第14章 掃還
遠くに水色をした地球があらわれた。はやくも眼下に大きく海が開け、だんだん海岸線がせまってきた。
太陽は遠くの眼脈の上に顔を出し、銀色をした雲のあいだから、黄金色の光を放っていた。空は青く、海はかがやき、山並みが遠くに連なっていた。
「ああ、なんて地球は美しいんだろう・・・」
「そう言ったろう。地球の人は、それに気がついていない。それどころか、平気で破壊している。そして知らないで、自分自身も同時にね。もし、愛が宇宙の基本法だってことを理解して、国境をなくし、ひとつの家族のように、仲よくみな、統一して、愛に基づいた新しい組織づくりをすれば、生きのびることができるんだ」
「国をなくして?」
「国は”県”として変わり、進歩した宇宙のように、地球にたったひとつの世界政府をつくるんだ・・・きみたちはみな、兄弟じゃなかったのかい?」
「愛に基づいて全てを組織するっていうのは、どういうことなの?」
「どこの国でもそうだけど、家族を組織するのと同じように、つまり、みな、協力して働いて、利益を公正に分配するんだよ。もし5人だったら、5つのリンゴをひとつずつそれぞれが受け取る。きわめて明快なことだよ。愛が無いと上に立った人はエゴをむき出しにして、自分のエゴイズムを正当化するために、ものごとを複雑に絡ませる。でも愛があれば、全てがみな透明で、とてもはっきりしている!」
「アミ、また、眠くなってきたよ・・・」
「じゃ、もう一度、”充電”してあげよう。でも今夜はよく寝ないといけないよ」
イスに身をもたれかけた。アミはまた、僕の頭のてっぺんに”充電器”を取りつけた。眠りが直ぐに僕を襲った。元気に目ざめた。全身にエネルギーが満ちあふれ、生きていることの喜びでいっぱいだった。
「どうして、もっと何日か僕と一緒にいないの?また、海岸に一緒に行こうよ。アミ・・・」
「僕もそうしたいところなんだけどね。まだまだ、たくさんしなくちゃならないことがあるんだよ。地球だけでなく、たくさんの人々が宇宙の法を知らないでいるんだ」
「アミ、きみはとても世話好きなんだね・・・」
「愛のおかげだよ。きみもそうすべきだよ。平和と団結のために争いや暴力を捨てることだ」
「そうするよ。でもなかには、顔面に一発パンチをくらわしてやりたいのもいるけどね・・・」
アミは笑って、
「そのとおりだよ。でもね、それは彼ら自身が自分にパンチをくらわすことになるよ・・・」
「それは、どういうことなの?」
「愛に対する違反行為は、何倍にもなって自分にツケがまわってくるんだよ。いたるところで見られる災難や、事故、また、愛している人を亡くしたり、悪運、続きだったり・・・もっとこの他にも、いろいろなかたちでその代償を支はらうことになるんだよ」
温泉場が見えてきた。アミは円盤を海岸の砂浜数メートルの高さに停止させた。誰にも円盤は見えない。操縦室の後ろにある出口まで一緒に行って、お互いに強く抱き合った。とても別れるのがつらかった。アミも同じだった。目がくらむような黄色い光がついて、僕を包んだ。
「”愛が幸福に向かう唯一の道”だってこと、忘れないようにね」
とアミは下降していく僕に向かって言った。
足が砂浜の上についた。上は何も見えない。でも、アミが僕を見ていることはわかっていた。ひょっとすると、アミも僕と同じように、目にたくさんの涙を浮かべていたかも。
とても直ぐには家へ戻る気に離れなかった。アミのメッセージをちゃんと理解したことを彼に伝えるために、小枝をとって砂浜に翼のはえたハートを描いた。
すると、すぐに何かが走って、ハートのまわりに円を描いた。アミの声を聞いた。
「それが地球だよ、ペドゥリート」
家のほうに向かって歩きはじめた。全てがすがすがしく、美しく感じた。海の香りを、いっぱい吸いこんだ。
砂や木や花をなでてみた。その時まで、この小道が、こんなに美しいものとは気がつかなかった。小石までが振動しているようだった。
家の中に入る前に海岸の上空を見上げたけれども、何も見えなかった。おばあちゃんはまだ眠っていた。
