第6章 春めいたロマンス
最大のネックは、ビンカのおじさんとおばさんが、テリとスワマの夫婦だってことだ。これで捜査の焦点がかなりしぼられる。
役所の記録保管室の戸籍簿で、テリとスワマの組み合わせの夫婦をピックアップして、ひと組ひと組当たっていけばいいんだから。そして、ねらいをつけた夫婦とビンカ(空とぶ円盤の物語を書いた女の子)との関係がわかれば、もうアウトだ・・・。
でも、そうは問屋がおろさなかった。身の危険をかえりみず、政府機関にもぐりこんで働く、我々の友人たちの勇気には、全く脱帽する。
偽テリの仲間から、捜査が終わるまで一時的に、戸籍簿のコンピューターの中にある、二人のデータを消したとの連絡が入った。フーッ、やれやれ。これでついに、悪夢は終わりを告げたんだ。めでたし、めでたし・・・。
と胸をなでおろしたとたん、ゴロとクローカはまた眠りこんでしまった。するとまた、僕達の仲間のテリの声が聞こえてきた。
“この基地の外へ出たら、二人はまた、目をさまします”
続いて扉が開いて、偽テリの二人が入ってきた。
まるで死んだように眠る二人を、みんなで協力してストレッチャーでアミの円盤まで運び入れ、ひじ掛けイスに座らせると、僕達は偽テリたちに別れを告げた。感謝で一杯だった。そして僕達は、ふたたびあの分厚い岩盤をあっさりと通過して(まるで煙の中をくぐりぬけるもどうぜんだった)、ビンカの家を目指した。
サリャ・サリムを後にすると、ゴロとクローカは目をさました。アミは彼らにとくに説明もしなかったし、彼らもなにも聞かなかった。気づいたら突然空とぶ円盤の中にいたっていう人達に、なんの説明が必要だったろう・・・。
当然ながら、生まれてはじめて”UFO”に乗ったクローカは、興奮のしっぱなしで、窓の外の景色に夢中だった。ところがゴロときたら、飛行機とどこが違うんだなんて言って、むっつりしたままだった。アミが山や谷をすれすれにかわしていく超低空飛行をしようと、海深く潜ろうと、いっこうに窓の外を見ようとはしない・・・なんてつまらない人なんだろう!まるっきり子供の心をなくしちゃっているんだ・・・。
僕達の前を、イルカの群れが楽しそうに泳いでいたときにようやくひとこと、
「こんな時間つぶししなけりゃ、はやく家に帰れるのに」
と、つぶやいただけだった。
数分後には、僕達六人はビンカの家のサロンにいた。円盤は視覚不可能な状態で、上空にひっそりと停止していた。
僕達はそこではじめて、ビンカと僕のなれそめ(!)と、二人が今、どれだけひかれ合っているか、だからビンカが地球で暮らせたらいいと考えたことなんかを、ゴロとクローカに話した。それから、今回こうして旅をしているのは、その許しをもらうためだってことも。でも、やっぱり、石頭はそうあっさりとはやわらかくなりゃしない・・・。
「わかった、わかったよ。これまで聞いてきたことのいくつかは、わしも受け入れよう。わしらよりも技術的にずっと進歩した宇宙生命体が存在することや、わしらの国の政府がそうした存在に不信感をもっていながら、その技術にはおおいに関心があること。
それからよその国が先んじてその技術を手に入れないように邪魔していることなんかは、わしももう、疑いはしない。・・・でも、その愛だとかなんとかいったことには、まだまだ議論の余地がある・・・わかった。それもいちおう承諾したということにしておくよ。
クローカまでわしに反対しているようだからな・・・。ただ、これだけはどうしても理解できん。どうしてこの子たちが大きくなるまで待てないんだ?まあ、その”双子の魂”とかなんとかいうバカげたことが、本当の話だったとしたらだが・・・」
ゴロの口調は、嫌味っぽかった。
「もし、おじさんが、クローカおばさんと一年にたったのいちどしか会えないとしたらどう?それでも平気?」
「・・・そりゃあ、平気なわけはないが・・・ウーム、しかたがない、それじゃこうしよう。そのちっこい子が(またまた僕がいちばん気にしていることを言われた)、夏休みの間だけは、ここでビンカと一緒にすごせるようにする。
勿論そのまるっこい耳だとか、まっ黒な髪の毛は、あんたがたの技術とやらでなんとかしてもらうよ。中庭の奥の作業場で寝泊まりしてもらえばいいだろう。
ただし、ビンカと二人っきりにはしないぞ。間違いがあってからでは遅いんだ、わしらでしっかり見はらせてもらうことにする。・・・わしはこれでギリギリまでゆずったからな」
ゴロの不信感の強さには、僕もちょっとだけムッとしてしまった。
だけどアミは言った。
「残念だけど、宇宙間ロマンスだとか、たんなる旅行なんかでは、我々の時間や技術を使うことはできません。
銀河系当局が僕と彼らとのコンタクトをそのつど許可してくれたのは、全て教育という理由があってのことで、僕よりもずっと上のレベルで、ぬかりなく考えた計画内でのことだからです。
計画はあくまで惑星の進化についてのものですから、個人どうしの感傷的な関係の問題は含みません。たとえ僕自身がそうしたくとも、僕が仲介人のようになって恋人たちを運搬するようなまねが、まず許されるはずはないんです」
僕とビンカの”感傷的な”関係なんかは、”上”にとってはとるに足りないものだというわけだ。”上”にとっては惑星の進化だけが大事なんだと、僕は思った・・・。
「もう時間はあまり残ってないけど、どうしても二人に見せなくてはならないものがあります。二人の読者も知っておかなくちゃならないことです。その上で、改めてこの問題について考えることにしましょう」
「銀河系当局には責任があるはずよ。ペドゥリートと私を出会わせて、愛し合わせて、本まで書かせておいて、そのあとは知らん顔なんて、ひどすぎるんじゃないの?」
驚きと疑いといらだちにあふれたビンカの言葉にも、アミは表情を変えなかった。
「当局は、君たち二人がいつか必ず一緒になるように運命づけられていることを、ちゃんとわかっている。それがこの人生でのことか、きたる人生でのことかってだけの違いさ。
