宇宙人アミ

「アミ 3度めの約束」第5章 サリャ・サリム

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第5章 サリャ・サリム

僕達の乗った円盤は、キア星の山岳地帯に向かっていた。

アミは誰かとマイクで話したあと、やがて円盤を大きな山に向けて、一直線にとばした。そのスピードはすさまじかった。山が、大きな岩塊がどんどん目の前に激しくせまってきた。

「キャー!ぶつかる!」
驚きのあまりビンカは絶叫していた。クラトも同じだった。

「ストップ!ストップだ!こんなに若くしてわしゃまだ死にたくない・・・ホッホッホッ!」

「怖がることはないよ。今からこの山の内側に入るけど、心配は無用だからね」

アミは平然と言いはなったが、もう惨事は絶対に避けられそうになかった。あとほんの数秒で円盤は岩山の山腹の斜面に激突する!僕達三人は覚悟を決めて目を閉じ、無意味にも両手で顔をおおった・・・。

・・・でも、なにも起こらなかった。
おそるおそる目を開けた。

窓の向こうにひろがる風景を見たとき、僕は口がきけないほど驚いた・・・。

アミはやや興奮ぎみに言った。
「さあ、着いたよ。サリャ・サリムという名の都市だ」

僕達の円盤は、大きな飛行場に静かに停止していた。まわりには、いろいろなタイプの円盤が停止していた。

遠くのほうには、前の旅で文明世界へ行ったときに見たのととてもよく似た、大きな未来建築物が見えた。透明で小さな円盤がいくつも、都市の上を思い思いの方向に向かって飛んでいく。いったいなにが起こったのか、僕には全くわからなかった。だって、ああいう建物は文明世界に属するものだったはずなのに、だけどそこは、未開世界の惑星、キアだったんだから・・・。

「ここはキアじゃないわ!」
ビンカが叫んだ。

「勿論、キアじゃなかろう。山にぶつかったショックで、あの世にでもきちゃったのかもしれんな。ホッホッホッ!」

もうちょっとで死んでいたかもしれないようなときでも、老人はユーモアを忘れなかった・・・。

「クラト、我々は、どんなものとも衝突しなかったよ。あの岩盤を通過して、山の下のずっと奥に隠されているこの基地にきたんだ。ここはキアの地中深くにある、惑星内部の基地なんだよ。

ここにくるための秘密の入口がいくつかあるんだけど、さっき、そのうちのひとつをとおってきたんだ。勿論岩盤のような硬い物質を通過するには、円盤の振動数をあげなきゃいけないけどね」

僕は頭の上を見あげてびっくりした。だって、今、僕達は、地中深いところにいるんだから、そこには当然、空のかわりにまっ黒な岩盤があるはずだった。

でもそうではなく、本当の戸外にいるのとなんら変わらない美しいブルーの空がひろがっている。そして、光り輝く太陽もあった・・・。

「本当の空じゃないんだ、ペドゥリート。これは人工的につくられた丸天井で、このずっと上にある外の空を投影しているんだよ。外が晴れていれば、ここも同じように晴れる。夜も全く同じなんだ。でも、分厚い岩の層で保護されているから、外のような危険はないんだよ・・・」

でも、もしこの重い岩の”空”が崩れてきたら・・・。僕は想像しただけで、とても不安な気持ちになった。

「保護されている?」

ビンカもやはり不安そうな顔で”空”を見まわした。

クラトもやはり、どこか落ちつきがなかった。心配そうな面もちで”空”を見あげている。アミはそんな僕達を、面白そうに見ていた。

「またおどろいているんだね。うん、山が崩れてきて、生き埋めになっちゃったらって・・・なるほどね。でも、ちょっと考えてごらん。この丸天井をおおっている物質は、外の風景をうつしだすだけじゃなくて、落盤を食いとめる役割も果たしているんだ。数キロにもわたって丸天井をおおいきっているし、厚さは1メートルもあるんだよ・・・どう、少しは安心した?」

「たった!たった1メートル?それじゃ壊れちゃうよ!」

と三人とも死ぬほど怖くなって言ったけど、アミはそんな僕達を見て、ただただ笑って、

「それは取りこし苦労っていうものだよ。君たちの惑星にある原子爆弾でも、この物質を1ミリだって壊すことはできないんだからね。それに見てごらん。丸天井は卵形になっているよね?卵形っていうのは、自然の中でいちばん耐久力のある構造なんだ。卵をクギでつぶそうとしてみたことってあるかい?」

「うん、僕、やったことある。でも、できなかったよ」

「それに、ここは外よりずっと安全なんだよ」

「どうして?」

「ここは全てが自動的に調整されているから、天候の変化にも、気温の高低にも影響されない。隕石や大竜巻や風の危険もない。それに太陽の紫外線や放射線みたいな有害物質も届くことはない。そのうえ、テリはこういう基地があるなんていうことを、夢にも思ってないんだよ」

落ちつきを取り戻したビンカは、僕達が三人とも知りたがっていたことを訪ねた。

「ここはどこなの?どうして、沢山の円盤のある別世界の都市が、私の惑星の中にあるの?」

「こういった基地とか小さな都市は、進歩の度合いによらず、人間のいるところならどの世界にもあるんだよ・・・」

「じゃ、地球にもこれと同じような都市がひとつくらいはあるの?」

僕の好奇心は、もう抑えがたいくらいにふくらんでいた。

「ひとつどころじゃないよ、ペドゥリート。そして・・・」

アミが説明し終わる前に、窓の外に恐ろしいものが現れた!直ぐ隣りに停止した円盤の中から、巨大な二人のテリが、やはり円盤の中にいる僕達のほうをじっと見ていたんだ。

「アミ、テリよ!見て!」ビンカが叫んだ。」

一方、クラトは全く理解できないといった様子で、頭をかいていた。アミだけは落ちつきはらって、機嫌がいい。

「そう、テリだよ、ビンカ。でも、友達のテリだよ。僕が彼らに助けを頼んだんだ。さあ、外に出て、彼らに挨拶しにいこう」

「ウーン・・・僕はここで待っているよ・・・」

と僕は言った。だって、あの怪物に(たとえ、親切でにこやかな感じに見えたとしてもとても)とても近づく気分にはなれなかった。それにどうもしっくりこなかった。だってさっきアミは言ったばかりじゃないか・・・テリはここを知らないって。

なんでこの高度に発達した宇宙人の秘密の都市にまで、野蛮なテリなんかが入りこんでいるわけ?アミは操縦席から立ちあがりながら、説明した。

「彼らは本物のテリじゃなくて、文明世界の人達なんだよ。でも、未開惑星のキアで働けるように、外見を変えてあるんだ。だから君たち、心配しなくてもいいよ」

それを聞いてホッとした。そのあとで、アミは僕達に”ふろ”に入るように言った。例の部屋のことだ。彼も一緒に入った。

「ペドゥリートとクラトには昨日も説明したけど、この部屋では、僕達の皮膚や服についているウイルスだけじゃなくて、身体の中にいるウイルスまで殺菌するんだよ。僕達が知らずにウイルスをもちこんで、ここで問題を起こさないようにね。

惑星の内部に住むほうがいいというのも、ひとつにはそれなんだよ。生態系はずっと保護されていて、コントロールしやすい。君たちの惑星の表面には、なんとまあ沢山のウイルスがうようよしていることか。君たち、それを見たら本当にびっくりするよ」

“ふろ”から出て、準備が整うと、僕達は毛むくじゃらの友達に挨拶をしようと、円盤を降りた。ちっちゃなアミが巨大なテリたちと、陽気に再会の挨拶を交わしているさまは、全く見ものだった!

