アミ 小さな宇宙人

「アミ 3度めの約束」第2章 クラトの秘密

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第2章 クラトの秘密

黄色い光が、僕達三人を包みこんだ。

僕は空を見あげた。僕達だけに見える、堂々とした円盤が、そこに浮いていた。まるで魔法のように美しい。円盤は松の木のてっぺんよりも高いところを、少し傾いて、ゆっくりと穏やかにまわった。銀色の機体は、太陽の光を受けて、きらきらとまぶしく反射していた。

この前とは違う円盤なのがわかった。だって、円盤の腹に、翼のはえたハートのマークがあったからだ。

「アミ、この”UFO”は、前のときのと違うね」

「うん、中は以前のと、とてもよく似ているけど、もっと大きくて、メカニズムがより高度なんだよ、ペドゥリート」

今度は全く恐れを感じることなく、上昇していくのを楽しんだ。僕はもう、宇宙分野でのチャンピオンになっていた。自慢するわけじゃないけれど、どんなに有名な宇宙飛行士だって、僕と比べたら、何も見てないのと同じだよ、何も!

重力を全く感じずに、空中に浮かんでいられるというなんともいえない感覚が、とても楽しく、うれしかった。周囲を見渡してみた。僕の身体がどんどん上昇して、円盤がだんだん近づいてくるにつれて、足元の松林や青く光り輝いた海、そして温泉場や僕の家が見えてきた。

両腕を広げて、自分がまるで鳥になったような気分を味わってみた。どんな遊園地の乗りものよりも楽しかったし、それに絶対、安全だった。

円盤の中に入り、僕達の足元の床がサッと閉まると、だんだん自分の体重が感じられてきた。前と同じように、入口の小部屋の柔らかい絨毯の上に降り立ったときには、なんとも言えない喜びがわいてきた。

そのあとで、操縦室へ行った。前の円盤に比べてずっと大きいし、天井は大人が立っても十分な高さがあった。窓から村の広場やゲームセンターが見えた。そうしたら、ゲームセンターのスクリーンに現れた、A・M・Iのイニシャルのことを思いだした。

「アミ、あれは、なんて面白いいたずらなんだろう」
僕は、頭の中で考えていることをアミがキャッチしているのを知っていた。だからアミにこう言った。

なんの話をしているのかとたずねてきたビンカに、事情を説明してあげると、彼女はさも面白そうに笑った。

「僕が来たことを、君に知らせるためもあったけど、ビデオゲームなしでは生きられそうもない、かわいそうな男の子たちをがっかりさせて、あの気のめいる機械と向かい合うかわりに、もっと他のことを考えたり、たとえ1時間でも自分の時間を楽しむようにしてもらうためにね」

アミは僕のおばあちゃんと同じことを言っていると思った。当然僕の考えをキャッチしたアミは、ちょっと笑ってからこう言った。

「君のおばあちゃんの言うことは正しいよ。あのゲームセンターに自分のイニシャルを並べてやろうと競っている連中の中で、いちばんの子がいちばんのおバカさんだよ。

だって、失うものは時間とお金だけじゃないんだ。あのゲームは、頭をゆがませる危険性がある。あそこでは、たえまなくなにかを殺したり、壊したりしなくてはならない。それによって、彼の心の中に、人生の見方をひずませるようなあとを残していくんだよ。

もちろんそれは、行動にも反映してくる。それだけじゃないよ。ゲームセンターにいる、あの不自然な、すさまじい騒音に何時間も耐えていなければならないんだ。なんともかわいそうな子供たちだよ・・・」

僕もある程度ビデオゲーム中毒なので、アミとビンカにあそこでの感動を説明しようと試みたけど、ムリだった。アミはさらに言った。

「全て、社会や環境の問題だよ。泥棒の世界では、いちばんの泥棒がいちばんかしこいとされるだろう。あのイニシャルのトップの子と同じようにね。でも、僕達の世界では、そんなヤツは大バカ者だよ。あそこを取り巻いているのは感動なんかじゃない、たんなるエゴの活動でしかない」

ビンカが僕のそばにきて、そっと僕の背中に手をまわした。そうしたらなんだか、アミの言っていることが正しいように感じてきた。ビンカを近くに感じたときの感動に比べたら、ビデオゲームなんてもう、話す意味さえないバカげたものとなった。

「そう、そっちはほんものの感動だよ」
とアミが言った。

アミの言うことは正しいと思った。今ビンカが目の前にいるように、それは愛する人が近くにいれば直ぐにわかることだ。でも、たったひとりで、愛から遠ざかっている時は・・・。

「愛はいつも近くにいるよ。たとえ、誰かがすぐ近くにいなくてもね」

アミは言った。それはとても美しい言葉に聞こえた。たぶん、ある程度本当だと思う。でも僕にとって、ビンカと遠く離れていながら幸せを感じるのは、半分不可能なことだった。それは彼女も同じだと言った。

「君達はひとりぼっちでいると、人生の魔法や、その一瞬一瞬にこめられた素晴らしさに対して心を閉ざしてしまうんだよ。こうして、人生を楽しむことを見失ってしまうんだ。ちょうど、彼か彼女が自分のそばにいなければ、幸せになりたくない、と言っているようなものだよ。喜びのかわりに悲しみを選ぶなんて、おろかだとは思わない?」

ビンカは別の見方をした。
「悲しみを選ぶわけじゃないわ、ただ、愛しているひとがそばにいないとそれはひとりでにやってくるのよ」

「愛している人がそばにいないと、悲しみが”ひとりでにくる”ように、君たちが選ぶんだよ」
とアミは笑って、

「でも、中にはひとりだろうと二人だろうと、いつも喜びのほうを選ぶ人だっている。こういう人はたしかに賢者だよ。誰にも、何にも、頼ることなく幸せになれるんだからね。どんな中毒にもなっていない」

「中毒?」

「そう、だって、何かに、あるいは誰かに依存しすぎるっていうのは、それがたとえ双子の魂でも、お母さんでも、子供でも、おばさんでも、ネコでも、好きな虫でもなんでもよくないことだよ。だって、それは人々を奴隷化して、魂の自由を奪ってしまうことになるからね。でも、魂の自由なしには、本当の幸せなんてありえないからね」

「じゃ、愛は中毒なの?」
と僕は酷く混乱して聞いた。

「もし、幸せになるのが他の人しだいだとしたら、そうだよね」

「でも、それが愛というものよ? アミ」
そうビンカが言った。でもアミは同意しなかった。

「それは執着だよ。依存だし、中毒だよ。本当の愛は与えるものだよ。愛するひとの幸福に、幸せを感じられることだ。いつも自分のそばにいることを強要したり、ひとりじめしたりすることでなくてね。

でも、君たちはまだそういったことを理解するには幼すぎる(きっと、沢山の読者も同じかもしれないけど・・・)」

ビンカはとても頑固だったし、僕に対する気持ちも大きかったので、執着についての小さな宇宙人の忠告に、とても耳を傾けることはできなかった。

「アミ、わかっているわよ。私がいつもペドゥリートと結びついているってこと、たとえ、ものすごい距離があっても、二人の魂と魂は結びついているってこと、でも、実際に一緒にいるのと同じじゃないわ。

私達のようにこんなに愛し合っていたら、実際に会って、話をしたり、手を握ったりすることが必要よ。だから、アミ、ひとつとても重大な質問をするわ、いい? ねえ、もう、私達がこれ以上離れ離れにならない方法ってないの?」