彼らは、時間の存在しない次元に、限りなく近いところに住んでいる。彼らにとっては、我々の人生は、ほんの一週間くらいのものなんだよ」
「そういうことは僕達の水準に置いてほしいものだね。困るのは、僕達なんだから・・・でもまあ、しかたないか。彼らはそんなにも”高い”んだから・・・」
さっきのゴロみたいに、僕が嫌味っぽく言うと、
「執着といらだちは、叡智とは対極にあるものだ。成長のさまたげにしかならないんだよ。それから、うやまいの気持ちを忘れちゃいけない。銀河系当局はそういうものをとても大切にしている」
アミの目の色は真剣だった。さすがに僕も反省して、素直にあやまった。
「君たちのような奉仕者は、本来なら、次元の高い意識や忍耐力をそなえているものなんだ。つまり、(ちょっとむずかしくなっちゃうけど)自身の内的存在とうまくかみ合ってるってことだよ。
内的存在というのは、思慮深く、感受性豊かだから、”双子の魂”どうしを結びつけてくれる。
ふたつの魂が、どんなに遠くはなれた惑星に暮らしていようが、生きる時代が違っていようが、そんなことはまるで問題じゃなくなるんだ・・・でも、君たちはほんの子供だから、あたり前なんだけど、まだ内的存在と上手に関係できてない。
せっかく出会えた”双子の魂”どうしが、別々の惑星で生きていくなんて、理不尽だとしか思えないんだね」
「そうなんだ、アミ。僕はまだ、自分の内的存在からずっとはなれたところにいるんだもの。だからこそ、ビンカがそばにいなくちゃならないんだよ」
「ペドゥリート、私だって同じなのよ!」
アミは言った。
「だからこそ、君のおじさんに許してもらおうと、こうして努力しているんじゃないか」
みんなの視線がいっきにゴロに集まったので、ゴロは決まりが悪くなったのに違いなかった。
「わしの目の届かない、遠い別世界ヘビンカを連れて行くための許可をくれだなんてバカげたことを言うのは、もういいかげんにやめてくれ!少なくとも成人するまでは、この話はおあずけだ。
わしはさっき、せい一杯の譲歩をした。あんたがたが、それを受け入れられないっていうのなら、わしはもう知らん。タリキスのように手を洗うことにする(訳注:マタイによる福音書27章24節。総督ピラトが、キリストを十字架につけろとさわぎたてる群衆に困り、手を洗って、彼らに任せたことに対応している)。
昨日と今日は、わしの人生で最悪の二日間だった。そろそろゆっくり休ませてくれんかね。もう遅いんだから、ビンカも自分の部屋に行って寝なさい。全く、こんなのは正気の沙汰じゃない。わが家に宇宙人に出入りされて、まためんどうを起こされるんじゃかなわん。あんたがたとは、これっきりだ。二度と会わないことを祈るよ」
興奮ぎみにそう言うと、くるりと背を向けた。
アミは、ほんとのところ、かなり気分を悪くしていたようだったけれど(それは僕もおんなじだ)、つとめてほがらかに、ゴロの背中に声をかけた。
「ちょっと待ってください、ゴロ。ビンカの地球行きの問題とは別に、まだビンカとペドロを連れていかなくちゃならないところが何か所かあるんです。
本を書くには、いちばん重要な情報が不足しているんです。だから、明日の朝、彼女を迎えにきてもいいですか?暗くなる前には送ってきますから・・・」
「わしはもう、こりごりなんだ。これ以上宇宙人と関わってたまるか。これっきりだといっとるだろう!ビンカ、さっさと寝なさい」
つらそうにこちらをふりかえりながら、ビンカはやむなく、ゴロについて、自分の部屋に向かった。
魂がまっぷたつにされたような気がした。
アミは僕に落ちつくように言った。そして円盤に戻って解決策を考えようと言って、僕とクラトの背中をそっと押した。
直ぐさま、円盤から屋根をつきぬけて、黄色い光がサロンに届いた。光の中に入ると、僕達の身体はスーッと浮かびあがって、円盤の中に吸いこまれていった。
「なんて無礼なやつなんだ。ビスケットはおろか、茶の一杯も出しやしない。ああ、そういえば・・・”ベドゥリート”、おばあちゃんのつくったケーキはどこにある?ああ、ここにあった・・・ムシャムシャムシャ・・・けっこう、ムシャ・・・いけるよ、ムシャムシャ・・・ウクッ・・・ゴックン、ああ食べちゃった・・・でもまだまだはらペコだなあ・・・」
「どうするの?」
僕はほとんどアミをとがめる口調になっていた。
アミはもう、それほど楽観的ではなかった。
「わしの小屋へ行こう、一杯やりながら、あったかい煮こみでも食べりゃ、元気が出てくるっちゅうもんだ」
クラトが、舌なめずりしながら言った。
「アミ、これからどうするつもり?」
こんなに元気のないアミは見たことがなかった。僕ははじめて、アミに人間くささを感じた・・・。そんなアミにプレッシャーをかけるなんて、今思えばかわいそうなことをした。
でも、あのときの僕は、永遠に僕のビンカを失ってしまうかもしれないという不安で、いてもたってもいられなくて、小さな宇宙人のことを思いやってあげられなかったんだ・・・。
「どうしたらいいの!アミ」
「知らないよ!」
とうとうアミが気分を害して叫んだ。
そしてイスに座ったまま、じっと床に目を落とした。
僕の背中に寒気が走った。アミはたしかに神じゃないんだ・・・僕はあのときになってようやく実感していた。アミ自身も言ってたっけ・・・自分たちだって完璧じゃない、事故を起こすこともあるし、その事故で死者が出ることもあるって・・・。
そう、アミにだってうまくいかないときがある。・・・そして僕は、あのときこそが、そのうまくいかないときのような気がしていた・・・。どんな解決法があるだろう?全く思い浮かばなかった。ゴロは頭の硬い、頑固一徹な人なんだ。それはすでに、アミのコンピューターにも出ていたことだった。
「いっそ、ゴロを殺しちまったら!? そうさ、そのへんに殺人光線があるだろう?それでヤツをこなごなにしちまえば、それで全ては解決、バンバンザイで・・・」
アミはなにも答えず、ただジロリとクラトをにらんだ。クラトが、まるでアリくらいに小さくちぢんだように見えた。
