことを知っていた。
そのあとアミは、僕達に歴史上の戦争や発見の日、重要人物の誕生日、有名な小説の内容、原子の構成、地球の比重とか重さ、宇宙生命に関する基礎知識、とても大事ないくつかの秘密なんかについて、質問をした。
おばあちゃんも僕も全て知っていた。本当に、全てを!僕はとても幸せに感じた。そして、とくにうれしかったのは、もうこれからは僕の本を書くにあたって、いとこのビクトルの助けを借りる必要がなくなったということだった。
だってもう、僕は文法のエースになっているんだし・・・ウム・・・、エースほどではないにしても、その手前までいっていることは確かだったんだから・・・。
クラトは僕のパソコンでインターネットに熱狂していた。ビンカは村の中心のほうにでかけていた。
クラトが言うには、彼女は新しい自分の姿と堪能なスペイン語でもって、僕の世界をいろいろと見たいと、出掛けていったとのことだった。
「クラト、どうやって僕のインターネットにアクセスしたの?僕はアドレスを教えてないはずだけど・・・」
「どれ?・・・”スキビンカ”?・・・なんて独創的なんだ・・・なあに、どんなシステムのコンピューターのアドレスでもわかる、とても巧妙なトリックを思いついてね、ペドゥリート」
クラトは今や、僕の名前を完璧に発音した。
僕は少し赤くなった。それが僕のプライバシーへの干渉にたいするいらだちからか、それとも恥ずかしさからかはわからなかったけれど。
でも、彼がwebページのニューヨークの株式市場のところを見ているのに気づいたときには、好奇心がおさえられずに僕は彼に訪ねた。
「クラト、ニューヨークの株式市場にアクセスしてなにをしているの?」
「コロンビアのコーヒーを買っているんだよ。今は安いけど、来週には大雨が降ってコロンビアのプランテーションに酷い被害をあたえる、そうしたら、コーヒーの値段はもう雲の上までウナギ昇りだよ、ホッホッホッ!」
僕はまた、どぎまぎした。
「でも、どうしてコロンビアに大雨が降るってわかるの?」
「それは、わしの広大な気象学の知識のおかげだよ、ホッホッホッ!」
僕はそのとき、クラトが言っていることを考えてみた。そして、クラトの言っていることは、本当だということがわかった。
たしかに一週間後、コロンビアに大きな嵐が発生するということが、僕にもわかった。アミが僕達に与えてくれた膨大なデータのおかげで、近い未来の天候は完璧に推測できた。
「そして、いちばん被害を受けるところは、ちょうどあのコーヒーを植えてある地域だとおばあちゃんが言った。おばあちゃんも僕達と同じ、優れた、高い知識をもっていた。
「これで最終的に、僕達の経済問題は解決したようだよ、おばあちゃん・・・でも、クラトは身分証明書もなければ、ここでの正式な名前もない、お金もないし・・・いったいどうやって株の操作をしようっていうの?」
「わしはなんにももってはいないが、必要なものはペドゥリートが全部もってる。わしは、君の資金を君の名前で操作してるんだよ。
なにしろわしは今、君の責任者なんだからね。君はまだ未成年だから、ゴロがビンカの責任者をつとめているのと同じように、わしもペドゥリートの責任者というわけだ・・・そうだろう?アミ」
「うん、クラトの言うとおりだよ、銀河系当局の観点からすればそのとおりだ」
「でも、僕、お金なんかないよ・・・」
「いや、あるよ。国立銀行の口座番号432837の1だよ。知らなかったのかい?」
「知らなかったよ。でも、それなにかの間違いだろう、クラト」
「間違いじゃないよ。”わしのシステム”を大活用して、この国の税務関係のところへアクセスして、そこの口座リストを見ていたら、ペドゥリートの名前があったんだ、そうやって君の口座のデータを手に入れたわけなんだよ。
そのあとで、インターネットで君の銀行に入れて、知っているだろう?どうやるか、そして今、ニューヨークにむけて銀行振替しているところなんだよ」
おばあちゃんが話しはじめた。
「ペドゥリート、クラトの言うとおりだよ。じつはビクトルが口座を開いておいてくれたんだよ。あの本が売れてビクトルに入ってきたお金の10パーセントを入れておくためにね・・・ビクトルだけが知っているらしい口座にね」
「でも、僕そんなこと全く知らなかったよ・・・」
「だって、言わなかったからね。お金に目がくらんでバカなこと考えたりしたらこまるから。お前がかなりのビデオゲームマニアだってことを考えるとね・・・でも、もうかなりたまっていると思うよ。だいたい・・・」
「家一軒と車一台くらいは、十分に買えるだけのお金だよ。勿論高級なものはむりだけど。でも、そのお金はコーヒーに投資して、来週には二倍になっているよ、ホッホッホッ!」
とクラトが言った。アミはあんまりよろこんでいないようだった。