僕の心に、ほんの一瞬だけれど、灯がともったような気がした。でも、アミはとても悲しそうな目で僕達を見て、あきらめたようなため息をついて言った。

「それは考えないほうがいいと思うよ、二人とも」

僕達はがっかりして、足元に視線を落とした。

「嘘はつかないよ。はっきり言って、君たち二人が今、一緒になることは不可能だよ。本当にムリなんだよ。少なくとも大人になるまではね」

「どうして?アミ」

「それは大人しだいなんだよ。一緒に住むためには、どちらかが自分の住んでいる世界を最終的に捨てて、よその惑星へ行かなければならない。そうだろう?」

「うん、そうだよ」

「僕がそれを手伝うとすると、二人ともまだ子供だから、自分の世界を捨ててよその惑星へ行くには、保護者の許可書を銀河系当局に提出しなければならない」

「上の世界の当局も、下と同じように堅苦しいんだなあ・・・」
と僕は抗議して言った。

「うん、たしかに、上もそうなら、下もそう。とはよくいうけど本当のことだ。でもいくらか違いがあるよ。君たちの世界では書類だけが重要だけど、”上”の世界では愛がもっとも重要視されるんだ。

銀河系当局は、名字でも、血液型でも、書類でもなく、誰がその子をいちばん愛しているかということで、子供の”保護者”とみなすんだよ」

「ああ、そのほうがずっと公正だね・・・」

「ペドゥリート、君の場合、君に許可を与えられるのはおばあちゃんだ」

「僕のいとこのビクトルは?」

「彼の場合はダメだ。必要な愛が十分にないからね」

「これは初耳だ。ちょっとショックだけど、無理もないね。お互いにあいいれないところがあるからね」

「私の場合は、アミ?」
とビンカが聞いた。

「クローカおばさん。でも彼女は結婚したばかりだ。君の新しいおじさんも君にとても愛情をもっている。だから彼も保護者、とみなせるね。で、どうなの・・・君達、その許可を取れると思う?」

そう言われて僕達は、急にしょんぼりしてしまった。そんな沢山の人の許可を取らなくっちゃならないなんて・・・。でも、しばらくしてから、僕かビンカのどちらか一方の許可だけ取れればそれで十分なのに気がついた。

「片方の許可さえもらえばいいんだね。アミ?」
と明るくふるまって言った。

「うん、でももし、ビンカに許可が降りなかったとしたら、そのときペドゥリートはキアに行って住める?」

「ウーン・・・」

それを聞いて、とても気が重くなってきた。たとえ、僕のおばあちゃんが許可してくれたとしても、僕、おばあちゃんをたったひとり置いてなんかいけない。だって僕、おばあちゃんのこと、とても愛しているし、もしそうなったら、とても悲しいよ・・・。

でもビンカは、ずっと元気な声で言った。
「たぶん、私のおばさんは全く問題ないと思う。だって結婚してからは、私のことなんかまるで眼中にないんだから。でも、私の新しいおじさんのほうは、ちょっと簡単にはいかないと思うわ。

ゴロおじさんはとてもいかめしくて、きっちりした生活習慣をもっていて、彼なりの責任というものにとてもこだわっている人なの。

なにか、とても道徳的で、正式の教育を私に与えたいといって、私の勉強や時間の過ごし方をおばさん以上に見張っているの。だから、もし、全て本当のことを言ったなら、たぶん・・・」

「彼らは全て本当のことを知らなければならない、ビンカ。愛に関することだからね。愛はなんだったっけね?・・・」

「愛は神だ!」と二人とも前回のレッスンを思いだして元気に言った。

「そのとおりだ。だったら愛の領域においては不正があってはならないだろう。だから、その許可はきれいなかたちで手に入れなければならない。

それに君たちは愛し合っているのだから、なおのこと不正があってはならない。少しでも不当な行いをすれば、その愛はもう神聖さをなくしてしまうからね。

愛が嘘とかペテンとか裏切りとかによって汚れたとき、神はもう魔法や幸せを与えなくなってしまうんだ」

僕達は共犯者に向けるような目でお互いを見た。

「愛が幸せを生みだすっていうことは、君達もう気がついていると思うけど、どう?」

僕達は見つめ合い、微笑み合い、そして、それはまぎれもない真実だとうなずいた。

「でも、どんなに素晴らしい関係だって、ケンカや不平不満だらけの、レベルの低いものになりさがるのはあっというまなんだ。

ほんのちょっとの嘘や隠し事が原因でね。元に戻そうとしたって、なかなかうまくいくものじゃない。傷はいつまでも残るんだ。これが不正をともなった愛の結果で、”神を汚す”ということなんだよ」

「うわ・・・」

「愛とは神からの恵みなのだから、それをいつも尊重し、大切にしなければならないということを、残念ながら人々は忘れがちなんだよ」

僕はこの時まで、こんなにはっきりとは理解できないでいた(これもまた、学校では教えてくれなかった)・・・。このとき僕は、僕達の人生に現れてくれた神に心から感謝した。

そして、”神を汚さない”ためにも、僕達の愛が生んだ幸福を失わないためにも、決してビンカに不正なことはしないと誓った。

「私、そのこと、前から直感していたと思う、アミ。また許可のことに戻るけど、私、おじさんによその惑星へ行くなんてこと説明できないわ。だっておじさんは、知的生命体が存在するのはキアだけだって、堅く信じこんでいるんだから・・・」

「地球と同じで半知的といったほうが適切だけれどね。だって、本当の知性のあるところには苦悩は存在しないんだからね」

アミは笑って言った。僕は自分たちの問題が気になっていた。だから僕は断固としていった。

「ビンカのおじさんをなんとか説得するしか方法はないよ」

「それはムダなことだよ、ペドゥリート。僕はここにくる前、最新のコンピューターで彼の心理調査をしたんだ。その結果は不-可-能と出ている。ゴロは許可を出すつもりは全くないんだ。ラバのように、一歩もひくつもりはないんだよ」

「ラバって、私なんだか知らないけど、そんなことどうでもいいわ。でも、こうなったらやるだけやってみるか、それとも、あとは死ぬしかないわ」
とビンカは涙を浮かべて言った。

「そうだ!一緒になれるか、死ぬかのどっちかだ!」
僕も激しく感動しながら叫んだ。

「全く、なんていうことだ。これじゃテレビのメロドラマだよ」
とアミは笑いながら言った。

「でも本当に君たち、そこまでして戦うつもりなの?」

「勿論!」
と二人で答えた。
「よーし、そこまで言うのなら、状況は少し変わってくるだろう。だって、もしも本当に愛し合っている二人が心をひとつにして戦いを決意した場合には、そこからとても強力な力が生まれてくるんだよ。そう、愛の力がね・・・」

小さな希望の灯が僕達のハートの中にともった。

「コンピューターの結果では、ゴロがゆずるのは不可能とでている。にもかかわらず、今、君たちは”死”まで決意して戦おうとしている。なんてドラマチックなんだろう、ハッハッハッ・・・でもそう決心したんなら、みんなで力を合わせて、徹底的に戦おう。

愛は科学的なデータをはるかにうわまわるものだし、愛こそが銀河系を動かしているんだから。そして、信念がもっとも高まったとき、愛というかたちをとる。君たちの中にはもう、それが生まれているようだね?」