しばらくなにも言わずに考えこんでいたアミの顔が、にわかに輝きはじめた。
「あまりにもバタバタしてたんで、うっかりしたよ。とっておきの方法があるじゃないか。ああ、僕もまだまだなんだなあ・・・」
「なになに、アミ?なにかいい方法があるの?」
僕とクラトはいきおいこんで訪ねた。
「簡単なことだよ。神に助けを求めればいいんだ!」
アミはひどく感動しているふうだったけれど、僕は(おそらくクラトも)正直いって、ちょっぴりシラけた思いだった。そんなことで問題が解決出来るとは思えない・・・。どうやらアミは、そんな僕達の内心を読み取ったようだった。
「君たちに言っておくことがあるよ」
「なに?」
僕はつい、そっけない返事をしてしまった。
「神は存在している!」
それでもアミは、確信に満ちてあくまで力づよく、陽気な調子で言った。
「それで?」
「神に助けを求めるんだよ、決まってるだろう」
「やれやれ」
僕の声にもクラトの声にも、あきらめの色がにじんでいた。けれども当のアミは、僕達のほうこそ、なにもわかってないんだと言いたげだった。
「神はたしかに存在する、具体的に存在しているんだよ・・・」
「はあ・・・」
「ここにいるんだよ、ここに。そして、ここでなにが起きているか、ちゃんと知っているんだ・・・」
「ふうん・・・」
「全てに影響を与えられるんだよ・・・そして、我々の信仰をとおして助けてくれるんだよ・・・」
どこまでも気乗りのしない様子の僕達を見て、アミは大きなため息をついた。
「当然ながら、君たちの世界では、恐怖なしでは神を理解できないんだ・・・」
「エッ?どういうこと?」
そのとき突然、円盤がガタガタゆれはじめた。
「故障だ!墜落する!」
とアミが叫んだ。僕達はパニックにおちいった。
「アミ!どうしたらいいの?」
僕はまわりの機械にぶつからないように、イスにしがみつきながら叫んだ。
「どうしようもないよ!」
珍しく、恐怖に顔をひきつらせたアミも叫んだ。僕達は、かなりの高さのところにいた。窓の外の雲が、ものすごいスピードで下から上に流れていった。円盤は落下していた・・・アミが言ってた、宇宙船の死亡事故が、ついに僕達の身の上に起こったんだ。
ああ、これでもう、僕はおしまいなんだ・・・。僕はギュッと目をつぶって、心の中で思わず神に祈った。死ぬ瞬間は痛くありませんように。それから、どうかビンカとおばあちゃんをお守りください。そして次の人生ではビンカの近くに生まれることができますように・・・。
クラトの祈る声は大きかった。
「どうかトゥラスクの世話をしてくれますように。それから畑の世話もしてくれますように。それから・・・」
「そのとき、直ぐそばで大きな笑い声がした。僕は目を開けた。もう円盤はゆれていない。そして大笑いしていたのは・・・なんと、アミだった。
「全く、なんてこった!自分の命が危険にさらされたときだけ、ちゃっかり神に助けを求めるんだから・・・」
円盤はいつもどおり安全飛行していた。僕達に神を思いださせるために、わざとアミがやったんだ・・・。
「死の恐怖を前にしたら、君たちだって必ず神を思いだす。でも、なんでもないときには、まるで無関係になっちゃうんだから、こまったものだよ」
今は、アミの言わんとすることが、はっきりわかった。
「僕達は今、死の危険にさらされているわけじゃないけど、数分間だけ、神に近づこう。そして、我々を助けてくれるように祈ってみよう。くりかえすけど、神は存在しているよ」
僕とクラトは、アミについて、円盤のうしろのほうにある、瞑想するための部屋に入った。そこには小さな光がひとつだけともっていた。
クラトと僕はひざまずき、アミは立ったまま、それぞれ意識を集中させた。僕は助けを求めて祈った。すると突然、なにか胸に重苦しいものを感じた。ビンカのなげきだ。・・・僕の胸の中からビンカのなげきが聞こえてくる!一瞬だけど、ビンカがベッドで泣いている姿が、目の裏にうつった。となりにはゴロとクローカがいて、ビンカをなぐさめようとしていた。
僕は立ち上がった。
「アミ、ビンカが泣いてる!今、僕、ビンカが見えたんだよ!」
「それなら、ビンカはきっと、本当に泣いているんだ。直ぐにモニターで見てみよう」
僕達は慌てて操縦室に戻った。アミが操作すると、モニターのひとつが明るくなった。
・・・僕が見たとおりだった。ビンカはやっぱり泣いていた。激しくしゃくりあげるさまは、一瞬なにかの発作かと思うほどだ。そのとなりではクローカが、とほうに暮れた様子で、ただおろおろと泣いてばかりいた。
ゴロの顔は、完全にひきつっていた。不安で一杯になっていたんだ。僕には、ゴロの心の中が手に取るようにわかった。
ビンカの望みは、ゴロ自身にとっての正しい考えとは相反するものだ。けれども、その望みをかなえてあげなければ、ビンカは死んでしまうのではないか?永遠におかしくなってしまうのではないか?ビンカの強い強い願いと自分の信念とのあいだで、ゴロはゆれ動き、もがき、苦しんでいた。
「これはいいことだ」
アミは明るい表情で言った。その瞳には、希望の光がやどっていた。
「これで、ゴロも心を開いてくれるかもしれない・・・」
「でも、ビンカも死んじゃうかもしれないよ!」
アミとは対照的に、僕はほとんど絶望しかかっていた。
「いや、ビンカは死んだりしないよ。今は君を失うくらいだったら、死んだほうがマシくらいに思ってるかもしれないけど。でもこれは、いいきざしだよ。こんなふうに苦しい思いをすれば、さしものゴロも、少しは思いなおしてくれるかもしれない」
「わかった!わかった!ビンカ!」
突然、ゴロの大声が響いた。ついでビンカの泣き声がピタリとやんだ。そうしてビンカはゆっくりとふりあおぎ、射るようなまなざしをゴロに向けた。その目は、”何がわかったの?ほんとにわかったの?”とでも言っているようだった。
「わかったよ、ビンカ」
「わかったって・・・何が?・・・私、地球へ行ってもいいの?・・・」
「頭がおかしくなったのか?」
「ウワアアアアー・・・!!!」
「静かにしなさい! ビンカ! 静かに!