もう起きたように部屋を片づけ、シャワーを浴びに浴室へ行った。浴室を出たときに、おばあちゃんが目の前に立っていた。
「よく寝られたかい?ペドゥリート」
「うん、おばあちゃんは?」
「うん、あたしゃ、いつものように、あまりよく眠れなかったね・・・ひと晩じゅう、目が開いたままだったよ」
おばあちゃんに抱きつきたい衝動を、抑えることができなかった。
「おばあちゃん、びっくりするようなプレゼントがある。朝食のときにあげるよ」
おばあちゃんは、コーヒーを用意して、それをテーブルの上に置いた。アミにもらった、まだ五、六個残っている”クルミ”を、お皿にしいた紙のナプキンの上にのせた。
「おばあちゃん、これ食べてごらん」
と言って、お皿を、おばあちゃんのほうにさし出した。
「これ、いったい、なんだい?」
「宇宙のクルミだよ。食べてごらん。とても、美味しいから」
「何、おかしなこと、言ってるんだい、この子は。どれどれ・・・」
と言ってクルミをひとつ、口の中に入れた。
「ウムーン・・・。本当だ。なんて、美味しいんだこと。これいったい、なんだい?」
「だから、宇宙のクルミって、言ってるじゃない。三つ以上、食べちゃダメだよ。タンパク質が、たくさん含まれているからね。ねえー、おばあちゃん、ところで、宇宙最高の法って知っている?」
おばあちゃんに、一講義してあげられると思って、目を輝かせながら言った。
「もちろんだよ、ペドゥリート」
まちがった答えを、正してやろうと、待ちかまえた・・・。
「じゃ、なーに?」
「愛だよ。ペドゥリート」
おばあちゃんはしごくあたりまえのように答えた。僕はあっけにとられた。でも、どうして知っているんだろう?
「どうして、知っているの?おばあちゃん」
「小さいときから、知っていたよ・・・」
「じゃ、どうして、不正や戦争が、こんなに沢山あるの?」
「それは、みんながみんな、そのことを、知っているわけじゃないし、全く知ろうとしない人も少なくないからね」
村のほうに出かけてみた。広場に出ると、昨夜の警官がふたり、僕のほうに向かって歩いてくる。全身が凍りついたようになった。
しかし、彼らは全く何もなかったように、僕の横を通りすぎていった。
突然、二人は空のほうを見上げた。周りにいた人たちも同じように、空を見上げている。
ずっと上空に、飛行物体が、光を赤や青や黄色に変えながら揺れている。警官は、無線で警察署に連絡している。僕はなんだかとっても、うれしくなってきた。
アミがスクリーンを通して、僕を見ていることははっきりしていた。元気に手を振ってあいさつを送った。
ステッキをついた年配の紳士が、空とぶ円盤がひき起こした騒動に、迷惑そうにしながらやってきた。
「空とぶ円盤だ!UFOだ!」
と子どもたちは喜んでさけんでいる。年配の紳士は上空を見あげたあとで、不愉快そうな顔をして言った。
「なんて無知な、迷信深い人たちなんだ!気球か、ヘリコプターかそうでなけりゃ飛行機に決まっている。UFOだと!全く、ばかばかしい。愚かな人たちだ」
と言って、尊大にステッキをふりながら、もう、この朝の空にあらわれた素晴らしい光外景には目もやらずに、通りのほうへ立ち去っていった。
アミの声が、耳もとに聞こえた。
「さよなら、ペドゥリート」
「さよなら、アミ!」
興奮して返事をした。
UFOは消えた。
翌日の新聞は、この朝の事件を何も報道していなかった・・・なぜなら、近ごろは、このような集団幻覚は、もう、少しもめずらしいことではなく、全くニュースのネタにもならなくなってきたからだ・・・。
ただただ、毎日、無知な迷信深い人の数だけが、静かに増え続けている・・・。
温泉場の海岸の、ちょうどアミと知り合ったあの岩の上に、円にかこまれた翼のはえたハートがきざまれている。
誰もどうやってきざんだのかは知らないが、まるで、それをきざむために特別に鋳造した岩のように立っている。
誰でもそこまで登れば見ることができるけど、その高い岩を登るのは、けっして簡単なことではない。とくに、大人にとってはなおさらだ。なぜなら、子どもはもっと敏捷だし、そして何よりずっと軽いから。
おわり