偽テリは、アミになにか特別な親愛の情を示していたようだった。アミは彼らに、僕達のそれぞれの名前とか、なにをしているかを紹介した。彼らはそれを聞くと、握手のかわりに腕を肩の高さに水平に伸ばし、手の平を僕達のほうへむけてから、それを心臓のあたりへもっていった。

彼らはとっても奇妙だった。だって緑色の体毛や巨大な歯は、間違いなくあの野蛮なテリのものなのに、眼差しや笑顔には、善意や喜びや知性があふれているんだ。どうしたってへんてこな感じだ。本物のテリが見たら、きっと直ぐに見破っちゃうんじゃないかと思った。

「大丈夫さ。テリには君のような感受性がないから、眼差しの奥にある善意にも喜びにも知性にも気がつかない。テリには視線は視線としかとらえられないから、我々の友達は危険な目にあうことはないんだよ、ペドゥリート」

僕の気持ちを読んだアミの説明を受けて、偽テリの片方が微笑みながら言った。

「いやいや、この仕事を続けていくのは、君が考えているほど優しいものじゃないよ。知ってのとおり、テリは自分の怒りの感情をうまくコントロールできない。突然爆発してしまう怒りには、テリ自身、手を焼いているくらいなんだ。

それに少々偏執病の気があるから、妄想にとりつかれた幹部が、『オレにつきまとってくるアイツを殺せ』なんて、理不尽な命令をくだすのもしょっちゅうさ。そういうテリにまぎれて働くっていうのは、容易なことじゃない。

PP(政治警察)、とりわけVEP(惑星外生命)を調査するなんて仕事はなおさらだよ。毒ヘビの巣に放りこまれたも同然さ・・・でも、だからこそ、我々にとっては大きなやりがいのある仕事といえるんだけれどね」

「彼らは、キア星外生命、つまり宇宙人の調査の仕事の政府顧問をつとめているんだよ。あの恐ろしいPPに属しているんだ。本当は我々の側だけどね」
とアミが笑うと、

「そう、僕達はスパイなんだよ」

もう一方の偽テリも愉快そうに言った。僕は彼ら二人に尊敬とあこがれの気持ちをいだいた。彼らの仕事に比べたら、ただ本を書いてるだけのビンカや僕の使命は、なんだかいかにも、子供のお遊び、みたいだ・・・。PPに入りこんでまで奉仕に身をささげるなんてカッコいいけど、でも、本当に危険そうだな・・・。

「そのとおりだよ。もっとも攻撃的で、もっとも愛から遠いところにいる人達にかこまれてね」

アミが僕の考えていることをキャッチした。それから続けて、
「でも、君たちの仕事を過小評価しちゃダメだよ。君たちだって、天使と聖人にばかりかこまれて生きているわけじゃないんだから。

君たちの本にはまた、独自の役割がある。平和と兄弟愛にあふれた、分裂を知らない世界、ただひとつの世界をつくりあげるために、君たちなりのやり方で貢献してくれているんだよ。

君たちの書いた本がもっともっと沢山の人に読まれて、こうした考えがもっともっとひろまっていけば、暴君はやがて、確実に、世界からしめだされるようになるはずさ」

アミの言葉を聞いて、ビンカも僕も恐怖で一杯になった。

「それはつまり、僕達は、”ドラキュラ”のブラックリストにのっているっていうことなの?・・・」

アミも二人の偽テリもそれを聞いて笑いだした。

「本当に人類のためにつくそうと思っている人達は、当然、暴君の”ブラックリスト”にのっている。もし、奉仕にそうした危険がともなわなかったら、きっと”奉仕者”の数はもっとずっと多くなるはずなんだけどね・・・」

アミの言ったことは正しいと思った。大きな流れに逆らって行動する覚悟のできている人は、決して多くない。たとえ、その大きな流れが断崖絶壁のほうに向かっていたとしても・・・。

「でも、ちっとも恐れることはない。たしかに暴君は、人の心の中をねぐらにして大きくなっていくネガティブな力のことだ。でも、そこには暗闇だけがあるんじゃない。光の力、つまり愛もある。宇宙に置いてどちらがより強いかは、君たち、わかっているよね?」

「勿論だよ、よかった(ホッ)・・・」

「君たちはいつも保護されているんだよ。それを忘れないで。それに残念ながら、君たちはまだ、こうるさい奴、くらいの存在でしかない。暴君はもっと大きな仕事でいそがしくって、”蚊”にかかずらってる暇はないんだ。

戦争、麻薬、汚職・・・人々の中に憎しみやいがみ合いや暴力なんかを引き起こさなきゃならないからね。この二人はテリの中で働いてはいるけど、怖がってはいない。愛の保護を受けていることを、きちんと理解しているおかげだよ」

「すごいよ。あんたたちはチャンピオンだ」

クラトは感にたえないといったふうに、
「それにあんたたちとわしとは同業者だよ。わしも世界大戦のとき、ロスタスの中にいたマルムボ軍のスパイだったんだ。この素晴らしい出会いを祝して、一杯やらんかね?戦争のてがら話でもしながら」

「スワマが戦争に?」
信じられないといった感じで、偽テリのひとりが聞いた。

「わしは今でこそスワマだが、以前はテリだった。あんたよりもずっと背が高くて、かっぷくがよかった。人はみな、わしのことを”ムダニアの恐怖”と呼んだものだったよ。ホッホッホッ!」

「クラト、ムダニアの戦争に行ったの?」
驚いたビンカが訪ねた。

「そうとも、”パラモスのケンタウロス”として知られておった。みんな、わしに出会うと、とたんにかしこまって道をよけたもんだ・・・うかつにもそうしなかったヤツは、ホッホッホッ!地獄にはそういう礼儀知らずがウヨウヨしているよ」

「じゃ、あなたはものすごい年寄りということになる。ムダニアの戦争は遠い昔の、ほとんど先史時代のことだから・・・その戦争へ行った人で、まだ生きている人がいたとは知りませんでした」

「まあ、わしはほんの子供だったがな。わしは”危険な子供”とも呼ばれていたよ。ホッホッホッ!」

アミはあきれかえった様子で、クラトの話をさえぎった。
「クラト、嘘はもうそのへんにしといてよ。クラトのひいおじいさんだって、その戦争が起こったときはまだまだ小さかったんだからね。

時間を無駄にしている場合じゃない。ビンカのおじさんとおばさんは、PPにつかまったままだ。なんとか助けださなくては・・・はやく手を打たないと、事態はますますややこしくなっていくよ」

すると突然どこからか、透明な乗りものが飛んできて、僕達の直ぐ近くに止まった。人は乗ってなかったので、直ぐにハイテクでオートメーション化されているのだとわかった。

僕達に中に入ってくださいとでも言わんばかりに入口の戸がウイーンと持ち上がった。
クラトはあいかわらずとぼけた調子で、いるはずのない乗りものの運転手をさがしはじめた。

「隠れたってダメだよ。そのへんにいるのはわかっているんだから・・・」

「クラト、いいかげんにバカなことはやめて、はやく中に入って。ビンカ、ペドロもだ。これから、ここにいる親切な友達とじっくり話すのにふさわしいところへむかうよ」

「勿論、一杯やりながらね」
クラトはさもうれしげだ。

「サリャ・サリムには、アルコールはないんです」
明な乗りものに乗りこみながら、テリのひとりが笑顔で言った。

「アルコールがないって?・・・じゃ、ここはキアでいちばん退屈なところじゃないか!・・・酔うこともなしで、心を楽しませるには、いったいどうするんだね?」

「我々はいつもよろこんでいます。でも、内的存在は時々、我々の魂がより完璧に近づくようにテストをするんです。そのときは精神を鍛えるために別の方法を使います。たとえば、呼吸法や瞑想などです。またこういった方法を通して内的存在とのコミュニケーションをはかるといったこともします・・・」