お前が永遠に地球に行ってしまうことは許可できない。でも、明日、アミと出かけるのは許そう。なにか見てこなくっちゃならないんだろう?それならかまわん・・・」
モニターの向こう側でもこちら側でもシーンとなってしまった。ゴロがそう言いだすとは思ってもみなかったからだ。飛びあがるほどの喜びではないにしても、許可がないよりはずっとましだった。
「どう、見たろう?神が僕達を助けてくれたんだよ。神はいつも、ちゃんと役目を果たしてくれる」
「これで時間がかせげる」とクラトがよろこんだ。
「そのとおりだ!」
僕の声もはずんでいた。
「時間?いったいなんのための時間だ?」
自分で言っておきながら、クラトは不思議そうに首をひねった。
「ウーン・・・ビンカと一緒にいるための・・・それから、少しでも状況がよくなるのを待つためかなあ・・・わかんないや・・・」僕がつぶやくと、
「とりあえず、君たちが行くべきところに行くためだよ。そして運がよければ、その固く閉ざした心を、ゴロがもう少し開いてくれる可能性だってあるんだ!」
アミはとってもうれしそうだ。
クローカの顔にも、ようやく微笑みが戻ってきた。事態が一歩前進したことよりも、大切な少女が少なくとも今直ぐ死んだりする心配がなくなったことに、ホッとしたのだろう。
ビンカのくちびるが、喜びにほころびはじめた。
「約束する?ゴロおじさん」
「約束するよ。でも、ひとつ条件がある」
「なあに?」
「ウム・・・、その・・・あの地球の少年と、不道徳なことはしないっていうことだ・・・」
それを聞いたビンカが笑いだした。僕もおかしくてたまらなかった。僕達はまだ、そのことについてはいっぺんも話し合ったことはなかったけど、僕自身は、そういうことはきちんとしたいと考えていた。
もしもそのときがきたら、ビンカと結婚しようって・・・。だって、そういうことは、ないがしろにしちゃいけないんだ。愛し合う二人にとっては、とっても大切なことなんだから・・・。
あとで聞いたら、ビンカも僕とおんなじような考えをもっていた。なんていったって、僕達はやっぱり双子の魂なんだから。
「ゴロおじさん、わかったわ、約束します」
ビンカはゴロに抱きついて、感謝のほおずりをした。喜びと安堵とで、みんながため息をもらした。そうして緊張がとけて、ビンカの家でも円盤の中でも笑い声が起こった。
“ゴロ、ありがとう。じゃ、ビンカ、明日の朝いつものところで待っている。おやすみ”
とアミはマイクをとおして声をかけた。
僕は地球人とキア人とのあいだで、はたして内密な関係が成立するのかどうか、考えこんでしまった。ひょっとしたら、彼女は別の器官をもっているとか、それが別のところにあるとか・・・。
でも、そんなこと、どうして僕にわかるだろう。そういったことは、ごく最近になって、ほんの少し知ったばかりのところだった。勿論、学校で教わるばっかりじゃない。友達の中には、その手の冗談が大好きなヤツもいたし、そういうたぐいの雑誌を自慢げに見せてくるヤツもいた。
だから僕は、前みたいなまるっきりの無知じゃなかったけど・・・でも、そういうことは、しかるべきときに、しかるべきかたちで、きちんとしたいと思ってたんだ。だって愛の関係なんだもの。
また冗談のタネにされそうな気がしたから、クラトには聞かれたくなかった。僕は、こっそりアミにたずねてみることにした。すると、
「出来るよ」
僕の考えていたことを、アミはすでにキャッチしていた。
「でも、子供はつくれない、遺伝子の修正をしないかぎりはね」
「エッ?いったい誰の話なんだい?」
なんのことやらさっぱりわからないでいるクラトが、アミにたずねる。
僕達はクラトを無視して話を続けた。でも僕は、頭の中だけで、アミにたずねることにする。
“アミにはそういうことが出来るの?”
「子供が欲しいの?」
「わしが?ホッホッホッ!それにはまず奥さんが必要だよ、ホッホッホ!」
“うん、きっと欲しいと思う・・・あたり前の夫婦みたいに”
「それなら、ますますゴロの決断が大切になってくるよ」
クラトは全く気づいてなかった。あいかわらず、アミは自分と話しているものと思いこんでいる・・・。
「エッ!どうしてわしのプライベートな問題に、ゴロが関係あるんだい?・・・」
“もしゴロが、ビンカの地球行きを許可してくれたら、僕達の遺伝子を修正してくれる?”
