第8章 オフィル星と地球を脱出した人々
白くて濃い霧が晴れわたってきた。
地球のように大気がはるか上空までとりまいているのと違い、ここでは、水色にふるえた大気があたりに低く満ちているような感じだった。
視界をさえぎるようなことはないが、輝いた透明な青色の中にもぐっているような感じがした。
窓から、やわらかいオレンジ色をした牧草地が見えてきた。少しずつ、ゆっくりと下降していった。まるで、秋の紅葉の風景のように美しかった。
「太陽を見てごらん!」
とアミが言った。
空にとてつもなく大きな太陽が、青い大気を透かして薄いベールをかけたように見えた。
その巨大な赤い円の周りには、いくつもの輪がとりまいて見え、地球から見える僕たちの太陽よりは、五十倍くらい大きく感じた。
「いや、400倍だよ」
とアミが教えてくれた。
「でも、そんなに大きく見えないね・・・」
「うん。ずっと遠くにあるからね」
「ところで、アミ。ここはいったい、どこなの?」
「オフィル星だよ・・・ここに住んでいる人たちは、地球に起源を持っているんだ・・・」
「エッ!?・・・」
腰が抜けそうなほど驚いた。
「ペドゥリート、地球人には知らないことがたくさん、たくさん、あるんだよ・・・。今から数千年前のことだ。地球には一度、現在とほぼ同じような文明が存在していた。でもその文明は、科学の水準が愛の水準をはるかに上まわってしまっていたんだ。しかも世界は分裂したままの状態だった。当然、起こるべきことが起こった・・・」
「自滅してしまったの?」
「うん、完全にね・・・でも少数の人たちは前もって何が起こるかを知らされ、他の大陸に逃げた。でもその戦争の絶果はさんざんなもので、ほとんど全て最初からやり直さなければならなかった。きみたちはその結果として、今日あるんだよ。つまり、あのとき、生きのびた人たちの子孫なんだよ」
「とても信じられないよ。僕は歴史の本にあるように人類の歴史はゼロから、つまり、洞穴に住んでいた原始人からはじまったのかと思っていたよ・・・で、オフィルの人たちは、どうやってここにやってきたの?」
「我々が連れてきたんだ。戦争の起こる少し前に、愛の度数が700度かそれ以上ある良い種を有している人だけ選んで助けたんだ。助けるに値する人は、ほんのわずかだったよ。当時の地球人の平均は、450度だったから、現在に比べて100度も少なかった。だから、地球も進歩してきてはいるわけだ」
「もし今後、地球に同じような大災難が起こったとしたら、また、何人かの人たちを救出することになるの?」
「そのとおりだよ。700度以上の全ての人をね。でも現在では以前よりも、ずっと多くなっている」
僕は心配になって質問した。
「アミ、僕、700度ある?」
アミは僕の心配を笑って、
「そう質問してくると思っていたよ。ペドゥリート、でもね、それは前にも言ったように答えるわけにはいかないんだよ」
「じゃ、どうしたら700度以上あるかどうか、知ることができるの?」
「それは簡単だよ。なんの利害もなく、人のために尽くしている人はみな、700度以上あるんだよ」
「きみは、前に、人はみな、他人に対して、良い行いをするように心がけるべきだと言ったけど・・・」
「僕が言った他人っていうのは、それは単にに自分の家族とか、自分の所属している組織とか団体とか友だちとか仲間だけという意味じゃないんだよ。また、良いと言ったときは、宇宙の基本法に反していない行いを意味しているんだ・・・」
「またまた、あの有名な法律か、もうそろそろ説明してくれてもいいんじゃないの」
「残念ながら、もうちょっとのしんぼうだね」
「うん、でも、どうして、それがそんなに重要なの?」
「それは、もしこの法を知らないと、良いことと悪いことの区別が、はっきりとつかないんだよ。多くの人が良いことをしていると思いこんで、人を殺す。この法を知らないからだ。
また、別の人は人を拷問にかけたり、爆弾を仕掛けたり、武器を発明したり、自然を破壊したり・・・でも、みんな、それを良いことと思ってやっているんだ。その結果は、目をおおうばかりだ。みんな、大きな悪事を働いていながら、誰も悪いことをしていると思ってない。
なぜなら、それは、みんなこの宇宙の基本法を知らないでいるからだ。例え知らずに犯したのであっても、自分たちの暴力のつぐないは、いつか自分たちで支払わなければならなくなってくる」
「うわー・・・、そんなに重要なものとは思ってもみなかったよ」