「それは投機だよ。ペドゥリートのお金はきれいなお金だ。沢山の人達によいことをした見返りにきたお金だ。でも、投機からくるお金はそうじゃない。
なにも生産しなければ、なにも生じない。集団にたいする盗みだ。もうわかっているはずだよ。原因と結果の法則、ブーメランの法則を・・・」
「でも、これは全く正当なことだよ、アミ」
「資材の交換システムという地球の法からすれば正当だけれど、宇宙の法からすればそうじゃない。
もっと悪いのは、”いかさま”をしていることだよ。ほかのひとよりずっと多くの情報をもっているんだから・・・。だから、この取り引きはやめたほうがいいよ、クラト」
「ウム!・・・まさにこのマウスで”OK”をクリックする寸前に、人の楽しみに水を差そうとする小さな子供が現れた・・・わかったよ、わかった。
マウスポインタを”キャンセル”に合わせて、クリックして取り消し操作終了だ」
ビンカが外から帰ってきた。
「本当に素晴らしいわ。まるで、全くの別人になったみたいだわ」
と言いながら、ビンカはこちらにやってきて、僕を抱擁した。とたんに僕達はまた、あの時間の止まった次元に入りこんでいきそうになった・・・。
「エヘン!・・・」
「ああ、失礼」
「どうして中断させるの、アミ。とても幸せそうじゃない・・・」
「リリー、僕にはもう、ほんの少ししか時間が残ってないんだ」
僕は、アミに知識を与えてもらってからまだ一時間もたっていないクラトが、どうしてあんなにはやく沢山のことが出来るようになったのか、全くわからなかった。それで僕は聞いてみた。
「わしにもわからん・・・電話番号もこの世界を組織するシステムのことも、なんでも知っている。わしは情報科学のチャンピオンだよ。
誰にもなんにも質問する必要がないんだ。どうやって情報を手に入れるか、完璧にわかっているんだよ。簡単なんだ。たぶんわしは、ここでの暮らしも、とても気に入ると思うよ・・・ああ、ところで、アミ。商売することは”罪”なことなのかね?」
「なにで商売するかにもよるよ、クラト。人に害をあたえるようなことは罪だよ。だってそれは、愛の法を破ることになるからね。
でも、よいものを、それがないところへ、それが必要な人のところへもっていって、とんでもない値段をふっかけて儲けたりしなければ、それはよいことだよ。その場合、ブーメランの法からしても、悪い見返りはないよ」
「なにかよいこと、もたらす?」
「うん、利益が出る。でも、それだけだよ」
「おおっ、そりゃすごい。たった今わかったけど、国際ランクに準じた上等のボルドーワインをとても安く売りたがっているところがある。
そして、オーストラリアの輸入業者がちょうど、そういう条件のワインを望んでいることがわかった。
コーヒーほどの利益はないにしても、たったいちどの取り引きで、我々の資金を7.5パーセントも増やすことが出来るよ。
ホッホッホッ!お金を沢山もうけて、みんなで楽しもう。これはわしがひき受けるよ」
「うまくいくよ」
とアミは笑って、
「そして君たちは直ぐに、”利益”以上のなにかのために生まれてきたってことを思いだすよ。そうしたら、君たち4人は、この世界の進歩にもっと役立つことが出来るようになる、今持っているばくだいな知識を活用してね」
僕はそこで、今はもうエマソンの詩を知っていることをみんなにしめしてやろうと思い、詩の続きを朗読しはじめた。
“ひと、一人ひとりの中に宿る力は
新しい種類の力であり、
なにものも、ただ自分だけが、なにが自分で出来るかを知っている
でも、それを実際試みてみないかぎり、自分でもわからない”
おばあちゃんはとてもよろこんでいた。
「あとは、ビンカとクラトの身分証明書を手に入れるだけだね」
「僕がここを離れたら直ぐ、この国の戸籍課で働いている宇宙親交の仲間に連絡を取って、2人の指紋と写真を提出することにしよう。そうしたら数日で、身分証明書がここに送られてくるよ。ところで、これからどういう名前にする?」
「ジェームズ・ボンド!」
クラトはすっかり感激したようだ。
「冗談はよして。ウム・・・2人のアクセントは、ちょっとだけ東ヨーロッパの人たちに似ているから、そのへんの名前にしたらいい」
クラトは、自分の驚異的に膨大なファイルの山の中から、てきとうな名前をさがしだし、そして言った。
「これはどうだろう。ペトゥレ・ポペスク。ルーマニア、ブダペストの出身、サッカーはラピド・デ・ブカレストの大ファンだ、ホッホッホッ!」
みんなで大笑いした。アミはクラトがとてもいい名前を選んだと思っているようだった。
「少し、ルーマニア語を勉強しておくようにね」
「じゃ、私はナデア・ポペスク。ペトゥレ・ポペスクの娘よ。どう思う?アミ」
「完璧だよ、ナデア!」
「でも、私の友達は私のこと、ナディって呼んでいるの・・・」