「間違いないよ!アミ」

「素晴らしい、これでわずかな可能性が見えてきたよ。でも、言っておくけど、決して優しいことじゃないよ。簡単にいかないからとか、なかなかことが進まないからといって絶望的になっちゃダメだ、わかった?・・・じゃ、みんなで力を合わせて戦おう!」

とアミは言って、操縦席に座り直し、操縦桿を動かした。円盤が動きはじめると、僕達をふりかえり、ドラマチックに叫んだ。

「じゃ、みんな、ビンカのおじさんを説得に行こう!」

「うん、行こう!」

僕達は笑いだしていた。喜びと希望で、胸が一杯だったから。

窓の外に、”時間・空間”の次元を超える時にあらわれる、いつもの見なれた白いもやが見えた。それは、僕達が、ずっと遠くに旅立っていることを意味していた。

「こちらはキア星に向かう宇宙船、目下のところ、敵の宇宙船ナシ」
マイクをもって、アミが冗談を言った。

「ああ、僕、その映画見たよ、アミ。これから、ビンカの家へ行くんだろう?」

「やっかいな用件は、ちょっと後回しにして、先ず、クラトに会いに行こう」

「わぁい!・・・」
と僕は大喜びで叫んだ。だって、クラトはすごく愉快な老人で、僕はとっても親しみを感じていた。ビンカも僕と同じでうれしそうだ。

「うれしい、また、クラトに会えるのね。それにブゴのトゥラスクにも・・・」

ブゴというのは、クラトの飼っている地球にいる犬を大きくしたような動物で、ダチョウのような首、ネコのような顔、それに毛糸のような長い毛をしている。そうしたら、ガラボロという動物を思いだした。

水の中を潜ったり、その二本の足で歩きまわったり、鳥のように空を飛んだりするこのかわいい動物を、たいていのキアの人と同じように、ビンカも食べるんだった。彼女に冗談を言ってやりたくなった。

「でも、誰かさんが食べるガラボロの肉を、僕にも食べるよう強制しないだろうね。誰かさんのように」

と彼女を少し皮肉るように見やった。彼女は笑いながら僕を見て、
「誰かさんはあの動物を食べるけど、そんなに野蛮じゃないわね・・・なんていったっけ、あなたの食べるあのかわいい動物は?」

「子羊だよ。でも、僕はもうあれからずっと食べてないからね」

「本当?ペドゥリート、もう肉、食べないの?なんて素晴らしい!」
とアミが叫んだ。

「エーっと・・・ウーン・・・ぜんぜん食べないっていうわけじゃないんだけどね、あれを」

「あれって、死んだ動物の肉のこと?」
とアミが笑って言った。ビンカは弁解しようとした。

「クローカおばさんは野菜の料理をあまりよく知らないの、それに今は、肉しか食べないテリと結婚したから、なおさらよ・・・」

それを聞いた僕は、ぼうぜんとしてしまった。
「な、なんだって?君のおじさん・・・テ、テリや・・・」

「ええ、そうよ。ペドゥリート」

「ということは、つまり、僕達はこれからテリを説得しにいこうとしてるってわけ?・・・」

僕は恐怖と驚きのあまり叫んだ。テリなんかを、いったいどうやって説得しようっていうんだ!? だってだって、テリって、あのテリなんだよ。ゴリラみたいな毛むくじゃらの巨体で、おまけにひどく野蛮で乱暴ときた。

それがよりによってビンカのおじさんだなんて!それにキアにはふたつの人種がいて、ひとつはスワマ(ビンカはこちら)、もうひとつはテリ。敵どうしでわかり合えないスワマとテリのはずなのに、それが夫婦だなんて、どういうことなの?

「スワマとテリの夫婦はめずらしくないんだ」
とアミが言った。

「僕は宿敵かと思っていたよ・・・」

「人種として考えればね」

アミがわかりやすく説明してくれた。

「それはちょうど、ふたつの敵対した国のようなもんなんだ。でもときにはその憎しみをこえて、愛する二人が結ばれる場合もあるんだ」

「そのとおりよ。個人のレベルでは、ときにはお互いを受け入れ合って、友情とか愛情とかが育っていく場合もあるの。だからテリとスワマのあいだでも、夫婦になっている人達は少なからずいるのよ」

地球でも、人種闘争のある国々で同じようなことが起こるから理解できた。でも、地球じゃみな同じ人類だ。キアではそうじゃない・・・。

「子供はどうなるの?もし子供が生まれればの話だけれど・・・」

「勿論、生まれるよ。ときにはスワマが、ときにはテリがね」

僕はとても驚いた。
「じゃ、お母さんがテリで、子供がスワマってこともありうるの?」

ビンカは当然という顔をして、僕に説明してくれた。
「勿論よ、ペドゥリート。だって、私自身がそうだもの。私の母はスワマで、父はテリなの。でも、私が赤んぼうのとき、二人とも戦争で死んでしまったわ。

それで、スワマのクローカおばさんが、私を育ててくれたのよ。でもおばさんったら、新婚ホヤホヤなものだから、すっかりおじさんに夢中で、私のことなんかちっとも頭にないんだから・・・」

僕はますます、頭が混乱していった。アミはそんな僕の顔を面白そうに見ながら、でも口をはさまずになりゆきを観察していた。

「ちょっと待ってよ、ビンカ」

「どうしたの?ペドゥリート」

「聞きちがえたのかもしれないけど、今、君のお父さんはテリだって言わなかった?・・・」

「ええ、言ったわよ」
とビンカはむじゃきに、あの美しい紫色の瞳を僕に向けて、あたり前のように答えた。

「それって、とくに隠しだてしたりする必要はないんだ・・・つまり、君は半分テリってことなんだよね・・・」

「そうじゃないわ。私はテリを父にもっているけれど、幸いなことに、テリでなくスワマよ」

「そんなことってあるわけないよ。だって、地球じゃ人間とゴリラでは・・・」

「だって、それはふたつが違った種だからだよ、ペドゥリート」
とアミが言った。

「でも、スワマとテリは別の種でしょう?」

「いいや、キアにはスワマとテリから成る、たったひとつの人類しかない」

「エ!? でも、それ、前の旅じゃ言わなかったよ」

「そのとおり、あのとき、僕はまだこのテーマにふれられなかった。だって、まだ”変化”は始まってなかったからね。それに君達はとても愛し合っているから、もしスワマとテリが同じ種だなんて言ったら、こちらのお嬢さんに殴られかねなかったからね・・・」

ビンカは笑って、
「ええ、きっと、そうしていたと思うわ・・・」

「”変化”って?」

「テリの中には、スワマに変わっていっている人がいるのよ」
とビンカが言った。

「本当に?」

アミはボタンだかキーだかを指で押すと、毛虫がチョウに変態していく様子がスクリーンに映しだされた。

「ちょうど、これに似たようなものだよ。テリが変わりはじめると、骨が少し柔らかくなり、小さくなる。巨大な歯は抜け落ちて、直ぐにもっと小さな歯が生えてくる。緑色の体毛は抜けて、ピンク色の髪の毛が生えてくる。

耳の先っぽがとがってきて、目は紫色に変わるんだ。他にもいろいろあるけど、とにかく驚きなのは、この信じられないような変化が、二~三日のあいだに起こるんだよ。そしてこれはいちばん重要なことだけど、考え方や感じ方までが変わって、テリでなくなるんだ」