「伝道師の仕事はかなりいそがしいから、自分の子供の面倒をきちんと見られないかもしれないんだよ・・・」
「伝道師?・・・わしのことか?ウム・・・そのとおり」
“うん、わかった、アミ。自分に耳の先っぽがとがった子供が出来るなんて、すばらしいことだよ・・・”
「ほんとはね、ひとりでも多くの子供が、飢え死にしないことのほうが、素晴らしいんだよ。そうなるためには、この世にはもっともっと愛が必要だし、もっともっと伝道師も頑張らなくちゃならない」
「ウーム、わしもそう思っておるよ。いつか、わしも自分の使命がわかったときには、一生懸命にそのつとめをはたすよ・・・。ところでアミ。そのはらペコのことなんだが、わしの小屋にこないかね?わしゃもう、はらがへってはらがへって・・・」
「それより地球へ行こう。たった今、うれしい情報が入ってきたよ。ペドゥリートのおばあちゃんが、僕達のためにおいしい夕ごはんをつくって待っててくれてるんだ」
「ホッホッホッ!それじゃうまそうなものがあるに違いない。それにかわいいばあさんもいるんだからな。そうとわかれば・・・アミ、いそいでくれよ。ホッホッホッ!」
浮かれきったクラトをながめながら、僕は、自分がまた、やきもちをやいてるのに気づいた。おばあちゃんのこととなると、もうほとんど自動的に、やきもちのスイッチが入っちゃうのかもしれない。こんなことじゃダメだ。おばあちゃんは、僕だけのおばあちゃんじゃないんだから・・・。
「ヤッホー!ペドゥリート、すごいよ」
と僕の心を読んだアミが、よろこんでくれた。
「ありがとう、アミ。僕はただ、おばあちゃんが最後には、からいソースの鍋の中におさまってしまわないことだけを祈るよ・・・」
それにしても、さっきはどうして、泣いてるビンカが見えたんだろう?僕の内部に彼女の姿がうつったんだ。
「だって君たちは愛で結びついているんだもの。そのうえさっきは緊急事態だったから、君たちがお互いにもってる、強い感覚がはたらいたんだよ。ほら、もう君の家に着いたよ」
円盤は視覚不可能な状態で、海岸の近くにある僕の家の上に停止した。太陽はほんの少し前に、姿を隠したばかりで、まだ時間ははやかった。
僕達三人は庭の暗闇におり立った。アミとクラトはとりあえず隠れることにして、僕ひとりが玄胸のドアをノックした。おばあちゃんが出てきたので、僕はとくになんの説明もしないまま、おばあちゃんの耳に補聴翻訳器をつけた。
クラトとしゃべれるようにするためだ。ちょっぴりおかしなアクセントはあるけれど、アミはスペイン語を話せる。それから、僕は二人に合図した。
三人声をそろえて、”ばあーっ、驚いた!?”なあんて言って、僕達は大笑いした。おばあちゃんに会えて、僕達ははしゃいでいた。
それにつけてもクラトときたら、全く礼儀作法がなっていない。誰も見てないときに庭からこっそりつみ取ったらしい赤いバラを手にして、おばあちゃんに近づくと、その耳もとで、
「わしは、宇宙をはるばるこえて、わしの人生の愛を見つけにきました!」
と、大声で言った。そしてまっ赤なくちびるからグイッと歯ぐきをむきだして、せい一杯の笑顔をつくりながら、バラの花をさし出した。僕はなんだか、おばあちゃんがあわれに思えた。食いしんぼうのクラトが、おばあちゃんに食欲を燃やしているような気がしてきたからだ・・・。
ところが、おばあちゃんはちっとも迷惑そうじゃなかった。それどころか、反対にうれしそうな表情でクラトを見つめ、さし出されたバラをよろこんで受け取ると、
「ああ・・・どうもありがとう、なんとご親切だこと・・・さあ、どうぞ、どうぞ・・・これは地球人にとっても、宇宙人にとっても神は神だって証拠だよ・・・」
「そのとおり。神はたったひとつの存在です。全宇宙の、そしてそこに住む全てのものの創造者だよ」
アミの言葉に、おばあちゃんはさらにうっとりと、つぶやいた。
「だから、あたしの願いをかなえてくれたんだね・・・」
「おばあちゃん、どんなお願い?」
と僕はサロンに入りながら訪ねた。
「今晩、みんなと一緒に食事ができますようにってね。神が地球だけのものだとしたら、ペドゥリートはひとりで帰ってきたはずだよ。
でも、ここにこうして、アミとセニョール・クラトもこられた。神は宇宙みんなのものだから、二人についても権限がおありなんだね。・・・おや、それはそうと、あの女の子はこなかったのかい?ビンカにはお許しくださらなかったのかねえ・・・ああ、そうだよ。だってあの娘はまだ子供だから。
聖シリロさま、まだあたしの願いは完全にはかなえられていません。どうか、お聞きとどけください。・・・どうしたのかしらねえ、今までこんなことなかったのに」
「おばあさん、神にお祈りするんじゃなくていいの?」
「そう、でも聖シリロはあたしにとって、神とお話しするための電話みたいなものなんだよ。きちんと奇跡を起こしてくれるんだ・・・」
「どうして神に直接お願いしないの?」
「ダメダメ。神はとてもおいそがしいから、年寄りからの自分勝手な小さな願いごとの電話なんか、いちいち相手にしていたらご迷惑をかけてしまう。でも、聖シリロは神の近くにいて、神がいつお手すきなのかちゃんとわかるから、そのときあたしの願いを伝えてくれるんだよ・・・」
「ブッ!」
アミがふきだした。
「ようするに、人はそれぞれ自分の都合のいいところに限界をおくってことだ・・・でもね、おばあさん。ひと言いわせてもらうけど、神は大きな電話局をもっていて、宇宙にある魂全部からの電話を、いちどに、しかも直接受けることが出来るんだよ」