「うん、これは、とても重要なことなんだよ。地球の人がこの法を知って、ただそれを実行するだけで、もう地球が本当の天国に生まれ変わるのに十分なんだよ・・・」
「ねえ、アミ、それいつ教えてくれるの?」
「さしあたって、まずはオフィルの世界をのぞいてみよう。きっとたくさん学ぶことを発見するよ。なぜって、ここではみなその法を知っていて実践しているからね」
僕はアミの隣のイスに腰かけて、オフィルの世界を画面を通して見学することにした。はやくオフィル人に会ってみたいと気がはやった。
高度三百メートルくらいを、ゆっくりと進んだ。僕たちの乗っているのと同じような円盤がたくさん飛んでいた。接近したときに、はじめて、いろいろなかたちや大きさがあることに気がついた。
大きな山もなければ、荒地も砂漠もなかった。丘や平地を緑やオレンジや褐色をした、さまざまな色調の植物がじゅうたんのように一面をおおっていた。
銀色に輝いた小川や、水色の湖もあった。その風景は何か僕に天国を思わせるものがあった。
まん中にある、他より少し高い建物を、丸く囲んだ建物が目に入ってきた。
いろいろなタイプのピラミッドがたくさん見えた。底辺が正方形をしたのや、三角形のものや側面が平らのや、段々になったのもあった。
でも、一番多く目につくのは、白や、明るい色をした卵の殻をふせたようなドーム型の家だった。
やがて、遠くに、オフィル人の姿が見えてきた。上空から見た限りでは、普通の人間と全く変わりなかった。
道を横切ったり、川や池で遊んでいるのが見えた。
もう少し近づいてみると、みんな、白いチュニック服(訳注:古代ギリシャ人が着用していたような、腰にひものベルトをしているゆったりとした服)を着て、色のついたすその飾りやベルトをしていた。
都市はどこにも見あたらない。
「オフィルにも、他の文明世界にも都市というものは存在していないんだよ。都市というのは、先史時代的な生活共同形態だからね」
とアミが言った。
「どうして?」
「都市形態っていうのはね、たくさんの欠点があるんだよ。そのひとつとして一ヵ所にあまりにも多くの人々が集中するために生じる精神の異常によって、人々にも、惑星にも悪影響を与えることがある」
「惑星にも?」
「惑星だってそれぞれ進化の異なったひとつの生命体なんだよ。唯一、生命のあるものから生命が生まれるんだ。みな、依存していてお互いに関係し合ってるんだよ。地球の起こすことは、そこに住んでいる人々に影響を与えるし、反対に人々のすることが地球に影響を与えるんだ」
「でも、どうしてたくさんの人が一カ所に集中することが、精神の異常を生み出すの?」
「なぜなら人々は幸せじゃないからね。それを地球が知覚するんだよ。人々には、自然や空間が必要なんだ。花や木や庭が・・・」
「ずっと進歩している人たちにも?」
と当惑して聞いた。
アミが言うように、未来の社会は、”農園”のような生活形態になるというのに対し、僕は全く逆に考えていた。
映画にあるように、人工衛星都市とか巨大なビルの大都会とか地下都市とかをイメージしていた。そして、そこらじゅうプラスティックに囲まれて生活している・・・。
「進歩している人間ほど、そうだよ」
とアミが教えてくれた。
「僕は、全く反対に考えていたよ」
「地球では全て反対に考えられる。もしそうでなければ、また自滅の危機に直面することもないんだけどね」
「ところで、オフィルの人たちだけど、地球に帰りたがったりしないの?」
「しないよ」
「どうして?」
「だって、もう、巣立ってしまったからね。大人は、ゆりかごには戻らない。だってそこはせますぎるからね・・・」
あまり高くはないが、とてもモダンな建物に近づいて下降しはじめた。
「ここが文明世界のいわゆる都市にいちばん近いものだよ。これは総合芸術センターのようなもので、人々はそれぞれの必要に応じて、ときどきここにやってくる。また芸術や精神、科学などのデモンストレーションに出席したりね・・・でも、誰もここには住んでいない」
地上から5メートルほどの高さに、停止した。
「これから、数千年前のきみの先祖に会えるよ」
とアミがやや興奮して言った。
「じゃ、円盤から出るの?」
「とんでもない。そんなことしたら、きみの持っているウイルスが、ここの人をみんな、殺してしまうよ」
「じゃ、きみは、どうして大丈夫なの?アミ」
「僕は、ちゃんと、予防接種、をしてある。でも、僕の星に帰るときには浄化処置を受けなくちゃならないんだ」
大勢の人が歩いていた。そのひとりが僕たちの円盤の窓の近くを通ったとき、とても驚いた。なんと彼らは、巨人だった!