「そうしてスワマに、人間になるの」
とビンカ。

「同じようなことが地球でも起こっている。でも、地球じゃ外見の変化はほとんど目につかないけどね・・・」
とアミは笑って、さらに続けた。

「だから以前と比べたら、テリもずいぶん穏やかになってきているんだ。とくに最近、力のあるテリがスワマに変わったこともあってね。こうした科学上の新発見が、これまでの法律を変えることにもなって、近頃はスワマでも重要なポストにつくようになってきている。

学校なんかじゃ以前ほどひどい分裂は見られなくなりつつあるし、長いこと続いたテリ・ワコとテリ・スンボの戦争も終わった。だから今はずいぶん平和になってきているんだよ」

「一方では困ったことも起きているわ。テログループが増えて、あちこちで人々を殺したり、爆弾をしかけたり。それにテリの科学技術はレベルが高いから、もっと強力な爆弾を簡単につくれるようになったの。これからいったい、どうなるのかしら?私達・・・」

それを聞いて、僕はびっくりした。

「地球でもずっと、ふたつの強い国どうしがいがみ合っていたんだけど、しばらく前に
仲よくしようってことになった。でも、なぜだかテロ事件はいっこうに減らない。片っぽではより平和になったけど、片っぽでは新たな戦争や暴力が起きている・・・これ、いったい、どうしてなの? アミ」

アミは言った。
「前にも説明したように、キアも地球も同じような進化過程の途上にある。第三水準から第四水準に移ろうとしているところなんだ。

こういう時にはより繊細で高いエネルギーが生まれて、新しく放射が始まる。そしてその惑星に住む生物は、放射の影響を受けるんだ。この新しいエネルギーが進化をはやめる。進化についてはもう説明したと思うけど、覚えている?どういう意味だったか?」

「うん、進化とは愛に近づくこと!」

と最初の旅で学んだレッスンを思いだして言った。このはっきりした教えも僕の人生の光だ。僕がゆく道を、大きく明るく照らしだしてくれている。そして、これも勿論、学校で教えてくれたものではなかった。あたり前なんだけれど・・・。

「そのとおりだよ。だから、その新しいエネルギーは、人間の自覚をうながしたり、平和や団結といったより高い次元の表現を助けるんだよ」

「でも、新しいエネルギーの効果の程は、まだあんまりよくわからないね・・・」
と僕は、テロみたいな悲しい出来事のことを考えて言った。

「そんなことはないよ、ペドゥリート。進化のテンポは確実に上がってきている。以前、人々はもっとずっと鈍感だった。今はもう少し上手に、愛について考えられるようになってきている。

おかげで、不道徳なものや、愛に反したものは弱まり、悪いものとみなされるようになり、受け入れられにくくなり、人の法や宇宙の法によって罰せられたりすることだってある。

これは大きな進歩だし、意識や理解や愛の増大なんだ。新しい優れた文明に向けて、変化が始まったんだよ」

アミの言葉を聞いて僕は、もう何もしなくても、地球がオフィルみたいになれる日は近いのかと思った。地球が無事に生まれ変わって、天国みたいになれるなんて、素敵だよ!

アミは直ぐに僕の考えていることをキャッチして言った。

「そんなに直ぐってわけにはいかないよ。だって、意識や理解や愛が増大して、人々のハートや頭の中に新しい世界が生まれつつあるかわりに、今まで人々のハートや頭の中にあった世界が滅びつつある。

でも、完全に消えてなくなるにはかなりの時間がかかるし、それに本当に消えてなくなるかどうかもわからない。古い世界っていったって、まだまだすごーい力をもっているんだ・・・」

アミの不吉な話し方に、僕達は顔を見合わせた。

「君たち、世界の暴君を知りたいかい?」
とアミが言った。

「どの世界の暴君?」

「地球の暴君もキアの暴君も、基本的には同じようなものだよ。君たち両方の惑星の文明・・・もし、そういうふうに呼べるならだけど・・・とにかく、それを支配している存在がいるんだよ」

「世界の暴君だって!…地球にもそういうのがいるなんて知らなかったよ」
僕は言った。

「キアには世界の暴君っていうのはいなくて、それぞれの国に大統領がいるの・・・」

「そうじゃないよ、ビンカ。ちゃんといるんだ。ちょっとあのスクリーンを見てごらん」

そう言ってアミは、横に置いてある大きな透明なガラスを指差した。僕はそれを、てっきりただの飾りかなんかだとばかり思っていた。

「これから、その原型とでもいえる、彼の姿を見てみよう」

「なに?その原型って?」

「見ればわかるよ、ただ言っておくけど、これから目にするものは、実際にはそういう姿はしていない。でも、たいていの人がそういうイメージをもっているんでね、でも本当は、それはあまり高くない力、エネルギーのことなんだよ」

ひどく痩せていて背の高い人が現れた。床まで届く赤いマントを着て、顔は・・・後ろ向きだったのでわからなかった。

歩きながら、だんだん遠のいていく感じだったけれど”カメラ(?)”は、彼の直ぐそばまでどんどん近づいていった。突然、驚いたように男はこっちをふりかえって、僕達をじっとにらんだ。僕は気絶しそうなくらいびっくりした。

赤いマントの下は黒ずくめで、男は氷よりも冷たい表情をしていた。身の毛のよだつようなまなざしで、食いいるように僕達を見つめてくる。

悪とか残酷とかを顔にしたら、きっとこれ以上のものはないだろう・・・。男の白目の部分は真っ赤な色をしていて・・・そして、その青白い手には長い爪が生えていた・・・。僕はとっても怖かった。

ビンカは小さな悲鳴をあげると、あとずさりして後ろのほうへ走って隠れた。

「アミ、はやく!それ消して!それ、ドラキュラだ!」
と僕は叫ぶように言った。

「そうじゃないよ、彼が世界の暴君なんだよ」
とアミは笑いながらスクリーンを消した。

「ウップ!・・・やれやれ、ビンカ、出ておいで、もういないから」

「・・・本当に?」

「本当だよ、ビンカ。それに怖がる必要なんかないんだよ。だってあの男は実際にここにいたわけじゃないんだからね。あれはたんに集団の無意識のなかにあるものをうつしてみただけのことなんだ」

「でも、僕のほうをにらんでいたよ!」

「だって、カメラのほうを見ていたんだからね」
とアミは笑いながら言った。

「その世界の暴君ってなんなの? 私、そんなのいるなんて知らなかったわ」
おそるおそる戻ってきたビンカが言った。

「どこに住んでいるの?」

「全ての人の意識の奥底に住んでいるんだよ」

それを聞いたビンカはうろたえて、
「じゃ、あの悪魔、私の中にも住んでいるの?」

「人の中には全てがあるんだよ、ビンカ。全てがね!愛の神から、今見たような”悪魔”まで住みついている。でも、それは一人ひとりの問題であって、自分の水準に合わせて、自分の中にある恐ろしいものなり、美しいものなりを、自分の人生で表現していくんだよ」

アミの説明はよく理解できた。だって、僕自身、気に入らないヤツを地上から消しさってやりたいなんて思うときもある(これについては、前に言ったよね)・・・勿論ただそう思うだけだけれど。