「あたしだって、それくらい知ってるよ、アミ。でも聖人や天使たちにもなにか仕事をあげたいんだよ。仕事がなくて、自分たちを役立たずなんて思いはじめちゃったりしたら、かわいそうだし・・・」
アミはそれを聞いて大笑いしたけれど、クラトはまじめくさった様子で、うなずいて、
「全くそのとおりだよ、セニョーラ。美しいご婦人のお名前は?」
「リラ、でも友達はみなリリーと呼んでいます」
「リリー、ウム、なんて美しい名前なんだ!ところでここにはなにか精神を高めるものはありませんかな?リリーさん」
「えーっと・・・そうだねえ・・・聖書はお好きですか?」
「では、まずコップに一杯だけ飲んでみて・・・」
それを聞いて、アミと僕はおなかをかかえて笑った。ひとしきり笑ったあとで僕は、クラトはなにか飲むものを欲しがっているんだって、おばあちゃんに教えてあげた。
「ああ、うっかりしてたよ。えーと、セニョール・クラトにはワインを・・・それから・・・」
「どうぞクラトと呼んでくださいな、リリー。もしよろしければ・・・」
「どうもありがとう。それじゃクラトにはワインを・・・二人にはリンゴジュースでいいかい?じゃ、ちょっと待っててくださいな」
おばあちゃんは直ぐに、グラス(リンゴジュースの入った普通のグラスがふたつ。赤ワインの入ったうすくて脚の長いグラスがひとつ)をのせたお盆を手に戻ってきた。
「このワイン、お口に合えばいいんだけど、クラト・・・」
「あなたが選んだものなら、わしの好みに合うに決まってます・・・なんて美しい色をしているんだ!どれどれ・・・この惑星ではどんな飲みものをつくっているんだ?・・・」
クラトは、グラスを鼻に近づけて香りをたしかめてから、ゆっくりと口にふくみ、世にも満足そうな顔で言った。
「ウムムムム・・・うん、うまい!これぞ洗練の味だ・・・肉を食べながら飲むのに最高だ。これはきっと、なにか果物からつくるんだろう?」
「そのとおりだよ、クラト。じゃ、宇宙のよっぱらい旅行はこのへんで終わりにしておこう」
せっかくアミがストップをかけたっていうのに、おばあちゃんはなおも、クラトにお酒をすすめようとした。
「それから食前酒に、シェリー酒を一杯・・・」
「だめだよ、おばあちゃん。食前酒は今飲んだじゃない」
「じゃ、食後に、ハッカ入りのリキュールを一杯。消化にいいからね・・・」
クラトはさしずめ、宝の山をさがしあてた、といった気分だったろう。恍惚とした様子で、
「リリーのような奥さんさえいれば、歯抜けのかわいそうなテリだって、幸せに違いない・・・かわいいご婦人、あなたは再婚を考えていますか?」
「もし、ふさわしいひとがあらわれれば・・・」
おばあちゃんは目をパチパチさせて、色っぽい口調で答えた。
僕の目には、この年寄りどうしのロマンスが、とてもこっけいにうつった。
「いくらなんでもその年で、おばあちゃん・・・」
僕が言いかけるのをアミがさえぎった。
「君がまだ子供だから、おばあちゃんがかなりの年寄りに見えるだけなんだよ、ペドゥリート。でもじつのところ、彼らはまだかなり若いんだよ」
「”若い”!」
アミの言葉を聞いて、僕は驚いた。
「おばあさん、いくつ?」
「エーと、5をちょっと出たところだよ・・・」
でも、おばあちゃんがアミに答えたところで、僕はやっぱり、おなかをかかえて思いっきり笑ってしまった。
「それで、若い、だなんて、ハッハッハッ!」
「まだ、やっと500歳とは!」
クラトがあきらかに、早トチリしておどろいているので、アミは2人に、キアの1年は地球の20年に相当すること(だからキア人は、地球人の20倍はやく年を取ること)を説明した。
そうしてわかったことは、クラトは地球年齢でだいたい60歳。おばあちゃんは50歳だから、2人の年齢差はさほどでもないということだった。
「僕はクラトのこと、70歳くらいかと思ってたよ」
と正直におどろいてみせると、クラトはいささか不満げに、
「それはどうも・・・ベドゥリート君はいくつ?」
「12歳」
「そんなに!わしはまた、てっきり8歳くらいかと思っていたよ・・・」
僕はすごく頭にきた。
「ケンカしないで」
とおばあちゃんがあわてて仲裁に入った。
「さっ、食堂へ行きましょう」
食堂へ入ったとき、僕は家を間違えたのかと思った。
あれはまるで祝宴の席のようだった・・・レースのついた白いテーブルクロス、ごくごくうすい高級そうなグラス、刺繍の入った布のナプキン、火のともされたろうそく、花、それにきれいな色の模様が入った沢山の小さなお皿・・・。
“信じる”って、ほんとにすごいことなんだ!あの日のおばあちゃんは、まさに”信じる”ということを実践していた・・・。お客さまがくるなんて保証はどこにもなかったのに、あれだけの用意をして待っていた。そして、ほんとにアミとクラトはやってきたんだから。
「おお。これは素敵な食卓ですな、リリー」
「どうもありがとう、クラト。あなたたちのためだったら、出来るかぎりのことはします。宇宙人を夕食に招待出来るなんて、誰にでも出来るわけじゃない。なんてあたしはラッキーなのかしら・・・さ、チキンがオーブンで待っているわ」
「チキン!ひょっとして、このテーブルで今から、共食いの儀式がはじまるってことなのかな、おばあさん?」
「アミには野菜サラダを用意したよ・・・」