それを聞いたクラトは、大きく目を見開いて、感じ入ったように言った。
「この人たちは、テリの姿はしているけれど、たしかにテリじゃない」

透明な乗りものは、地面からあまり高くないところをゆっくりとんでいた。そうしてキア星のもっとも重要な地底都市、サリャ・サリムの中心部に向かっていた。

高いところから見渡すと、地下の文明世界はとても静かな感じだ。あのオフィル星にもよく似ていた。もっとも面積はとても小さかったけれども。そして文明世界の常として、人々は移動するのに空を使っていた。

ここでは、大部分の人はスワマのような先っぽのとがった耳をしていたけれど、皮膚は彼らのようにピンク色ではなく、オリーブ色をしていた。髪の毛や目もずっと暗い色をしていた。身長はテリくらい高かったけど、テリのように、緑色の体毛がモジャモジャはえていたりはしなかった。

「私達は元々、今ここで、いちばん多く見られる人種に属しているんだ」
と偽テリが、窓の外を指さした。いろいろな人種の人達がいた。でも、誰もが真心を込めて働いている点では、みんな同じだった。

僕は気がついた。進化のレベルが上がっていくと、それに反比例して、分裂・分離・偏見・国境・猜疑心・恐れ・暴力といったものが消えていく・・・例えるなら、心のハードルがどかされるんだ。

だから、ここではきっと、人種なんてものは、あんまり意味がないんだろう。同じ人間としての連帯感さえあれば、多少見かけがちがっていたって気にもならないはずだから・・・。アミは、僕の考えていたことをキャッチしていた

「そのとおりだよ、ペドゥリート。我々の意識が成長するにつれて、そして人生をより深く理解していくにつれて、一人ひとりの外見なんてものは、さほど重要ではなくなってくるんだよ。

人がどんな顔かたちをしていようと、髪や目や肌が何色だろうと、そんなものはもうどうでもよくなって、ただ、内的なもの、我々を結びつけているものについて、より深く把握出来るようになっていくんだ。そうやって少しずつ、自分たちの心を開く美しい技術を学んでいくんだよ」

僕は横に座っている巨大な(偽)テリを見た。はっきりいって、かなり臭かった。ちょうど、ずっと前に行った動物園にいた、クマのような臭いだった。

でも、僕は勇気をだして、巨大な歯や筋肉や体毛といった、直接に目に見えるものの、さらに奥に隠れているものを見ようとした。小さな努力をして、そう、僕の仲よしの友達を見ているようなつもりになって・・・。

すると、数分後には彼の体臭は少しも嫌じゃなくなり、ずっと前に飼っていた、かわいい子犬の臭いを思いだすようになった。隣りの偽テリは、僕の考えていたことをいくらかキャッチしたんだと思う。だって彼は、輝いた瞳で僕を見つめて、せい一杯の親しみをこめた笑顔をつくり、僕のひざを優しくつかんだからだ。

僕はそのとき、またひとつ理解できた。愛があれば、人と人とを分裂させてしまうどんな見かけの違いだって(そうした違いはごく表面的なものなんだ)乗り超えられるんだってことを。

「だって、全ての生物は愛の神の創造物であると同時に、そのあらわれでもあるんだからね、ペドゥリート。全てはみな同じ起源をもち、同じ運命をさずけられているんだよ」

「テリでさえも」
もうひとりの偽テリが、そう言って微笑んだ。クラトがすかさず得意の冗談をとばした。

「そう、でもテリをつくったとき、神は普段よりかなり飲みすぎていた。そして酔いがさめてからつくったのが、スワマなんだよ。ホッホッホッ!」

「フン!」
アミは、クラトの冗談が気に入らなかったみたいだ。

ビンカが話題を変えて、
「この街、あまりにぎやかじゃないわね・・・」

と言うと、僕の隣りにいた偽テリが説明をはじめた。
「この都市の施設の大部分は地下にある。でも、厳密にはここは都市というよりは、仕事をするための基地といったほうが適切だと思う。だから、ここに住んでいる人はみなそれぞれ、特定の分野のプロなんだ」

「で、この基地の目的はなんですか?」

建物の屋上に大きなパーキングがあった。機体はそこに向かって下降していった。僕の質問にはアミが答えて、

「ここでは宇宙親交の仲間たちが協力して、キアの社会発展を監督しているんだ。この二人が属している文明社会がこの仕事を担当しているんだけど、他にもさまざまな文明社会から専門家がやってきていて、これに協力している。

でも、この仕事に関わっている人達は全員が、キアと性格のよく似た惑星からやって来たことで共通しているんだ。つまり、同じような重力があって、大気の主成分は酸素で、有機物で出来た人類が、社会生活をいとなんでいるような惑星だよ。そのほうがなにかと都合がいいからね」

「ということは、アミ、同じ”親交世界”に属していても、惑星によっては、全く違った環境もあるってことなの?」

「勿論違うよ。ひと口に文明世界といってもそれはもうさまざまで、そんな沢山の惑星が集まって宇宙親交を形成している。我々”親交世界”の仲間には、キアや地球の魚のように、水の中に住んでいる人達もいるんだよ」

「そういう人達は僕達みたいな身体つきをしているの?」

「とんでもない。だって我々の身体は、水の中じゃなくて、陸上で生活するようにできている。だからヒレやエラはなくて、地上を歩けるように足があるんだよ。それに我々の身体は水の中を進むようにできていない。水の抵抗がありすぎるからね」

「じゃ、知的な存在で、おかしな身体つきをしているのもいるってこと?・・・」

「ハッハッハッ!彼らがそれを聞いたら、君のほうがよっぽどおかしな身体つきだって言い返してくるよ」

「でも、アミは以前言ったじゃない、人間のかたちは全宇宙共通だって。頭と胴体と手足からできているって・・・」

アミはまた笑って言った。

「ハハハハ、はじめて会ったときのことだよね。あのとき、君の頭の中は”侵略者映画の怪物”で一杯だった、覚えている?あのときはあまりおどろかせたくなかったんだよ。どうしたって君は、”視覚的な人種差別”をしてしまうからね。

だから、君やビンカや僕やオフィルの人やここで見られるような人間のタイプだけについて話したんだよ。宇宙には、他にも沢山のタイプがあるんだよ。

生命は、一見それが全く適してないような条件の元でも生まれる。そうすると生命は、そのさだめられた環境の中でよりよく生きられるように、身体のかたちを変えていくんだよ。

つまり、宇宙にはなんでもあるっていうことだ。でも、今のところは、我々の近くにいる人々を知るだけで十分だろう」

僕達の乗った透明な乗りものは、建物の屋上に着陸した。僕達は外に降りて、近くのエレベーターに乗った。偽テリのひとりがなにか言うと、エレベーターの扉が閉まり、動きだした。ふたたび扉が開くと、目の前は廊下だった。その廊下をとおって、小さな部屋に入った。

楕円形の長いテーブルがあった。そのテーブルの表面は、ピンク色の大理石のようなものでできていた。そのまわりには十脚ほどのイスが並べられてあって、それぞれの席の前には、薄くて四角い、板みたいなものが置いてあった。