でも中には本当に出かけていって、それを行動に移してしまう人もいる。彼らは、愛の神よりはずっと、暴君の近くにいるんだ。

ビンカが、暴君はどんなことをしているのかと訪ねた。

「ヤツは暗闇の中から、君たちの世界を操っているんだよ。ヤツはまず、人々の中のいちばん暗いところからむしばんでいくんだ。とくに権力をもつ人達はねらわれやすい。そうとわからないうちに、ヤツにコントロールされてしまってるんだ」

「つまり、私達の世界の人達はみんな、彼に支配されているっていうことなの?」

「とんでもないよ、ビンカ。そんなことはない。沢山の人々が良いことをしようとしている。人類や世の中にたいする責任感から、権力のあるポストを目指す人達だっているんだ。

本当の真実はなにかって教えたり、不正を食いとめようとしたりして、ものごとをよい方向にむけようと頑張る。でもそんなとき、暴君が彼らをメチャクチャにしようとするんだよ・・・」

「ウワー、なんていう悪党だ・・・」

「だから誠実な人の仕事はラクじゃないんだ。いずれにしても、暴君の邪魔になるような、本当の変化を求める人はほんの少ししかいないんだけど。

でも、彼らがいなかったとしたら、ずっと昔に人類は滅びていただろうね。だって、悪に対する歯止めや障害がなにもなかったことになるんだから」

「ああ・・・想像つくよ・・・でも、どうして悪に支配させたままにしておく人もいるの?」

「そういう人は、自分の考えや野望がヤツによってそそのかされたものだということを知らないでいるからさ。それはちょうど、悪魔つき、みたいなものだって考えたらいい。

ヤツは戦争やテロ行為や狂信的行為に走らせたり、よその国を支配させようとしたり、はたまたワイロのやりとりをさせたりなんかもするんだよ」

「どうして、そんなことするの?アミ」

「暴君の目的はただひとつ、世界の平和をさまたげることだからだよ」

「ああ、だからこんなに沢山の災いがあるんだわ」
とビンカが言った。僕にはもうひとつはっきりしなかった。

「よくわからないな、どうして幸福があっちゃいけないの?アミ」

「病原菌と同じで、消毒剤が来たら困るんだよ」

「どういうこと?」

「幸福は愛から生まれる。愛は世界の光だよ」

「それで?」

「光にあたると死んでしまう病原菌がいるだろう。それと同じで、ヤツも暗闇の中でしか生きられないんだよ、わかる?」

「うん、だいたい」

「エネルギーのことを言っているんだよ、ペドゥリート。人が幸せなときには高いエネルギーを発する。反対に幸せでないときはエネルギーや振動が低いんだよ。

暗闇にいる人達は高い振動に耐えられない。吸血鬼が太陽の光に耐えられないのと同じようにね。暴君は世界中が高いエネルギーに満たされることはどうしても許せないんだよ。だって、自分が死んでしまうからね。わかった?」

「うん、じゃ暴君は世界に不幸があるときだけ生きていけるんだ。だから、自分の領土で悪いことが起こるようにしむけるんだね」

「そのとおりだよ、ペドゥリート。でも本当は、ヤツがいるのはヤツ自身の領土じゃないんだ。暴君っていうのは家の中に侵入してくるネズミや伝染病と同じで、侵入者なんだよ。ヤツがのさばっていられるのは、”世界の王”がやってくるまでだ。

だって”世界の王”こそ、本物の統治者なんだからね。むろん暴君だってそれをよく承知していて、なんとか”世界の王”の訪れを阻止しようとしている。ことに、近頃急激に光が増えているから、暗闇の陣営でもやっきになって抵抗しているんだ。

だから一方で美しいことがあるかと思えば、一方では、目をおおいたくなるようなことが起こってしまう。それは元々は魂の中での戦争だったものが、やがて世界の出来事になって現れ出てきたものなんだよ。わかった?」

「うん、でもその”世界の王”って、誰のこと?」

「宇宙全てを統治しているのと同じ王、愛・愛の神のことだよ」

「じゃ、愛が宇宙の全てを統治しているなら、どうして僕達の惑星では、その悪が統治しているのを許しているの?」

「神がそれを許してるんじゃなくて、君たちがそうさせてるんだよ」

「僕達が?」

「もう君達に言ったように、神は一人ひとりの自由を、全ての人類の自由を尊重している。悪が君たちの惑星やそこに住んでいる沢山の人々の、そして君たち自身の心の中を支配しているのは、君たちがそれを許しているからなんだよ」

「ん~・・・たぶん、そのとおりだと思う・・・」

「だからこそ、暴君はそこにつけこむんだ。汚職をあおり、暴力をまねき、邪教集団やフーリガン(訳注:不良サッカーファン。熱狂のあまり試合を見てあばれたりする)なんかの”狂信的行為”をひき起こすのは、元はといえば、君たちが心の中にヤツの居場所をつくっているからなんだよ。

それに君たちはまだ、上質の人生というものを、本当にはわかっていない。だから人生への注文が少ない。自分の意見を何も言わないし、なにごとにつけ自分からは頭をつっこまないで、全て他人まかせにするという、素晴らしい”良識”をもっている。

つまり、君たちの世界は、君たちがほったらかしてきたままになっているってことなんだ・・・」

「そうだね、アミ。僕達はあまりに無関心だし、ラクすることしか考えてない。悪が支配するにはうってつけだ。地球がオフィルのようになる希望よ、アディオス・チャオ・さようならだ」

「でもどんな力にだって、それに反する力がある」

アミはなにか僕達によいことを期待させるかのように、ほほえんだ。そして彼が計器盤を操作すると、さっきと同じガラスの画面に白い男が現れた。髪をカールした、ニコニコした若い男で、まばゆいばかりに輝く一本の金の剣を、両手で持っていた。

「なんて美しいの!」
うっとりした様子でビンカは言った。

「神の代理人だ。彼が侵入者を打ち負かすだろう」
アミはかすかに喜びをにじませた表情でそう言った。

「つまり、この若者が”ドラキュラ”を殺すってわけ?」

「というより、彼のほうが侵入者よりエネルギーが上回っているということなんだよ。繰り返すけど、どんな出来事だって、最初はまず人々の心の中、ハートの中で起こるんだよ。それから世界へと反響していくんだ。

それはもう、宇宙の運命としてしるされていて、避けれれないものなんだよ。ただ、問題は、いつ、どのようにして、そしてどのくらいの代償を支はらってか、ということなんだよ」

「アミ、もう少しよく説明してくれる?」

「なるべくはやく、スムーズに、そしてあんまり苦しまないで進化していけるように、君達は自分の役割を果たそうとがんばってくれているわけだけど・・・でも、残念ながら、その努力がむくわれて、ちゃんと進化出来るかどうかは、まだわからないんだ。たとえ、明るいきざしはあるにしても」

「それはどういうこと?」

「沢山の人達が(その中にはとても重要で影響力のあるひともいるんだけど)善のために光のために、つかえている。暴君は日に日に領土を失なっているんだ。ヤツらは当然、それを食いとめようとする。

でも、意識に目覚めた人達の世界を支配することは難しい。だから、必死でその明晰な頭をくもらすようなもの全てを、誘発しているんだよ」

「けだもの!」
ビンカは怒って叫んだ。

「そんなに攻撃的にならないでね、少し自制して」
とアミが言った。

「ごめん、でも頭にくるわ・・・」

「だからといって、罪のない動物たちと暴君を一緒にして攻撃するのはよくないよ、ハッハッハッ」

アミは以前、100%の悪人はいないって言ったことがある。僕はそれを思いだして言ってみた。

「僕は人間そのものについて話したんだよ、その実体でなくてね。その実体にとって人類の未来なんかどうでもいいんだ。いや、それどころか、その正反対だ。さっきも言ったけどヤツの目的は光が届くのを阻止すること。