「ありがとう。そのご配慮には感謝するけど、僕、同席するのがちょっぴり苦痛だよ。・・・こんがり丸焼けになった同胞の身体が、ナイフとフォークでみるみる解体されていって、しまいには誰かの口の中に入る・・・そんなの見ていたいかい?」
「おやまあ、ニワトリはあたしたちの同胞なんかじゃないよ」
「僕にとっては大切な同胞です。そしてそれは死骸なんだ。あなたたちは、そろいもそろってネクロファゴ(訳注:スペイン語で死肉を食べるという意味)だよ。ウワ~ッ・・・ああ、せっかくの夕食の席で、あんまりみんなをシラけさせるもんじゃない。食欲がないからって、どうか僕を責めないでね」
「心配はいらんよ、アミ。この動物はきっとうまいし、奉仕の心を忘れておらん。わしらに食べられるのが幸せなんだよ。この動物にとって、わしらは神さまなんだからね。ホッホッホッ!」
アミには、クラトのたちの悪い冗談が、ちっとも面白くなかった。
「じゃ、どこかの神が君を食べたとしたら、それで幸せかい?クラト」
「勿論!ウジ虫に食べられるより、神さまに食べられるほうがずっといいさ・・・身にあまる光栄、幸せってもんだ!」
とクラトはなおも大笑いだ。みんながそろってテーブルにつき、クラト老人が、今まさに、こうばしくキツネ色に焼けた鶏のもも肉にかぶりつかんとしたとき、アミが言った。
「飢えを知らない人生を願うのなら、まず、この神の恵みに感謝しなくてはならないよ」
「カミサマアリガトウイタダキマ~ス」
はや口でつぶやくや、クラトは大口を開けて、鶏にガブリと食いついた。”カチッ”という音が聞こえて、クラトが悲鳴をあげた。
「イテテテテー!!中に石が入ってるよ、歯が折れたかもしれん・・・」
「感謝が足りないからそんな目にあうんだよ」
アミがいたずらっぽく言った。
「今かじったのは、骨だよ、クラト。そのまわりの肉だけ食べるんだよ」
でも僕がそう言うと、アミはもうたまらないといった様子で、
「ウワ~ッ!もうこれ以上、死体解剖の話はしないで~!」
顔をそむけながら、叫んだ。
僕にとって、あれはいわば、”神聖なる晩餐”という感じだった。あの席は、”うれしいはじめて”が一杯だったからだ。
たとえば、アミが僕の家で夕食をとる。クラトも一緒だ。それから、僕のおばあちゃんが”惑星交流”の仲間入りをして、そのうえ、新しいロマンスもめばえかけている。たしかに祝宴だったんだけれど・・・僕は、心の底からおめでたい気分にはなれなかった。
だって、ビンカがいないんだもの・・・。そして、ビンカのおじさんが頑固なばっかりに、僕達二人の未来には、暗雲すらたれこめはじめていたんだから・・・。
それをキャッチしたアミが、おばあちゃんに僕の悩みを説明してくれた。
「まずは信じることだよ、ペドゥリート。そうすれば必ずうまくいく。明日になったら、あたしゃ直ぐ、あいてる部屋にビンカのためのベッドを用意することにしたよ」
ひとつ屋根の下に、愛する人が暮らす・・・考えただけでもあまい気持ちになってしまうけれど、僕は自分自身をいましめた。そう、足はしっかりと、疑いと現実の地面につけておかなくちゃいけないから。
「あんまり夢を見ないほうがいいよ。おばあちゃんは知らないけど、ゴロってとんでもないヤツなんだから・・・」
「あたしは知らないけど、神がごぞんじだよ。ときに神は、わざと障害を置いて、あたしたちの信仰心をおためしになる。
あたしたちは、その試練のおかげで強くなれるんだよ。それに、大丈夫。愛する二人をいちど一緒にさせてから、それをひきさくなんて意地悪を、神がおやりになるわけがないもの。渇きをおあたえになったら、近くに水を置いてくださるものだよ・・・」
アミの腰のベルトについている機械が、突然”ビーッ、ビーッ”と鳴りはじめて、おばあちゃんの話を中断した。
「緊急事態だ!」
顔色を変えたアミが応答した。
「もしもし、エッ・・・いつ?・・・じゃ、直ぐそっちに行く!」
「どうしたの?」
「こまったことになった。直ぐ円盤に戻ろう」
「どうしたの?」
「PP(政治警察)がビンカたち三人を、いきなり装甲別棟に連行したんだ・・・」
「エッッ!」
「グァッ!なんてこった!もうちょっと年寄りだったら、わしは心臓まひを起こしたところだったよ・・・」
「でも、どうして・・・誰も知らないはずなのに!・・・」
「運の悪い偶然だよ」
玄関口に立ち、リモコンを操作して黄色い光が届くのを待ちながら、アミは僕達に説明した。
「精神科医のところから、ゴロとクローカを連行したPPのひとりが、たまたまゴロの薬局の近くに住んでいて、ゴロの顔に見おぼえがあったらしい。
そこから調べをつけていったら、三人の身元が判明した。で、ゴロの一家が寝ているところに踏み込んで、緊急逮捕となったわけだ。でも、心配しないで。助けだす方法はあるからね」
「本当に?・・・」
「本当だとも。だから僕を信じて。じゃ、行こう、光の中に入って」
「アミ、あたしにもなにか手伝えることはないかい?」
「大丈夫。おばあさんは、ここで僕達のことを待っていてください」
だまってそのやりとりを見ていたクラトが、ボソリと訪ねた。
「わしは、リリーとここにのこることにしてもいいかね?…」
アミはしばらく思案しているふうだったけれど、やがて、
「わかった。でもどのくらいかかるかわからないよ・・・」
アミだって完璧ってわけじゃないことくらい、僕はもう、ちゃんとわかってる。だからあのとき、ひょっとすれば永久に、この地球に帰ってこられなかったかもしれないんだ・・・。