と、ビンカがちょっぴり色っぽく言ったので、みんな笑いだしてしまった。これで全て解決した。でも、おばあちゃんが突然、学校のことを思いだした・・・。
「アミ、この子たちは学校で、ひどく退屈するだろうね。だって、学校で習うことはみんなとっくに知っているんだし、それ以上の沢山のことも・・・」
「本当だ!きっと先生たちが無知に見えてきちゃうんじゃないかな・・・」
アミも同感だった。
「もう、普通の子供とは違うんだから、この2人を学校へ通わせるなんてバカげているよ。授業を受けずに試験だけ受けるという手もある。そうすれば、本を書く時間も十分に取れるし、この世界の進歩のために、なにか重要なことも出来るよ」
「うわー!」
それはすごいとばかりに、僕は歓声をあげた。
(でも、誰でもこう簡単に、学校から自由になれるわけじゃないよ。しかもなんの事件も起こさずにね・・・うん、それに、誰もが、宇宙のはるかかなたへ旅出来るわけでもないし、双子の魂に出会えるわけでもないし、僕のようにいいアミーゴ〈友達〉と知り合いになれるほどラッキーでもないけれど)
夜がきて、そろそろアミとさよならしなければならないときがきた。みんな目をうるませていた。
「アミ・・・僕達と一緒に・・・(クスン)・・・いるわけにはいかないの?・・・」
僕はとてもとても悲しくなってしまって、アミに訪ねた。彼は僕達を優しく見て、それから一人ひとりを抱擁すると言った。
「僕はちょっとのあいだいなくなるけど、自分たちの内部を見れば、そこにいつも僕がいることがわかるよ・・・いつもね」
でも、僕達があいかわらず悲しい顔をしているので、アミは叫んだ。
「元気を出して!1年もしないうちに、ビンカの書いた原稿を取りにくるよ。そして、そのとき、キアのほうへひとまわりしにつれていってあげるよ」
それを聞いて、僕達は元気づけられた。
そのあと僕達は、アミの円盤が、どんなふうに遠のいて、小さくなっていくかをながめていた。空の上のほうではなく水平線のほうに向かって、光の点がだんだん小さくなっていった。
感動で胸に熱いものがこみあげてきた。でも一方では、僕達4人の希望に満ちた新しい人生が、まさに始まろうとしていたのだ。
星がちりばめられた夜空は、ほとんど透明に見えるくらいみごとに晴れわたっていた。水平線のあたりから、ピンク色をした光が、まっ直ぐ空にのぼっていくのが見えた。そうしてそこから、花火のようにハート形の火花の房がひろがって、徐々に消えていった。
みんながもの悲しい気持ちになる前に、クラトが叫んだ。
「グッ!」
「どうしたの?クラト」
「わかったよ。なんのために生まれてきたのかが!わかったよ、わしが、いや、わしらがなにをしなければならないかが!」
“ペトゥレ・ポペスク”は喜びに酔いしれていた。
「みんなで、宇宙の法にのっとって、惑星の未来の平和共存を築くためのプロジェクトを用意しよう。そして、それができあがったら、国連に提出しよう」
そしてクラトは笑いながらつけくわえた。
「きっとみんな、わしらのことを頭がおかしいとか異常だとかって思うよ。ホッホッホッ!でも、かまいやしない、戦おう!そうだろう、みんな」
「そうだ、そのとおりだ!」
と、確信に満ち満ちて、みんなが声をそろえた。それから、僕のおばあちゃんが言った。
「その他にも、人類がもっと、自分の内的成長にめざめるようなプロジェクトを用意しましょう」
こんなことを言いだせば、この世界ではとんでもないたわごと”と受け取られるってことを、みんなよく知っていたから、思わず笑いだしてしまった。
でも、おばあちゃんの提案がまた、僕達の世界でもっとも重要で、いちばん必要なことにふれていることもわかっていた。
「そのあとで、未来の宇宙文明との出会いを容易にするプランを提出しましょう」
とビンカがとても感激して言った。そしてみんな、このプロジェクトについて聞いた国連職員が、はたしてどんな顔をするのかと想像して、ふたたび大笑いしてしまった。
「最後に、これはそれほど”たわごと”ではないけれど」
と僕は言った。
「地球上で全く農耕に使われていない土地を刺激する計画だよ。そうすれば飢えや栄養失調も完全に克服できる。だって、今の地球の人口は、60億ほどだ。
人口過剰ってわけじゃないからね。使われていない土地を、現在のテクノロジーでもって有効利用すれば、地球には、幸せに太った人達が、800億も暮らすことが出来るんだ」
「そのとおりだ!」
3人もそれぞれ、自分たちのデータを確認してからうなずいた。
“そうだよ、みんな。足は大地に・・・”
という小さな宇宙人の声を、僕達4人ははっきりと聞いた。
アミは最後に遠隔マイクを使ったんだ。
そして今、
地球だけでなく宇宙を含めた膨大な知識を
同じように持った4人は、
未来に向かって、
素晴らしい仕事への使命感をおぼえながら、
感動と喜びを一杯胸にかかえて、
働きはじめた。
おわり