だから、あらゆる手段を使って、ある恐ろしい武器をまきちらそうとしているんだ。その武器は人々や世界の上に、いちばん暗い闇を、そしていちばん低いエネルギーや振動を生じさせるんだよ」

「その武器ってなんなの? アミ」

「麻薬だよ」
とアミは僕達の目をしっかり見て言った。

アミの口からその言葉を聞くのは恐ろしかった。

「麻薬中毒の若者が多い世界は、未来が暗いよ。人類の敵が操る人たちによって支配されるようになる。麻薬におかされると、人は知性がにぶり、感情が麻痺してしまう。

そうなるとそのひと自身のいちばん低い次元と結びつき、そこで暴君は彼らを自分の思うように操れるようになる。だからこそ、そういう状態にいる人達は、まわりの人がびっくりするような犯罪をはたらいたりするんだよ」

僕達は身ぶるいした。

「彼らは、いってみれば犠牲者みたいなものなんだよ。かわいそうに、ネガティブなエネルギーが彼らめがけて集中するようになってしまって、まさに暴君の都合のよいようになるんだよ。だって、世界の中で暗闇が大きければ大きいほど暴君はより支配しやすくなるからね」

「ああ・・・わかるよ、アミ・・・」

「それから、もうひとつ、人々を”麻薬づけ”にするだけが暴君のやり方じゃない。利己的な主義主張でもって、暴力や恥知らずな行為で戦わせるのも、ヤツお得意の手なんだよ」

「どういうこと?それ?」

「ある人達にとって、唯一興味あることはその人自身だ。あるいは、そのひとの家族や子供だけだ」

「それのどこが悪いの?」

「いや、悪くない。我々が愛する人は当然のことながら面倒をみて、守らなければならない」

「じゃ、どこが悪いの?」

「その唯一、という言葉だよ。野生の動物だって自分の子供を守ろうとする。それはそうすべきだし、当然のことだよ。逆にいえば、もし、そうしなかったとしたら、まったくひどい話だよ、そうだろう。でも、それ以外の人のことはどうなの?・・・」

「ああ、なるほどね、わかったよ」

「いろいろな組織や団体やグループがあるよね。政党とか思想集団とかスポーツ団体とか。それだけじゃなくて、人種や民族や国籍や宗教、社会階級、あるいは会社や住んでいる場所(町とか村とか)でもいいんだけど、とにかく人っていろんなところに属しているんだ。

そして自分が属しているところには愛着がある。それも当然のことなんだけど、それが暴君のねらいどころになりやすいんだ。ヤツは、”唯一”自分の属している”党派”だけが重要であり、それだけを守るべきだと人々に思いこませようとするんだよ」

「アミ、僕には応援しているスポーツチームがあるよ。試合に勝てばとてもうれしいし、会員になってお金をはらって、少しでもよい監督が雇えるようにしたいなんてさえ思う。これよくないことなの?」

「とんでもない、ペドゥリート。自分で選んだ”自分のもの”がうまくいくように協力することはいいことだよ。いや、必要なことというべきだね。だって、我々の愛しているものは自分自身の一部なんだからね」

「あーよかった」

「でも、それが”唯一”だなんて考えたら、他に対しての尊敬の念もなくなる。無関心、いやもっとよくない。憎しみ、いやがらせ、そして暴力のはじまりだ。暴君の罠にはまってしまったことになるんだよ。暴君はなによりも、仲たがいが大好きだしね」

「ああ、そうか・・・。じゃ、たぶん、暴君は僕の中にもいるようだよ。だって、試合で相手チームが負ければって祈っているからね・・・」

アミは笑いだした。
「それは普通だよ。だってそれも競争のうちだからね。でもペドゥリート、正直いってそのチームが永遠に消滅したらいいって思う?」

僕はトーナメントで”敵”のいないのを想像した。そうしたら一種のさびしさのようなものを感じた。だって敵側にも友達が何人もいたからだ。

勝っているとき、誰に対して得意げに笑ったらいいんだろう?負けたとき、誰に対してくやしがったらいいんだろう?そうしたら、その相手チームは僕にとって大きな感動の泉だっていうことがわかった。そしてもし、彼らがいなかったとしたら、トーナメントは、なんだかつまらないものになってしまうだろう。

「ううん、いなくなられたらこまるよ。でも、もっときれいにやってほしいな。そして勝っても、そんなに思いあがるなよって言いたいよ!」

それを聞いてアミもビンカも笑った。

「それは暴君に支配されていないしるしだよ」

「エッ?どうして?アミ」

「もし、自分のライバルをこの世から完全に抹殺してやろうなんて望んだとしたら、そのときはもう、君が暗闇にむしばまれているってことだよ」

「うわ・・・」

「僕達”上”の世界では、協力というのはあっても、競争というのはない。だけど、君たちの世界の場合はまだ、対抗意識というのがよい刺激になることもある。ある種の内的エネルギーを、戦争よりも害の少ない方向に向けてくれたりもするしね。

でも、暴君はこの領域にまで入りこもうとしているんだ。そうして、あらゆるライバル(たとえば自分の応援しているスポーツチームの競争相手とか)を、自分の敵とか憎しみの対象にすりかえて、ときには人殺しまでさせる。

“聖なる理由” “高貴な主義主張”があるんだと信じこませてね。こんなときこそ、平和と兄弟愛が、人類にとっていちばん必要になるんだよ」

「全くだね、アミ」

「暴君は沢山の悪知恵を持っていて、もうなんべんも言っているように、まず人々の頭やハートに働きかけ、そこから人々を混乱させようとするんだ」

「じゃ、暴君の信奉者に対して僕達も団結して戦いを・・・ああ、そうじゃない・・・そうじゃなくて教えてやることが必要なんだ・・・」

アミはふたたび笑った。

「当然だよ。”憎しみ一杯の愛と平和の奉仕者”なんてね・・・これもやっぱり、暴君の犠牲者にほかならない。まず第一に、自分自身が変わらなくてはね。より正しく、より正直に、より優しくね。

そうしたら今度は、その変化を外にむけて、意識を変えるのに役立つような知識を、人々に教えていくんだ。それがひろがっていくと、”狼”のしもべたちの数も日に日に少なくなっていって、いつか”狼”には、操れる人も、食いつく人もいなくなり、そうして、人類にとって最後の変化が訪れるんだよ」

「狼って、羽のかわりに毛のはえている、キアのチェグに似ている地球の動物でしょう? アミ」

「そうだよ、ビンカ」

「じゃ、かわいそうな狼を侮辱しちゃいけないわね」

アミは目を大きく開け、驚いたように僕達を見た。その様子はまるで、「自分はバカだ」とでも言っているようだった。だってアミも狼と暴君とを一緒にして考えていたんだから。

僕達は、もうこれ以上笑えないくらいの大笑いをした。アミもまた間違いをおかすんだということが、アミをいっそう身近な存在に感じさせた。

窓の外にビンカの惑星が大きく見えてきた。そして直ぐに、僕達はその巨大な青い球体の中へともぐりこんでいった。
そう、地球にとてもよく似た惑星、キア・・・。

まるで自分の考えを確かめるかのように、ビンカがひとりごとを言った。
「私の惑星は美しい。でも、幸せな気持ちでここにサヨナラ出来るわ。だってペドゥリートへの愛のほうがずっと強いんだから」