たぶん、コンピューターのディスプレイみたいなものだと思う。奥のほうには大きな窓があって、そこから美しい海の風景がひろがっていた。波が岩にあたってくだけ、しぶきをちらし、遠くには二本のマストのある漁船が見えた。

さらにその向こうには陸地があって、漁村らしきものも見えた。これはそのまま地球の風景といってよかった。でも、勿論僕達は地球にいたわけじゃなくて、キアの、海からさえ遠くはなれた、山の岩盤の下の、ずっとずっと奥深いところにいた・・・。

この前の旅で、僕達は、地球の”救済計画”を管理している巨大な宇宙船の中に入った。そこで案内された司令官の部屋の中にも、ちょうどこれと同じような窓があって、それには司令官の故郷の風景がうつしだされていた。

カラーテレビに見えないこともなかったけれど、それにしてはあまりにリアルで、僕にはどうしても、普通の窓と見分けられなかった。そしてこの部屋の窓からは、漁船がこちらに(つまりこの映像を撮影しているほうに)近づいてきているのが見えた。船がかなり近くまできたとき、そこに乗っている漁船員たちはスワマだったのがわかった。

「いったい、どうしてこの地中奥深くの窓から、海が見えるんだい?」

クラトがしきりに首をひねる。ビンカがそのしくみを説明すると、クラトはびっくりしてただひと言、
「ウワォッ!」
と言ったきりだった。

「じゃ、みなさん、座ってください」
偽テリの言うまま、僕達はそれぞれ、席についた。

もうひとりの偽テリがしゃべりはじめた。
「この女の子のおじさんとおばさんが、今、PPにつかまっています。キアで目撃された円盤と、その円盤につれ去られた女の子との関係を調べるためで、その友人の精神科医もまた、つかまって、取り調べを受けています。

もっとも彼は全ての記憶を喪失していて、ゴロという名の男のことも、その男がスワマと結婚していることも、そして彼がスワマの女の子のおじということなども、もう決して思い出すことはないのだけど。まあ、見てみましょう、どうしているか」

彼が目の前のコンピューターのディスプレイのようなものに、その毛むくじゃらの指でタッチすると、テーブルの上のディスプレイがいっせいに起動して、すでに見なれた記号がいくつか現れた。

宇宙親交の文字だ。たぶん、今スクリーンに出ているのは、いろいろ選択出来るメニューのようなものなんだと思う。偽テリが、タッチするかわりに今度はその画面に向かってなにかしゃべると、スクリーンには大きな建物が現れた。

その建物のまわりには庭があって、武装した警備員のいる見はり台のついた、高くてぶ厚いへいがめぐらされている。

「ここがこの国のPPの本部です」
と偽テリが説明した。

それから画面は急降下して、建物の中に入りこんだ。偽テリが、自分の画面の中の矢印や、手元のコントローラーを動かすたびに、僕達の画面も動いていく。ちょうどテレビゲームみたいな感じだ。

こうやって、しばらくPP本部内をかけまわって、ビンカの国の”極秘中の極秘”の組織の中を、すみからすみまでじっくりと観察した・・・。

最後に、かなり太った、これまで見てきた中でもいちばんおぞましい感じのするテリが現れたところで、画面は落ちついた。

彼の体毛はあかじみた暗い緑色をしていて、ろくにとかしてもいないらしく、ベタベタとあぶらじみた感じだ・・・。きっと凄く臭いだろうなって感じた・・・。

「君はとても直感的だね」
とアミが愉快そうに笑って言った。

「彼がボスのトンクです。これから、彼が今までにどんなことを話していたか、録画で見てみましょう」

文明、世界はこうやって、”未開”世界の人々をスパイしているんだってわかった。偽テリはビデオと同じように、画面を早送りしたり、巻き戻したりしながら、これまでのPPのボスの会話を、とても注意深く聞いていた。アミは僕達に説明した。

「我々はキアの進化に関した重要な分野に置いて、テリがどんな決定を下してきたか、見すごすわけにはいかないんだ」

そう聞かされても、僕はどうも、腑に落ちなかった。どんな理由があるにせよ、こういったスパイ行為は、キアという惑星の独立と自由を侵害していることになるんじゃないかと思うから・・・。

僕の考えに気づいたアミは、この少々ややこしいテーマについて、僕達に説明する必要を感じたらしかった。

「まず、未開世界には沢山の基地があって、そこでは我々の仲間が大勢働いていて、もしも監視をおこたっていたら、我々のほうこそ被害にあいかねないってこと、忘れないでね。

乱暴な未開世界の人々が、宇宙の大惨事をまねくかもしれないような知識を手に入れることを、我々は見すごすわけにはいかないんだ。まだ正しい使い方のわからない子供にナイフを渡すようなものだからね。これ、前にも言ったことだけど、覚えてる?」

「うん、覚えている。でも、アミ。こうやって、自分たちの領土でもないところに秘密の基地をつくるのは、正しいことなの?」

僕の質問を聞いて、偽テリのひとりは微笑んだ。アミはこう答えた。
「もし、こういう基地がなかったとしたら、君たちの文明だって存在してないよ・・・」

もし、彼らの監督がなかったとしたら、僕達の文明はとっくに消滅してしまっている・・・。そう、アミは言っているんだ。アミは僕の考えを注意深く読み取ってこう言った。
「それはたしかにそのとおりさ、ペドゥリート。でも、未開文明にとって、我々の存在がどれほど重要であるかは、ちょっと今の君にはまだ、想像もできないくらいだよ・・・」

それを聞いて僕は、もっともっとちゃんと知りたくなった。

「でも、今、その質問に答えている時間はない。もっと後になったら、全てわかるよ。もう少しのしんぼうだ」

画面を操作していた偽テリが言った。
「トンクはまだ、容疑者に関してなんの決定もしていません。軍隊と大統領のところへ問い合わせをして、その決定を待っているところです」

画面はふたたびめまぐるしく動いて、PP本部内をくまなくうつしだしていた。武器を持った二人の警備員の見張っている扉の前まで来たとき、偽テリが説明した。

「ここが容疑者を入れておく部屋のあるところです。これから、我々の目的の人達を捜すことにしましょう」

画面はとても厚い鋼鉄の柵をとおり抜け、警備員の直ぐ目の前をとおり抜けていった(勿論、彼らには僕達が見えない)。そのままつき進んでいくと、両側に沢山の扉の並ぶ廊下に出た。画面はその一つひとつをのぞいて、中をあらためていった。

大部分の部屋は空だったけれど、いくつかの部屋には身柄を拘束された人がいた。そのひとつには、あの精神科医の姿もあった。あざだらけになって、かなり動揺しているみたいだ。

直ぐ隣の部屋には、ビンカのおじさんとおばさんがいた。それを見たビンカは、ホッと安堵のため息を漏らした。とりあえず元気そうなのはよかったけど、二人はひじ掛けイスに腰掛けて、不安げな表情を浮かべている。部屋の中には他に誰もいなかった。

偽テリのひとりが言う。
「きっと直ぐに、上がこの件を”優先I”のカテゴリーに入れることを決定し、彼らをここから装甲別棟に移すでしょう。いったんあそこに入ったら、なかなか出ることができません。

それを救い出そうとすれば、スズメバチの巣をつつくようなもので、厳重に武装した大勢のテリと正面から立ちむかわなければならない・・・だから、今がここに連れてくる絶好のチャンスです」