「アミ、彼らは地球人なんかじゃない!怪物だ!」
「どうして?みんな、身長が3メートルあるから?」
「3メートルだって!」
「だいたいそのくらいだよ、平均して。でも彼ら自身は、とくに大きいとは思っていない・・・」
「きみは、彼らが地球から来たって言ったけど、地球の大人の身長は、だいたい彼らの半分よりちょっと高いだけだ・・・」
「前にも言ったように、地球で生き延びた人たちはその時に放射線をたくさん浴び、それにともなって起きた異変が、成長に変質をあたえたんだ。今のリズムでずっといけば、数百年後には、元の身長にたどりつくことができるだろうね・・・でも、それまで、生きのびられたらの話だけどね」
とりたてて誰も僕たちに注意を向ける人はいなかった。たいてい褐色の肌をしていて、痩せていて、腰の幅はせまく、高く真っすぐな肩をしていた。
なかにはアミのようなベルトをしている人もいた。みんな、物静かな落ちついた感じで、とっても親切そうに見えた。
深い精神性を感じさせる大きく輝いた目は、アーモンドのように両端がつりあがっていた。
東洋人のそれというよりも、むしろ、エジプトの絵画に出てくるような感じだった。
「彼らは、エジプト人、インカ人、マヤ人、ギリシャ人などの先祖なんだよ・・・そして、それらの地球の文明はアトランティス文明の残骸であり、彼らはその直系の子孫なんだよ」
とアミが説明してくれた。
「アトランティス!あの海に沈んだとかいう大陸のこと?・・・でも僕、あれはたんなる伝説かと思っていたよ・・・」
「地球のほとんどの伝説のほうが、きみたちが現実と思いこんで生きている、暗い陰気な眠った現実よりも、ずっとリアルなんだよ・・・」
たいてい皆、ひとりでなく何人かのグループで歩いていた。
お互いにおしゃべりしながら、腕や肩を組んだり、手をつないだり、また、出会ったときや別れるときなど、たいへん愛らしいしぐさをし、とても明るく陽気で、つまらないとりこし苦労などしてないように見えた。
「前にも言ったろう。彼らは先々のことをいろいろ想像して、思い悩んだりなんかしないんだよ。ただ、この今を充実させることを、まず心がけているんだ、きみにもこれは学んでほしいね」
地球では、人々はとても深刻な顔つきで歩いているのに、ここオフィルではまるで、みな、お祭りか何かのように浮き浮きしていた。
「どうしてみんな、あんなにうれしそうなの」
「生きることを楽しんでいるからさ。それじゃまだ、何か不足だとでも言うのかい?」
「でも問題は、かかえてないの?」
「ものごとを問題としてとらえるのでなくて、乗りこえるための自分自身への挑戦として解釈しているんだよ。だからここではみんな元気だ」
「でも僕のおじさんは、人生は解決すべき問題があるときのみ意味をもってくるって言ってたよ。もし何も問題がない人がいたとしたら、最後には、頭に弾丸を撃ちこんじゃうって」
「きみのおじさんが言おうとしているのは、頭にとっての問題だ。きみのおじさんの場合、二つのうちのひとつの頭脳のみが活発なんだ。言ってみれば”歩く知的な機能”というのにすぎない。
もうひとつの情緒の頭脳が働いていない限り、頭は停止できないコンピューターにすぎない。だから頭が何も解決すべき問題を抱えていないとき、解くべきパズルもなぞなぞもないときには、頭がおかしくなり、しまいには頭に弾丸をぶちこむようなことまで考え出すんだよ」
それじゃ、まるで僕のことを言っているようなものだ。僕も絶えず休みなしに何か考えている。
「じゃ、考えるということの他に、何があるの?」
「知覚することだよ。見えるもの、聞こえるものに、喜びを感じること、手で触れること、自覚して呼吸すること、嗅ぐこと、味覚を味わうこと、たった今の現在を満喫することだよ。きみは今、この瞬間、幸せかい?」
「わかんない」
「ちょっとでもいいから、考えることを止めてごらん。ずっと幸せになれるよ。きみは今、宇宙船の中にいて、地球から何光年も離れた惑星にいる。そして、アトランティス文明の子孫の住んでいる、進んだ世界をここからながめているんだ・・・。バカなことを質問する前に、目を大きく開いて周囲をよく見てごらん。この今という、大切な瞬間をムダにしてはダメだよ・・・」
アミの言うとおりだと思った。でもひとつ疑問があった。
「じゃ、思考はなんの役にも立たないってこと?」