僕は彼女のそばに行ってほおにキッスをした。

「ビンカ、君がこの惑星を捨てて地球に行けるかどうかは、今からスクリーンにあらわれるこのキア人よりずっと愛想のない、君のゴロおじさん次第だよ」

数分後、モニターのひとつに、憂鬱そうな顔で畑の中を散歩している、老人クラトがうつしだされた。僕は彼を見てとてもうれしくなった。

灰色のマントを着て、いっけん、聖書に出てくる聖人のようだった・・・(といっても、彼は聖人とはほど遠いけれど)。

直ぐにクラトの家の上空付近に着き、前の旅のときと同じ地点に停止した。操縦桿のランプは消えているから周りからは見えない状態になっているはずなのに、前と同じように、そこに住んでいる動物たちは、僕達の存在を感じ取って、動揺を見せていた。それはクラトにアミが来たことを知らせる役目を果たしていた。

クラトの表情はがらりと変わって、顔に赤みがさして輝いて見えた。僕達のほうを見て、うれしそうに手を振った。彼はアミがいつも視覚不可能な状態にして空中に円盤を停止しておく場所をちゃんと知っていたのだ。

僕達は円盤を降りてまっ直ぐ彼のところへ行き、抱き合って再会をよろこんだ。トゥラスクは長い首を上下に動かし、僕達をなめ、そして喜びのあまり遠吠えをした。僕達もトゥラスクほど表現豊かではないけれど、気持ちは全く同じだった…。

「君達がいなくてとてもさびしかったよ。だからこれからはもうずっと、君達と一緒に住むことに決めたんだ。テーブルに君達めいめいの席をつくったよ。毎晩、語り明かそう、ホッホッホッ!さあ、中に入って、ちょっと見てごらん」
と言って、クラトは僕達を小屋の中にとおした。

僕にはクラトがなにを言っているのかよくわからなかった。
彼は僕達を丸いテーブルに案内した。とても大きな木をばっさりと輪切り状にしたもので、それが田舎風の木製の脚の上にのっていた。

四つのイス、四つの皿、四つのコップ、そして四人分のフォークなど・・・。どれもほこりをかぶっていた。一人分をのぞいては・・・。

「どう?ここがアミの席だ。わしの正面だよ。子供たちはとなりだ。このかわいい女の子はわしの右、ベドゥリートはわしの左だ。

ここでなんと楽しい会話をしたことか、発酵させたジュースを飲みながらね、ホッホッホッ!でもビンカはわしのパイプの煙が嫌いだから、もう吸うのはやめたんだ。そうでもしないと、この子にこの小屋を追い出されてしまうからね、ホッホッホッ!」

これには僕も涙を誘われた。クラトは僕達への愛情から、そして自分の孤独をまぎらわすため、僕達が一緒に住んでいるように想像し、毎晩、まるで僕達がそこにいるかのように夢想にふけり、ひとりで話をしていたんだ。

アミの目にもビンカの目にも、キラリと光るものがあった。僕も同じだった。僕はなんども、クラトははたして僕達のことを思いだしているだろうかと考えたものだった・・・。

ビンカはやっと自分の感情をコントロール出来るようになると、
「それ、冗談なんかじゃないわ。だって、私、ペストソ(キアの言葉でタバコ)の煙、とても我慢できないの。でも、どうしてわかったの?・・・」

「なーに、たんにわしの持っている特殊能力のおかげだよ・・・ホッホッホッ」

アミはちょっと感じ入ったように、
「本当にみんな、彼と一緒だったのかもしれない・・・」

「ペドゥリートと私が、想像の中で毎晩一緒にいたのと同じような感覚なのかしら?」
ビンカが言うと、アミはうなずいた。

「そのとおり!それと同じような感じなんだ。たとえ今、思いだせないにしても」

僕はクラトをよろこばせてあげたかった。少し興奮気味に言った。
「クラト、クラトは僕の世界でとても有名だってこと知っている?」

「エッ!グッ・・・わしが?…本当に?・・・」

「本当だよ!」

「わしのどの偉業のことかな、沢山あるうちの・・・ホッホッホッ!」

「例の羊皮紙だよ。どうやって愛を手に入れられるかが書いてある・・・覚えているだろう?沢山の子供たちがあのコピーを配ってまわったり、学校の掲示板に貼ったり、雑誌に出したりしたんだよ」

彼はまじめな表情になると、感動した様子で僕をじっと見つめた。はじめて見せるクラトの表情だった。

「それ・・・本当?・・・」

「アミに聞いたらいい。僕はクラトに会ったあとで本に書いたんだ。大成功だったよ。何カ国語にも訳されてね・・・」
クラトは信じられないという顔でアミを見た。

「本当だよ、クラト」
とアミが言うと、

「キアでも有名よ。だって、私もペドゥリートと同じく、クラトのメッセージを私の本に載せたもの。私のほうも大成功よ。三冊めの本では、はっきりどこに住んでいるのか書くつもりよ。そうなったら、沢山の人がクラトに会いにくるわ・・・」

とビンカもうれしそうだ。クラトの目に一瞬、暗いものがよぎった。

「ダ、ダメだよ。ダメ、ダメ」

「どうして、ダメなの?」
と僕は少しおどろいて彼に聞いた。

「もし、わしが人と会うのが好きだとしたら、とっくに都会に住んでいるよ・・・」

アミはわざと意地悪っぽく言った。
「クラト、ひょっとしてなにかから身を隠していたいの?・・・」

老人はおどろいて飛び上がった。

「身を隠すって?・・・わしが?・・・ハッハッ、いったいなにから?わしはただ孤独が好きなだけだよ・・・」

「孤独が好きなら、僕達と一緒に生活することなんか考えつかないだろう?嘘つきクラト。いったい、なにから隠れていなければならないんだい?エッ?」
とアミは笑って言った。

「わし?さっき言ったとおりだよ、なにからも・・・」

「僕にはひとの考えていることが読めるってこと忘れないでね、僕はよーく君の過去を知っているよ・・・」

「エッ!?あー?・・・うわー!忘れていたよ。じゃ、みんな知っていたのか・・・で、でも軽蔑しないでくれよ・・・うん、ありがとうアミ、・・・でも子供たちにはそのこと、言わないで!たのむ・・・」