「ここに連れてくる!本当に?でも、どうやって?」
と僕がおどろくと、

「遠隔輸送は難しいことじゃない」
僕にそれほどの注意を向けないまま、偽テリのひとりが言った。

「すごーい」
とビンカ。

「じゃ、さっそくやってみよう。でも、その前に、指向性マイクでこれからすることを二人に知らせておいたほうがいいと思うけど」

「それはできない。独房の中は、いたるところに監視カメラがそなえつけられているからね」

「ああ、そうだった。二人にはなにも説明できないんだ。しゃべったことは、なにからなにまで録音されてしまうし」

「あの二人を無事、ここまで連れてきたら、我々は直ぐ身を隠します。我々の姿は見せないほうがいい。進化の仕事にたずさわっていない人達の安全のためには、そうした措置が必要なんです」

クラトは冗談好きだけど、バカではない。直ぐにひとつの結論を出した。

「ということはつまり、わしもその仕事にたずさわっているということだ、ホッホッホッ!」

「そのとおりだよ、クラト。そうでなかったらここにつれてきたりはしないよ。自分が未来にどんな愛の奉仕をするのかについては、今のところまだ全く知らないでいるけどね」

クラトは自慢げな表情を僕達に向けると、わしをもっと尊敬せよ、とでもいわんばかりに、なんどもまゆ毛を上げ下げした。

・・・なにかの間違いだと思った。この、飲んべえで、太っちょで、大食いの肉食らいで、かなりの嘘つきか冗談屋の、ちょっとこまった老人クラトが、愛の奉仕者だって・・・ヘッ!

僕が考えていることをキャッチしたアミは、静かにこう言った。
「他人の心の奥のことは、誰にもわかりっこないはずだよ・・・それに、他人の進化の過程を、いったいどうやって知ることが出来るんだろうね?」

自分の顔が赤くなっているのがわかった。僕は何も言わなかった。偽テリは話を続けた。

「宇宙計画に関係していない人は、今はまだ、この基地の存在を知るべきではないんです。だからあなたたちも、この二人は勿論、他の誰にも、我々の許可なく、サリャ・サリムのことを話さないでほしい。約束してもらえますか?」

偽テリは、ビンカとクラトと僕を見ながら言った。

「わしは口が硬いので有名で、戦争のころには、石のクラトといわれたもんだよ。ホッホッホッ!約束するよ、心配無用だ」
とクラト。

「約束します」
ビンカと僕もうなずいた。

「では、まず最初に、二人を眠らさなければならない。それからここに連れてきます。じゃ、遠隔輸送の部屋へ行きましょう」

僕達は部屋を出て廊下をとおり、科学装置だらけの部屋へ入った。二人の偽テリは、制御器を操作しながら、僕達にはチンプンカンプンの技術専門用語を使ってなにごとか話していた。ほどなくしてスクリーンのひとつに、ビンカのおじさんとおばさんがうつしだされた。

「まどろみ段階、準備完了」
と偽テリのひとりが言うと同時に、二人は深い眠りに落ちていった。

「遠隔輸送段階、準備完了」

次の偽テリの言葉で、突然画面の中の二人が、僕達の目の前にひじ掛けイスごと現れた。2人は赤んぼうのようにスヤスヤと眠ったままだ。

かけよろうとしたビンカを、アミがとめた。
「我々の友達が仕事を終えるまで待つべきだよ」

毛むくじゃらの男たちは、二台のストレッチャーに、ゴロとクローカをそっと寝かせた。それから今度は、ひじ掛けイスを元あったところへ遠隔輸送するための作業に取りかかった。

イスが元のところへ戻ってから数分もしないうちに、扉がいきおいよく開いて、何人ものテリがドカドカと入ってきた。からっぽの部屋を見た彼らは、みるみるすさまじい形相になって、怒りの感情を爆発させた。

「このイスにはまだぬくもりがある・・・たった今、宇宙人のヤツらが遠隔輸送したんだ!なんて悪がしこいヤツらなんだ!」

僕は不思議に思った。
「アミ、あのテリたちは、君たちが人間を遠隔輸送出来るのを、ちゃんと知っているよ・・・」

「そうだよ、ペドゥリート、遠隔輸送は以前にもなんどかおこなっているからね」

ビンカは混乱していた。
「じゃ、私達の政府は、あなたたち宇宙人がいるってこと、ちゃんと認めているのね。あの石頭の精神科医もそんなようなことを言っていたようだけど・・・」

「勿論だよ、ビンカ。診療所の窓の外に円盤が現れたとき、彼らは直ぐに飛んできて調査をはじめたろう」

「僕はまた、ただ調査しただけかと思っていたよ。調査はしたけど、今だなにひとつ証拠が見つからないままで終わってきたんじゃないかって・・・。

政府がなにごともなかったような顔をするから、(地球でもそうなんだけど)宇宙人を信じる人が変人扱いされるんだ。どうして正式な発表をしてくれないんだろう?」

「カムフラージュだよ。この国の政府は、我々についての情報を徹底的に隠し通すつもりらしいんだ。それもとてもたくみにね。だから個人が調査するのを邪魔したり、デマを流して人々の目をくらますなんてことまでするんだよ」

「本当に?」

「本当だよ、とても残念だけれど」

「そんな・・・私の国の政府がそんなことを・・・私、ちっとも知らなかった・・・」

「でも、想像はできたはずだよ。政府が宇宙人問題に関してとても熱心に動いていること、ちょっとでもおかしいことがあればどこへでも出かけていくことは、ある程度情報に通じたひとなら誰でも知っている。

そうして出かけていった先では、地元の警察や、はては軍隊まで動員して現場を保存し、あらゆる手段を使ってなんとか証拠をつかもうとするんだ。

考えてもごらん。もしも政府が、宇宙人の存在についてある程度のデータをもっていなかったら、そうは必死にならないんじゃないかい?ましてや本気で空想の産物なんて考えていたとしたら、わざわざ膨大な予算をつぎこんでまで、捜査したり、情報隠しをしたりするわけがないよ。

これは我々について知りたがっている人なら当然わかることだし、そうでなくてもちょっと考えてみればけんとうがつくことだ」

「でも、どうして知っていることを隠したりするの?」

「いい質問だ。それについては、またあとで話してあげよう。今はとにかく、目の前の問題を片づけなきゃ」

そこで偽テリのひとりが言った。
「ここでいったん整理してみましょう。ゴロの友人の精神科医は、もうなにも覚えていない。彼の記憶は、突然現れたゴリラどもにボコボコになぐられたところからはじまっている。

まもなくPPの警官が、窓の外に現れた円盤について、いろいろと質問をするでしょうが、かわいそうに彼はなにひとつ思いだせません。

ゴロ・クローカ夫婦と自分との関係についても同様です。どんなにしぼられてみても、精神科医は全く答えられない。となればPPもさすがに、彼が本当になにも知らないのだとわかるでしょう。

運がよければ、彼はそのまま釈放されるはずです。あくまで運がよければの話ですが・・・。ただしそのときにはもう、我々が彼の記憶を消したことも気づかれてしまっているでしょうね。これまでに、もう何度もやっていることだから・・・」

アミはその点をもう少し説明してくれた。
「我々は必要とあらば、人間の記憶の一部分を完全に消してしまうことが出来る。そうなったらもう、どんなに高度な催眠術を使っても、もとの記憶を取り戻すことができないのは、PPもよくわかっているんだ。ゴロとクローカの二人が目をさましたら、PPにどう証言したかを聞いて、それからどうするか考えよう」

僕達に向かって、ふたたび偽テリのひとりが説明した。
「くりかえすけど、おじさんとおばさんには、自分たちが今、どこにいるか教えてはいけない。宇宙計画に参加していない人は誰も、この基地のことをまだ知らないほうがいいからね」