「やれやれ、地球人の典型的な結論の出し方だ!もし最高でないなら最悪、白くなけりゃ、なんとしても黒でなくてはならない。もし完璧でないなら極悪人、神でないなら悪魔とくる。全く極端論もいいところだ!もちろん、思考は役に立つよ。もし考えることを全くしなくなったとしたら、植物と同じだよ。だけど思考は人間の持っている最高の財産じゃないんだよ」
「じゃ、いったい、なんなの?楽しむこと?」
「楽しむためには、楽しんでいるということに気がつくことが必要だ」
「気がつくということは、考えることとは違うことなの?」
「違う。気がつくということは、意識であって、それは思考よりも上なんだよ」
「じゃ意識が最高だ」
自分の質問のおかげで、ずいぶん話がややこしいところに行ってしまったために、僕はちょっと疲れて、そう結論をくだした。
「違うね」
アミはやや神秘的な笑いを浮かべて言った。
「ひとつ例を出してみるよ。ここにくる途中で最初にかけた音楽、覚えているね?」
「うん、でも、全然好きになれなかったね、あれ」
「でも、変な音楽を聞いたということには気がついただろう。それは意識のおかげなんだよ。でも、楽しくなかった」
「うん、実際、少しも楽しくなかった」
「だったら意識だけでは、楽しむには十分でないということだ」
「うん、そのとおりだ。じゃ何が不足しているの?」
「もっとも重要なものだ。二番目にかけた音楽は楽しかったろう?」
「うん、あの音楽は好きだね。気に入った」
「好きということはひとつの愛のかたちだ。愛がなければ楽しみもない。意識がなくても同じことだ。思考は人間のもっている可能性の中で、三番目に位置する。
第一位は愛が占める・・・我々は全てを愛するように心がけている。愛をもって生きるほうが、ずっと楽しく生きられるんだよ。きみは月が好きでなかったね。でも、僕は好きだ。だから、きみよりよけいに楽しんでいるし、より幸せなんだよ」
「じゃ愛が、人間の持っている可能性の最高のものだ」
「そのとおりだよ。やっとわかったね。ペドゥリート」
「それ、地球では、みんな知っているの?」
「きみはそれを知っていたかい?学校でそれを教えてくれたかい?」
「ううん、教えてくれなかった」
「地球じゃ、思考こそが最高だと思っている。つまり、やっと第三位の水準にいる。だから、よく考える人のことを、賢者とか物知りって言うんだ」
「どうして、こんな単純なことがわからないんだろう?」
「なぜなら、ふたつあるうちのたったひとつの脳しか使わないからだ。思考では、愛を味わうことはできない。感情は思考とは異なったものだ。
でも、なかには感情とは何かとても原始的なもので、それは思考にとって変わられるべきだという考えを持つ人もいて、戦争やテロ行為や汚職、自然破壊などを正当化する理論をつくりあげてしまっている。
今、地球はそのとても”インテリな”考え、その”素晴らしい”理論のおかげで、消滅の危機にさらされているんだよ」
「きみの言うとおりだ、アミ、地球じゃものごとを、全く逆に考えている」
「じゃ、少し、オフィルの世界を観察してみよう。ここではそんなに裏返しじゃないからね」
たくさんの感動したことがら、アミからのいろいろな新しい教え、それに睡眠不足も加わり、僕は疲れきってフラフラだった。
窓を通して巨大な人たちや、2メートルもある子どもたち、ピラミッドや、空や地上を行く乗り物など物めずらしいものがたくさん見えたけど、疲れのせいで僕の興味も意識もだんだん薄らいでいった。
「あの男の人、いくつくらいに見える?」
アミは円盤の近くで話している男の人をさして言った。
60歳くらいで白髪ではあるけれど、老人という感じではない。
「60歳くらい?」
「500歳近くになるよ・・・」
めまいと疲れを感じた。頭が破裂しそうだった。
「アミ、僕、もうこれ以上だめだ。とても疲れている。家に帰って眠りたい。はき気もするし、もう何も見る気力がない・・・」
「情報過多消化不良症だ」
とアミは冗談を言って笑った。
アミは僕を横にあるひじ掛けイスのほうにつれていって、イスを倒して寝イスを用意してくれた。僕は倒れこむように、そこへ身を投げた。とても寝心地が良かった。
アミは、僕の頭の上に何かを取りつけた。途端に、激しい眠気がおそってきて、僕は長いあいだ、ただただ深く眠り続けた。
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