アミは大笑いした。でも僕達はとても好奇心をくすぐられた。

「子供たちには知らせないほうがいい?」

クラトはますます神経質になっていった。

「そのほうがいい・・・。うん、そのほうが。なにか別のことを話そう、エ・・・そ、そう、旅行はどうだった?・・・」

かわいそうなクラト。ビンカには、話題を変えるつもりは毛頭ない。

「ダメ、ダメ、私知りたくてしかたないわ。ねえ、なにを隠しているの?誰かを殺したの?それとも、銀行強盗でもしたの?それとも刑務所から逃げだしてきたの?…」

「なんてこと言いだすんだい、わしはなにも不正なことなんかしておらんよ、これは子供たちには関係ない!はやく、どっかあっちに行って遊んでおいで」

と横暴なふりをして大声を出したものの、誰もひき下がらせることはできなかった。僕もビンカも、知りたくってウズウズしている。

「どんな悪いことしたの?ねえクラト言ってよ、言って・・・」

「わしが?・・・わしはなにもしちゃおらんよ・・・」

「クラト、言ってやったら、自分の罪じゃないんだから、知ったからって子供たちは君を嫌ったりはしないよ」

「で、でも・・・理解出来るわけない。無理だよ・・・」

「本当にクラトは世の中のニュースを全く知らずに生きているからね」

「ニュース?ニュースなんかけっこうだよ。気がめいるだけだからね。わしにはこの素晴らしい畑や酒蔵や、それからこの周囲の風景だけで十分じゃ。他になにもいらない」

「たしかにそうかもしれない。でも、いくらなんでも世界で起こっていることを、あまりに知らなすぎるよ」

「うんざりだよ。戦争、殺人、汚職、スキャンダル、新しい病気・・・いつも同じだよ・・・全くうんざりだ」

「そのとおり、でも生命推移にもめざましいものがある。たとえば、最近では数千のテリがスワマへと変わっているんだよ」

とアミはむじゃきな子供のような感じで言った。一方クラトのほうはそれを聞いてひどく驚いた。

「エッ!!!・・・(ゴクン)」

「クラト、こんなにおっきなニュースなのに、知らないの?」
とビンカは信じられないといった感じで、おどろいて聞いた。

「ま、まさか・・・冗談言っちゃダメだ、わしをからかっているんだろう?」

アミはさも面白そうにクラトを見やって言った。
「わざわざ、人をからかうために数兆キロもの旅はしないよ。我々はクラトに会って、そのついでに科学が発見した最新のトップニュースを知らせようと思ってやってきたんだ。

つまりスワマとテリとは同じ人種であり、全てのテリはこの人生で、そうでなければ別の人生で、遅かれ早かれスワマに変わるはずなんだよ。ちょうどクラトがこの人生で体験したようにね・・・」

「じゃ、クラトは元テリだったの!」
とビンカは瞳をキラキラ輝かせて叫んだ。

「私、なんてラッキーなんでしょう。テリからスワマに変わった人と直接知り合ってみたいって、ずっと前から思っていたの!」

クラトはまるで別世界にいるようだった。キツネにつままれたようで、何を言っていいのかわからず、僕達の顔をただ見まわしていた。彼自身、ずっと深く思い隠してきた自分の”ひどい罪”、”大きな恥”、”恐ろしいほどの秘密”がこんなにこころよく受け入れてもらえるとは全く期待していなかったのだ。

「クラトはただ、テリからスワマに変わったってだけじゃないんだよ、ビンカ。なんと彼は、現代で最初にスワマに変わった人物なんだ」

「なんて素晴らしいんでしょう、私まだ信じられないわ!」
と老人の身体を珍しそうにさわったり、優しくなでたりしながら言った。

「以前にもそういう例はあったの?アミ」
と僕が質問すると、ビンカが先に答えて、

「今までの歴史のなかには、そういう例が三つか四つあったのよ。今でこそ、それが本当のことだって誰でも知っているけど、前はそうじゃなかったの。みんな、迷信かなにかだと思っていたわ」

ビンカの言葉を受けて、今度はアミが、
「おとぎ話やファンタジーがなかなか受け入れられないのと同じようにね・・・でもビンカ、それは三つや四つじゃなくて、三千、四千だよ。ただほとんどの人達が、この老人と同じように世捨て人となってどこかに隠れてしまったんだ。

なぜなら、テリから”自分たちの種に対する裏切り者”だとか”悪魔に取りつかれたヤツ”とかいろいろな理由をつけられて、棍棒で殴り殺されたりしないようにね。新しい身分を名のって身を隠して・・・こうして最近になってこの事実が認められるようになるまで、彼らの存在は、世の中から全く知られずにきたんだ」

クラトは地平線のほうへぼんやりと視線を向けたまま、放心したように僕達のやりとりを聞いていた。

彼がこの新しい現実を自分の中で消化出来るようになるまでには、いくらかの時間が必要だった。今はもう、彼は自分の世界の中で異常な存在ではなくなった。

たしかに特別なケースではあるけれど、常識で考えられる範囲の中での例だった。クラトは新しく生まれ変わった。もう隠すことは何もない。ほんのわずかのあいだに起こった、でも彼にとっては全く驚くべき、記念すべき出来事だった。

アミと僕は、ビンカと一緒になって、この愛すべき元テリ、クラトを抱きしめながら、彼がうれしさにほほえんでいるときから、やがて赤んぼうのように泣きだすまで、愛とはげましの言葉で彼を元気づけた。

彼につられてビンカも僕も泣きだした。ピンク色になったアミのほおの上にも、一瞬、ひと筋の涙が流れた。彼もまた、自分の感情をうまくコントロールできなかったのか、僕達と同じように泣き顔のまま、ただ笑うことしかできなかった。

「僕達は泣き虫だね」
とアミは涙でぬれた顔でほほえんで言った。

「これでわしはもう、今まで思いこんでいたような、博物館向けの珍しい標本ではなくなったわけだ。銃殺される心配もなく文明の世界へ、都会へ堂々と戻れるわけだ。これは乾杯に値する。これからみんなで一杯やろう。

わしの酒蔵の宝をゆっくりと味わってくれたまえ。聖クラト酒造、三万九千八百八十年ものの、最高のムフロスだよ。いけるよ。ウ~ム・・・さあ飲もう。もしこれが飲めないというなら、それはわしに対する完全な侮辱であり、けいべつだ」

クラトはもう完全に元気になって、ピンク色の液体の入ったビンの栓を抜いた。

「これじゃ、よっぱらいの恐喝だよ・・・子供達には、もう少し別の飲みものがいいとは思わない?それにもう罪から解放されたんだ。ムフロスの発酵ジュースは必要ないだろう?」

老人は立ちどまり、僕達の顔を見まわし、手にしているビンを見た。そして突然笑いだして、
「ホッホッホッ!そのとおりだ。じゃ別のジュースで乾杯しよう。この女の子みたくあまくて健康的なやつだ」

クラトは台所へ行き、果物のジュースの入ったコップを四つ、お盆にのせて戻ってきた。

「そうだよ。もう、これからは飲まないんだね。とてもうれしいよ」
とアミは感激して言った。

「なにを言ってる、アミ。おいしいネクターをもう飲まないって?・・・わしのハートをもうよろこばせないって?聖クラト酒造の製造を中止するだって?とんでもない。

ただ子供たちといるから、普通のジュースで乾杯しようと言っているだけだ。それだけだよ。じゃ乾杯!ホッホッホッ!」

「やれやれ」
アミはちょっとあきれたように言った。

「乾杯したら直ぐ出発だ。子供たちにこの年寄りの悪い習慣がうつったら大変だからね。もう前にも言ったけど、クラトは僕の知っているスワマの中ではいちばん精神的じゃない。まだまだ多くの点でスワマというよりテリだね・・・」

ビンカはクラトを弁護して言った。
「でも、もうペストソ(キアの言葉でタバコ)はやめたんだし・・・少しずつよくなるわよ」

「そのうえ、わしは現時点に置いてテリからスワマに変わった最初のケースだからね。とても有名なんだ。君たちはついてるよ。幸福な人達だ。ホッホッホッ!」

こうやって陽気な冗談を言いながら、みんなでクラトの新しい人生の出発を健康的な乾杯で祝った。

>>>「もどってきたアミ」第3章 新しい人生

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