「ということは、本に書くのもダメなの?」

それにはアミが答えて、
「それは別問題さ。本に書かれたことなら、みんな空想だって考えるからね。いずれにせよ、もう少ししたら、どれを書いてどれを書いちゃいけないか、ちゃんと教えるよ」

ふたたび偽テリが話をひき取って、
「肝心なことは、我々二人が親交世界に属していることを、政府側には絶対に知られてはならないということなんです。

わずかな疑いもかけられてはならない。もし疑われはじめたら、我々だけでなく、この国の政府機関に忍びこんでいる偽テリみんなに危険がおよぶことになってしまいますから」

今度は別のテリが言った。
「じゃ、隣の部屋へ移りましょう。二人にはそこで目を覚ましてもらうことにします」

二人の偽テリがストレッチャーを押していく後をついて、僕達は居心地のよさそうな小べやへ移動した。

そこには新聞や雑誌のような軽い読みものが置いてあって、くつろげるようになっている。すみのほうにはちょっとしたキッチンがついていて、ジュースや果物やビスケットなんかが用意されてるみたいだ。とたんに飲んべえのクラトが目をかがやかせて、

「そのへんになにかいい飲みものがありそうだけど・・・?」

「うん、あるよ、クラト。新鮮なフルーツジュースや薬草茶や、不純物ゼロのおいしい水があるけど、なにがいい?」

「ゲーッ!け、けっこう!」

二人の偽テリは、ゴロとクローカをひじ掛けイスに座らせた。そうしてひとりが言った。

「この二人にはまだ、アミもペドゥリートも顔を見せないほうがいい。これまでに一度もキア星外の人間を見たことがない人達にショックをあたえてはならないから、君たちも我々と一緒に部屋の外へ出てほしい。

クラトも外に出ていたほうがいいでしょう。ここはビンカにまかせて、我々はモニターで観察することにしましょう」

もうひとりも言う。
「二人には、どこかの野原の一軒家にきているように思いこませなければなりません。それらしい映像をあのスクリーンにうつしだします。そうすると、まるで窓の外の風景のように見えるというわけです。見ていてください」

偽テリは壁の黒い長方形の部分を指さしながら、手にしたリモコンを操作した。その瞬間、パッとそこが明るくなって、鳥たちがさえずり、チョウが舞い、虫たちが飛びまわる美しい田園風景が現れた。

・・・気のせいか、なんだか草木のいい香りまでしてきたみたいだけど・・・勿論僕の想像にすぎないと思い直した。だってあれはたんなる映写なんだから。

「ペドゥリート、本当の香りだよ。我々のカメラは、映像の他に香りもうつしとることが出来るんだ。それを録画や録音と同じように再生することが出来る」

「へえ!すごいや!」

偽テリのひとりがビンカに指示をあたえはじめた。

「二人が目をさまして少し落ちついたら、この補聴翻訳器をつけるのを手伝ってあげること。次に、二人の質問には、隣りの部屋にいる君の友達が答えると説明するように。あとは全て、我々がひき受けるからね。わかった?」

「はい」

「用意ができたらアミとペドゥリートとクラトがこの部屋に入ってくる。アミが話をうまくリードしていくから、君たちは指示どおりにすること。勝手なことはしないでくださいね。間違えるわけにはいかないんです。気をつけないと、状況がますます複雑になりかねませんから。わかりましたか?」

「はい!」
と僕達。

「じゃ、私達に続いてください」

僕達はビンカだけを残して科学装置だらけの部屋に戻った。モニターの中には、眠り続ける二人とビンカ。偽テリは仕事を開始した。

「それじゃ、二人の目をさますよ。用意はできてるね、ビンカ?」

「はい、できてます」

ビンカの声が、モニターのスピーカーから流れた。

ゴロとクローカは目を開けた。二人は最初、自分たちが全く知らないところにいるのにひどくおどろいていたけれど、そこにビンカの姿をみとめて、ほっとしたようだった。

それから三人は、ずいぶん長いこと抱き合っていた。そして僕は、なんだか面白くなかった。もとはといえば、彼らの愛がこんなに強いものでなければ、ビンカはすんなり地球へ行けたんだし、こんなさわぎだって起こらなかったんだもの・・・。

彼女は言われたとおり、二人の耳に翻訳器を取りつけにかかった。

「これは別の言葉を理解するための器具よ」

「ここはいったいどこなんだ?いったい何が起こった?それにどうしてお前が目の前にいるんだ?」

「ゴロ、見て!どうやらここは、野原の中みたいよ!」

窓の外を見たクローカが、喜びの声をあげた。

「ゴロおじさん、その質問に私は答えられないけど、かわりに私の友達が答えるわ。彼らは今、この隣りの部屋にいて、モニターで私達を見ているの。直ぐに話が出来るわ」

“そのとおりです。こんにちは、ゴロ、クローカ”

偽テリのひとりが、マイクをとおして話しかけると、
「おお・・・またしてもいらぬおせっかいか・・・」

とたんにゴロの表情がけわしくなって、その声にも敵意がこもる。

“あなたがたは、これからアミに会う必要があります。彼はキアの外の世界に住んでいます。だから、あなたがたの見たことのない姿をしています。

アミが今から、部屋の中に入ります。ペドロというやはり別の世界の少年と、クラトという名のスワマも一緒です。三人とも、あなたがたの姪ごさんの友達です。それでもやはり、怖いとお感じでしょうか?”

「怖いに決まってるわ!」

「フン!」

クローカがゴロの手を握って叫んだのに対して、ゴロはといえば、まるで平気といったふうに言った。

では、入ります。

「怖いわ!」

「おばさん、怖がらなくていいのよ。私の友達は、とてもいい人達ばかりなんだから」

偽テリのひとりが、僕達に合図した。もうひとりの偽テリが、隣りの部屋の前まで一緒にきて、ドアを開ける。最初にアミが入った。

「やあ、自己紹介をさせていただきます。僕が、あの本のアミです」
と陽気にほほえんで言った。

ゴロは、いかにもうさんくさいものを見るようなうたぐり深い目で、アミをにらんだ。クローカの表情には、いくらか恐怖と驚きがにじんでいた。

偽テリが僕の肩をポンとたたいた。僕の出番という意味だ。

「エーッ、僕はペドロです。地球という惑星から来ました」

僕に続いてクラトが入ってきた。
「わしはクラトといいます。今はスワマだけれど以前はテリだった。現在生きている人たちの中では、いちばん最初に変化した者です」

ゴロは憎しみをこめた目でクラトを見た。

「我々の民族の最初の裏切り者ということだ。なるほど、だからキアの敵に協力なんかしているんだ・・・」

クラトは怒りでまっ赤になり、こぶしをにぎってゴロをじっとにらんだ。

アミがすばやく分けて入って、
「落ちついて、落ちついて。エーッ、数分前まで、あなたたちはPPの留置場に入れられていました。でも、我々が、我々の技術を使って、あなたたちをそこから救出しました。今は完全に安全なところにいますから、どうか心配しないでください」

アミの説明を聞いても、ゴロにはなんのことやらさっぱりわかっていないみたいだった。

「わしにはうしろ暗いところなんぞない。だから、あの場所から”救出”してもらう必要なんてなかったんだ。いくつか質問に答えたら、直ぐに家に帰れただろうに、あんたらが余計なことをしてくれたおかげで、きっと今は逃亡者扱いだ。全く酷いもんだ。こんなことには本当にうんざりだ。泥沼にはまるばかりじゃないか」