「・・・それから、このへんをとおりかかった地球人に、うっかりそのとがった耳でも見とがめられて、警察に通報されたりしたらたまらないからね。ただでさえ、キアで大変なんだから、せめて地球では、問題なしでいきたいよ。じゃ、クラト。僕と一緒に円盤にきて。その外見を少し変えることにしよう」
「うおーホッホッホ!・・・」
クラトはもう大喜びだった。そりゃ僕だって、クラトがいったいどんな地球人(!)になるものやら、おおいに興味がある。でもやっぱり、ビンカが心配で、クラトみたいにはしゃいだりはできなかった・・・(だからといって、アミを信用してないなんてことは、絶対なかったけど)。
これからいちど、三人で円盤に戻るけれど、十分したらまたここにくることを、おばあちゃんに言いおいて、僕達は円盤に向かった。円盤につくと、アミはコンピューターを操作しはじめた。スクリーンに、クラトの姿が立体的に現れた。
「オッ!このひとはずいぶんわしに似とるなあ!・・・わしよりずっと年寄りだが」
「これはクラト自身だよ。自分がそんなに年寄りに見える?」
と僕が言うと、クラトは驚いたようで、
「おお・・・じゃ、直ぐにこのくたびれた、古い皮膚を新しくしてくれよ、アミ」
アミは言葉でコンピューターに指示を与えていた。
「地球の白人種のモデルを使おう」
アミがそう言うと、スクリーンの中のクラトの顔が、いきなり”地球の白人ふう”に変わった。それは、たしかにクラトなのに、なぜか地球人にしか見えない。
「どう、クラト?この顔、気に入ったかい?」
「ウム・・・もうちょっと若くしてほしいな・・・出来るかね?・・・」
「ウーン・・・ほんとはしないほうがいいんだけど・・・じゃ、ちょっと”上”に聞いてみるよ・・・」
アミがボタンを押すと、しばらくして、なにかの記号らしきものがスクリーンに現れた。
「許可が下りたよ」
「おお、そうかい!よかったよかった」
「きっと同情したんだよ」
「わしに?」
「いや、ペドゥリートのおばあちゃんに。あんまり年寄りじゃ、つりあわないからね、ハッハッハッ」
「ホッホッホッ!そりゃそうだのう・・・それはそうと、アミ。はやくこのハンサムなわしのお肌を、ピーンとのばしてくれんかね?」
「少ししわをのばして」
アミがコンピューターに指示を出すと、クラトの肌に、みるみるハリが生まれる。
「そう、そう、もう少し・・・」
「ここまでだよ、クラト」
「そんなこと言わずに・・・じゃ、この白髪をもう少しピンク色に」
「黒でしょ?・・・」
「ああ、そうそう、このあたりじゃ、かみの毛はピンクじゃダメなんだっけなあ」
「かみの色を二段階暗くする」
すると、白髪が少し黒くなった。でも、クラトはそれでは満足しなかった。
「五百段階、黒くできない?」
「これで十分。ああ、そうだ、目の色は紫から青に変えよう。よーし、ここでストップだ。素晴らしい」
アミがストップをかけると、クラトは直ぐにスクリーンと同じ人になった。どこから見ても地球人そのもの。かなり若々しい感じの五十代、といった風貌だ。
「痛くはないのかね?アミ」
「もう、おわってるよ、鏡を見てごらん、クラト」
「グォー!ホッホッホッ!・・・でも、なんかおかしくないかね?」
「いや、とっても素敵だよ、クラト」
僕はクラトをはげましてあげた。
おばあちゃんの待つ家に向かって、黄色い光の中をおりていきながら、アミが、
「あとでこの惑星の服を、どこかで調達してきてあげるよ」
とクラトに声をかけた。おばあちゃんは、クラトのイメージチェンジを、とっても気に入ってくれた。
「まあ、なんてハンサムで若々しいんでしょう・・・クラト・・・」
「ホッホッホッ!出来る範囲でカッコよくしてもらったんだよ、リリー」
「じゃ、僕はペドロと行くよ」
「ああ・・・アミ、お願いなんだが、キアに行ったら、わしのトゥラスクを見てきてくれないか?今日はいちにちじゅう、なにも食べておらんのだよ」
「わかった。でも、あんまり早くは戻ってこられないと思うよ・・・」
「あたしには、アミとペドゥリートが、今晩中に、今度はビンカも連れて戻ってくるって、ちゃーんとわかってるさ。
聖シリロがあたしの願いをかなえてくれなかったことは、いちどだってないんだ。だから二人も、それを信じて頑張るんだよ。ビンカの分も、夕食は片づけないで、起きて待ってるから」
おばあちゃんは、本当には、事態の深刻さがわかっていなかった。アミの目には、一瞬あわれみの色が浮かんだけれど、直ぐにおばあちゃんをがっかりさせまいと、
「おばあさんの言うとおりさ。だから万が一、僕達の帰りがちょっとくらい遅くなってもたぶん一日か二日。
ウーン・・・もしかして、もっとになっちゃうかもしれないけど、心配しないでね。神が僕達をみちびき、守ってくれてるんだから。必ずビンカと三人で帰ってくるよ」
おばあちゃんは深くうなずいて、なおも断言した。
「そうだよ。くりかえすけど、あなたたちは、必ず今晩中に帰ってこられるよ」
「そうだよ、絶対帰ってくるさ!」
わざとらしいくらいの明るさで、みんなが叫んだ。現実は、どう考えたってきびしすぎる。
そんなことは、みんなとっくに承知していたけど、悲しい別れだけはしたくなかったんだ。・・・だけど別れの抱擁をしたときには、誰の目からも涙が流れていた。
>>>「アミ 3度めの約束」第7章 PP(政治警察)の地下牢