「ひとつどうしても聞きたいことがあります。あなたたちは、PPの警官にどこまで証言しましたか?」

「なにも言ってはおらん。わしらはサルぐつわをされ、頭巾をかぶせられて車に乗せられた。車を降りて、サルぐつわと頭巾を取ってもらったときには、あの部屋のイスに座らせられていた。そして今は、なにがなんだかわからんうちにここにいる。ただそれだけだ」

それを聞いたアミは、見るからにうれしそうだ。
「じゃ、名前も言ってなければ、写真も指紋もとられていないわけですね?」

「勿論だ」

「よかった・・・、彼らには、あなたたちがどこの誰だかわからないってことになる・・・」

「でも、わしの友人の医者が、なにもかもしゃべるだろうよ・・・」

「それなら心配はいりません。あの医者は部分的完全記憶喪失療法を受けています。もうあなたのことも、あなたからビンカの”空想”を忘れさせるようにたのまれたことも、永遠に思い出せなくなりました」

どうやらゴロは、さっきから攻撃されているような気分でいたらしい。でも、アミのおだやかで澄んだまなざしを前に、少しずつ落ちつきを取りもどしてきて、かなり状況をつかめるようになったみたいだ。ポツリポツリと説明をはじめた。

「ウーム・・・わしはただ、ビンカにとってよかれと思ったことをしたまでだ・・・わしの責任下にあるこんな小さな女の子が、別世界の何者かと接触しているのをどうして容認出来るというんだ・・・わしが理解出来るとでも思っているのか?あんたたちの本当の意図が」
と僕達をうたがわしげに見つめた。

「ビンカの書いた本はまだ読んでないんですか?あそこに我々の目的がはっきりと書いてあるんです・・・」

「ゆうべ、読んでみた。でも、わしはむじゃきな子供じゃないから、あんなものにはだまされん。あんたたちはあの本をとおして、偽の情報をひろめているんじゃないのかね。わしの姪を利用して・・・」

「本当は邪悪な文明に属している我々が、あたかも無害で善良であるように、キアの人達に思いこませようとしている、とおっしゃりたいんですね?」

「ウム・・・そうじゃない保証はどこにもないからな・・・」

僕にはゴロの気持ちがよくわかった。無理もないことだと思う。僕だってはじめてアミに会ったときは、ゴロと全く同じ疑いを持ったんだから・・・。

「もし我々が本当に、邪悪な文明の人間だったなら、こんなまわりくどいことをするはずがないでしょう。あなたの考えは、まさしく妄想以外のなにものでもありません。

あなたはそうやって、なにからなにまで疑って、拒絶して、生きていくのですか?クローカはいい奥さんをよそおっているけれど、実はあなたを殺そうとしているんじゃないかとか?あなたの友人達はあなたと仲よくしているけれど、じつはあなたをおとしいれようとしているんじゃないかとか?…」

「わしがそんなことを考えるわけないだろう?わしは自分の家族のことも友達のこともよく知っている。でも、わしの家族でも友達でもないお前さんたちのことを、なんでわしが知ってなきゃならんのだ?」

「アミはいい宇宙人だよ」

僕の言葉は、あまりにむじゃきすぎた・・・。

ゴロはジロリと僕をにらんではき捨てるように言った。

「お前もこいつの一味だ。我々の世界に対する陰謀工作の重要メンバーなんだろう?誰がお前の言うことなんか信じる?子供のくせにうまくビンカをたぶらかしおって、恐ろしいヤツめ・・・いや、子供の姿をしたばけ物なのに違いない・・・」

ゴロのあまりにひどい言いがかりに、僕はうちのめされる思いだった。ほおが熱くなり、なにか言い返そうにもなにも言葉が出てこなかった。たぶん僕は、泣きたいような気持ちになっていたんだと思う・・・でも、なんとかこらえた。

「おねがいよ!ゴロおじさん、もうやめて!」

もうたまらないといったふうに叫ぶと、ビンカは僕にかけよってきた。アミもそばにきてくれた。

「ペドゥリート、進歩してない人達や、閉ざされた心の持ち主を前にしても、変わらずに使命を果たそうとしていくのは、とっても大変なことなんだ。彼らがもってる恐怖や疑いや不信に耐えていくのはね。そういうときのための小さな秘密を教えてあげるよ」

そう言うと、アミは僕の耳もとで、そっとささやいた。

“いいかい、彼らを子供として見ることだよ。実際彼らは、なんにも知らない子供みたいなものなんだ。子供だと思えば、そう憎くもならないだろう?今はずっと進歩しているけど、君だってちょっと前までは彼らみたいだったんだよ。でもね、ペドゥリート。くれぐれもそう考えていることをさとられないようにしてね。そうでないと彼らは怒りだすから”

アミの言うとおりだと感じた。僕は改めて、”子供”としてゴロを見つめた。

そして彼の燃えさかる瞳を見たとき、僕にははっきりとわかったんだ。その炎の正体がただ恐怖でしかないってこと。その根拠のない恐怖の炎こそが、彼をあぶり、攻撃にかり立てているんだってこと。

そのせいで彼は、人生のもっとも素晴らしいものを見失ってしまっているんだってことが・・・。僕の恨みは、同情とあわれみと理解へと変わっていった。

ゴロはイスから立ちあがり、隣りに座っていたクローカをうながした。そして立ちあがったクローカの肩にしっかりと手をまわし、ビンカの手を握ると、

「わしはもう、うちに帰りたくなった」
と言って、ドアに向かって歩きだした。

でも、押しても引いてもドアはピクリとも動かなかった。業を煮やしたゴロは、突然ドアをドンドンと激しく叩きながら、大声でわめいた。
「うちに帰せえ~~!」

あのときはどうしようかと思った。あのゴリラは僕達をみな殺しにする!僕はそう感じて、どこか逃げ場をさがした。そのとき、ゴロをしかりつける声が大音量でひびいた。

“落ちつきなさい。セニョール・ゴロ。あなたとあなたの家族には、誰も危害をくわえたりしません。それでもあなたが暴力的な態度に出るのなら、やむをえません。

我々は、我々の技術を使ってあなたを大人しくするまでです。我々としても極力それはさけたい。ですから、ただちに戻って座ってください。そして落ちついて。我々はまだ、あなたといくつか話し合わなければならないことがあるのです”

それを聞いたゴロは、自分が相手にしているのは、目の前の子供と老人だけじゃないことに気づいたようだ。大人しくなって、しぶしぶイスに座りなおした。

次のアミの行動に、僕は腰をぬかしそうになった。ニコニコしながらゴロの直ぐ隣に腰掛けたんだ。その様子にはゴロも驚いたらしく、一瞬身がまえてから、直ぐさま自分のイスを少し離した。そんなことにはおかまいなしで、小さな宇宙人は話しはじめた。

「あなたはPPの捜査や尋問のやり方をよくごぞんじないようですね」

「バカにしないでくれ。彼らの追及の厳しさは、誰だって知っておる。ただ、それは犯罪者や反体制側の人間に対してだけだ。罪のない人間に手荒なまねはしない。わしは地道に薬局をいとなむ、尊敬にあたいする善良な市民だ。やましいことなどなにもない。そんなわしが、どうしてPPを恐れる必要がある?」

アミは天井をふりあおいで声をかけた。

「ちょっと、ゴロの友人の精神科医の尋問の様子を見てみたいんだけど、問題はない?」

“ありません。ちょっと待ってください”

なんの変哲もなかったただの壁が、数秒後、長方形のスクリーンに変わった。そこへ尋問を受けている精神科医が映しだされた。すっぱだかで、しかも全身ずぶぬれ(水責めでもされたんだろう・・・)のまま、鉄のベッドにしばりつけられている。

僕は思わず息をのんだ。ビンカとクローカは、あまりの残酷さに耐えられず目をそ向けた。ゴロは大きく目を見開いたまままっ青になって、映像を消すように言った。画面が消えた。

「あなたの友人もあなたと同じ、尊敬に値する善良な市民で、大学を出た立派なお医者さんです。でもそんなことPPにとってなんの意味もない。とくに宇宙人がからむとなると、PPはとりわけ容赦がなくなる・・・」

「・・・でも、それもわしらを保護するためなんだ・・・」
アミは突然、僕をふりかえった。

「ペドゥリート、進歩してない人達や、閉ざされた心の持ち主を前にしても、変わらずに使命を果たそうとしていくのは、とっても大変なことなんだ。彼らがもってる恐怖や疑いや不信に耐えていくのはね。そういうときのための小さな秘密を教えてあげるよ」

そう言うと、アミは僕の耳もとで、そっとささやいた。

“いいかい、彼らを子供として見ることだよ。実際彼らは、なんにも知らない子供みたいなものなんだ。子供だと思えば、そう憎くもならないだろう?今はずっと進歩しているけど、君だってちょっと前までは彼らみたいだったんだよ。

でもね、ペドゥリート。くれぐれもそう考えていることをさとられないようにしてね。そうでないと彼らは怒りだすから”

僕達は、だんだん現実を飲み込みはじめた。

「映像を見ておわかりでしょう? あなたのお友達は拷問を受けています。あの様子では、はたして自宅に帰れる日がくるか・・・。

たとえもし帰れたとして、そのとき彼がまともな状態でいられるとは思えない・・・。政府はそのくらい必死になっているんです。我々に関する情報は、針の先ほども漏らすわけにはいかない。

一方で、我々についての手がかりは、ちりひとつ見おとすまいとしているんです。(天井を見あげて)じゃちょっと、砂漠の地下にある、例の施設の映像を出してくれるかな」

直ぐにまた、あの長方形のスクリーンが現れた。カメラは大勢の武装警備員(勿論テリだ)の立ち並ぶ、ものものしい雰囲気の廊下をいくつもいくつもとおり、分厚い壁を何枚も何枚もとおり抜けて、最後に大きな部屋にたどりついた。

そこはさしずめ恐怖の博物館といったおもむきだった。大きなガラスケースの中には、異星人の死体が液体漬けにされて、あるいは冷凍されて、保存されている。異星人の姿かたちはいろいろだ。

きっとあちこちの惑星から、はるばるキアにやってきたんだろう。それから円盤の残骸、衣類、見たこともないような機械、何種類もの文字で書かれているらしい書物の数々を見せて、ふたたび映像は消えた。

ゴロはぐったりと疲れきっていた。もう、疑う余地はどこにもない・・・。

「我々はあなたたちよりもずっと進んだ文明に属してはいますが、それでも完璧ではありません。ときには円盤が壊れることだってあるし、不幸にも死亡事故を起こすことだってあります。

そうして、不時着した我々の仲間が、この国の政府に捕まって尋問されたこともありました。だから、ここの政府は、とうの昔に我々のことを知っていました。公表しなかっただけのことです」

ゴロの混乱は見るもあきらかだった。

「ゴロ、あなた自身について考えてみましょう。PPがすでにあなたの身元をつきとめていれば、あなたはおそらく、元通りの普通の生活には戻れなくなると思います。それはおわかりですよね?」

「わしはなにもしとらん・・・」

「そうかもしれませんが、それはPPの知るところではありません。彼らはただ、あなたたち家族が、我々についてのなんらかの手がかりを握っている可能性が高いと見ているんです。

だから・・・場合によっては、口を割らせるために家族を利用することも十分に考えられます。家族の誰かが痛い目にあっているとなれば、ビンカもクローカも、そしてあなただって、口を開かないわけにはいかないでしょうから・・・」

ゴロはがっくりとうなだれて、なにごとか考えているようだったが、突然顔をあげると、憎しみをたぎらせた目で叫んだ。

「わしの人生はメチャメチャだ・・・これもみんなお前たちのせいだ!」

「いいえ、全てはあなた自身が引き起こしたことです。僕は昨日、あなたに口止めしたはずです。にも関わらず、あなたは精神科医のお友達に、僕達のことをあっさりしゃべってしまった。

しかも、なにもかもビンカの空想だなんて嘘をついて。そのせいでビンカが危険な暗示にかかりそうになったから、我々としてものりだしていかざるをえなくなったんです。結果、事態は面倒なほう面倒なほうへと転がっていってしまいました」

「ブーメランは、投げた人のところへ戻ってくるからな・・・」

クラトがぼそりと言った。ゴロは往生際悪く、叫び続ける。

「お前たちがわしの姪の人生に首をつっこまなければよかったんだ!」

「落ちついてください。ゴロ。それは全くの逆です。ビンカの本をきちんと読めば、彼女が本を書くという使命を果たすためにキアに生まれてきたということが、はっきりとわかるはずです。あなたは、彼女の仕事や愛や友情を邪魔しちゃいけなかったんだ」

僕は隣りにいたビンカと見つめ合った。そして僕達は、どちらからともなくそっと抱き合った・・・。うっとりとあまく、やさしい気持ちに酔いしれながら・・・。

それを見ていたクローカが、ハンカチで目元を押さえながら、僕がいちばん気にしていることを言った。

「この子・・・小さいけど、とてもいい子のようだわ・・・」

ゴロはうつむいて、すすり泣きをはじめた。

「わしはただビンカを守ってやりたかっただけなんだ!・・・もっと時間が必要だったんだ。受け入れなきゃならん真実が、あまりに多すぎる・・・」

あのときのゴロには、僕も心を揺さぶられた。ビンカはゴロのそばにかけ寄ると、彼の頭を優しくなでた。

「僕もじっくりと時間をかけるつもりだったんです。あなたが少しずつ真実を受け入れていけるように、気長に待つつもりでいました。

ところが、せっかちなビンカが、いきなりの行動に出て、なにもかも調子が狂ってしまいました。我々の情報部員が今、あなたたちのことを、PPがどの程度まで調べをつけているか、確認中です。まだ元通りの生活にもどれる可能性はありますから、そう落胆なさらないでください」

ゴロがほんの少し、元気を取り戻したように見えた。

「か、可能性があるのか?どうやったらわかるんだ?」

「ちょっと、その件だけど、どうなっている?」

アミが天井を見あげる。

“彼らは今、診療所や連行に使った車やPPの留置場で指紋採取しています”

「で、指紋に関してだけど、この国ではどうなっているの?」

“それが・・・ここでは全員に身分証明書の携帯が義務づけられていまして、そのさい必ず指紋をとることになっています。つまり、全国民の指紋が登録されているのです”

「クソッ!」(クラト)

「全く!」(僕)

「なんてこった!」(アミ)

“・・・でも、ご安心ください。我々の仲間がすでに、あなたがたの指紋をきれい
に消してしまっています”

「うわー!よかった」
みんながいっせいに喜びの声をあげた。

まだどこか沈んだふうの、ゴロひとりをのぞいて・・・。

“だから、PPにはもう、あなたがたが誰だったのか、全くわからないはずです”

僕達はもう大感激で、みんなで何度も何度も抱き合った。

ゴロはすっかり落ちついた様子ではあったけれど、あいかわらず喜びの色をあらわそうとはしなかった。だけど、クローカとビンカが抱き合ったとき、ちらりとだけほほえんで、その次にはいつものゴロらしい仏頂面を取りもどしていた。

>>>「アミ 3度めの約束」第6章 春めいたロマンス

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